◆第五章◆『機械仕掛けの揺り籠』


 ドゴォォンッ!!!

 肉がぶつかり合う鈍い衝撃音に、俺は恐る恐る顔を覆っていた両腕を退かした。視界に飛び込んできたのは、俺の目の前に割り込み、小さな身体で蛙の魔物の巨大な顎を力任せに蹴り上げていたライムの背中だった。

「ライム、お前っ……! それにあの二人は!?」

 咄嗟に離れた場所を見やると、先ほどの異種族の女性二人は草むらに横たわっていた。

「生きています。目撃されると面倒なので、少し寝てもらっただけです」

 ライムは事も無げに告げると、そのまま魔物の巨体を容赦なく蹴り飛ばし、後ろへ跳んで俺との距離を取った。俺は激痛が走る左目から流れる血を手の甲で拭いながら、必死に声を張り上げる。

「ライム、気をつけろ! アイツに物理攻撃は効かないっ……!」

「ええ。それに、あの身体には強烈な『腐食効果』があるようです。それよりマスター。無事で良かった。左目の血は止まりましたか?」

 いつも通り淡々と話しかけてくるライム。だが、その言葉を聞きながら魔物を蹴り飛ばした彼の右足に目を向けた瞬間、俺は息を詰まらせた。ライムの右足の装甲が、ドロドロと黒く溶け落ち、内部のフレームが剥き出しになっていたのだ。

「ライム……お前、その足……っ!」

「大丈夫です、マスター。僕の身体は機械(ロボット)なので、いくらでも替えがありますから」

 ライムは何の感情も乗せない声で言うと、右手にホログラムの手榴弾を生成した。そして歯でそのピンを引き抜く。直後、ライムは躊躇うことなく、自身の右腕を左手でガッシリと掴んだ。

 メキメキ、ブチッ、と。

 金属とコードが引き千切られる、おぞましい音が草原に響く。ライムは自らの右腕を肩の根元からもぎ取ると、ピンの抜けた手榴弾と一緒に、起き上がろうとする蛙の魔物目掛けて全力で投げつけた。

「マスター。衝撃に伏せてください」

 ドガァァァァァァン――ッ!!!!!

 手榴弾の炸裂と同時に、もぎ取られたライムの腕に組み込まれていた高エネルギーコードがダイレクトに連鎖起爆した。
 視界が真っ白に染まる。まるでミサイルでも直撃したかのような凄まじい大爆発の衝撃波が草原を吹き荒れ、俺は腕で顔を覆って必死に耐えた。

 やがて爆風が収まり、目を開けると――そこには巨大なクレーターが穿たれており、あの衝撃吸収の魔物は、文字通り跡形もなく消し炭になっていた。

「アスタリスクの機械は、使い方次第で強力な兵器となります。通常の物理が効かない以上、僕の身体の一部を媒介にして、内部からコードを暴走させて消滅させるのが最適だと判断しました。……驚かせてしまい、申し訳ありません」

 右腕を失い、右足が溶け、内部のオイルを滴らせている痛々しい姿。それなのに、ライムは平気な顔をして俺を振り返った。

「お前……痛みは、ないのか……?」

「ないです。痛覚は効率を著しく低下させるため、最初からオミットされていますから」

「いきなり、システムが止まったりとか……しないよな?」

「流石に頭部が吹き飛ぶと完全停止してしまいますが、これぐらいの損傷で機能停止することはあり得ません」

 首を傾げ、いつものように淡々と、ロボットとしてのスペックを説明する相棒。その声を聞いて、俺の身体から一気に緊張の糸が抜け、へなへなと安堵のため息が溢れた。

「……助けてくれて、ありがと」

 俺は一歩、ライムに近付いた。

「あと……死なないでくれて、ありがと……」

 ぽつりと、掠れた声で呟く。

 機械だとか、替えがあるとか、そんなことはどうでもよかった。俺にとっては、目の前で自分の身体を犠牲にして俺を守ってくれた、たった一人の大切な相棒なのだ。

「……マスター。僕はAIです。死にませんよ」

 ライムは少しだけ呆れたようにそう言うと、残された左手を伸ばし、俺の頭をぽんぽんと不器用に撫でた。

「さあ、戻りましょう。……怒られる準備は良いですか?」

 ライムの口元が小さく緩む。
 それは、先ほどまでの冷徹な戦闘AIの表情ではなかった。

「ああ。……ライムが一緒だから、何も怖くないよ」

 俺は屈んだまま片腕と片足を失ってバランスの悪いライムの身体を、自分の肩でそっと支えた。空間をハッキングし、アスタリスクへと繋がる帰還ゲートをその場に展開する。

 冷酷な規律に縛られた世界へ戻れば、待っているのはお咎めかもしれない。けれど、俺の肩に寄り添う相棒を早く直してやりたくて、俺たちは迷うことなく、光の向こうのアスタリスクへと歩みを進めた。
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