◆第五章◆『機械仕掛けの揺り籠』


 しばらくライムと青々とした草原を歩いていると、不意に、隣を歩いていたライムがピタリと足を止めた。その大人びた瞳が、何かのデータを感知したように鋭く細められる。

「生命反応を感知しました。――計3体。うち2体は異種族、残り1体は魔物です」

 ライムは俺を見上げて、淡々と、機械的な効率思考のまま報告を口にした。だが、俺の頭はその言葉の裏にある、最悪の状況を瞬時に弾き出していた。

「っ! それって……誰かが魔物に襲われ掛けてるってことだろ!?」

「その可能性が極めて高いです。ですがマスター…」

「位置をナビゲート!」

 俺はライムの警告を遮るようにして、耳に装着したヘッドホンのサイドパネルを叩いた。連動して作動した左目の視界に、即座に生命体のポイントが赤くマッピングされる。

 急がなきゃ間に合わない。俺は空間のコードをハッキングするように指先を動かし、ホログラムで「タイヤの無いスケートボード」を瞬時に生成した。その上に飛び乗ると、草原の草を派手に撒き散らしながら、高速でポイントの方へと滑走し始める。

「マスター。異世界での異種族との接触は規律違反になります。落ち着いてください」

 横から、もの凄い速度で走って追いかけてくるライムの叫びが聞こえた。アスタリスクの規律、塁の冷徹な言葉が脳裏をよぎる。けれど、今の俺の心はもう、あの冷酷なシステムに縛られてはいなかった。

「死にそうになってる人がいるのに、見捨てるなんて俺には出来ない!」

 前方を凝視したまま、俺は走るライムに向かって怒鳴り返した。

「ライム! お前はここで待機してろ! 俺の単独行動なら、お前は上から怒られないだろ!」

 せめて、アリスさんの大切なライムにだけは迷惑をかけたくなかった。だが、俺の言葉を聞いたライムは、表情を一切崩さないまま、さらに走る速度を上げた。

「マスター。僕はマスターの護衛です。……怒られるなら、二人で怒られましょう」

「――!」

 引き留めるのを辞めた相棒の言葉が、胸に熱く突き刺さる。

「ありがとう、ライム!」

 短くそれだけ伝えた瞬間、丘の向こうから、若い女性の悲鳴と、獣のようなおぞましい咆哮が鼓膜を震わせた。視界が開けた先、二人の女性が地面にへたり込み、その目の前で巨大な化け物が迫っているのが見えた。

「ライム! お前はあの二人の確保! 俺は魔物を片付ける!」

「了解」

 乗っていたホログラムのスケボーから、俺は勢いよく前方へと飛び出した。

 狙うは、魔物の背後。蛙のような、緑色の不気味にボコボコとした巨大な背中だ。空中へ身体を躍らせながら、俺は右拳を限界まで後ろに引き絞り、空間のホログラムコードを爆発的に展開した。

「潰れろっ!!」

 俺の腕の動きに追従するように、空中へ光り輝く『巨大な拳のホログラム』が具現化する。そのまま、蛙の背中目掛けて、渾身の力で拳を振り下ろした。

 ドォォォォン――ッ!!!

 凄まじい衝撃音が草原に轟き、蛙の巨体が派手に地面へとめり込んでいく。土煙が舞う中、俺は勢い余って地面に転がり落ち、受身を取りながら必死に顔を上げた。

 視線を走らせると、ライムは俺の指示通り、すでに二人の女性を両腕にしっかりと抱え、魔物から遠ざけた安全な場所へと高速で移動させてくれていた。

(よし、ライムも異種族も無事だ……!)

 その様子に一瞬だけホッとして起き上がろうとしたその時だった。
 
 地面に深くめり込んでいたはずの蛙の魔物が、何事もなかったかのように、無傷でのそりと起き上がってきたのだ。

「っ……コイツ、衝撃を吸収しやがったっ……!」

 歯噛みする。あの凄まじい質量攻撃を完全に無効化された。この手のタイプは、いくらホログラムで威力を上げても、物理攻撃そのものが効かない。

 俺はすぐに右手の拳のホログラムを消去した。物理が駄目なら、弱点属性を見つけるしかない。

「ぐ、あ……っ!」

 左目の『解析能力』を、限界出力を超えて無理やり起動する。視界の奥に激痛が走り、脳が焼け付くような熱に襲われた。やっぱり、生物相手の解析は、この目への負担がデカすぎる。視界が血の赤に染まり、激しい眩暈で膝をつきそうになった。

 その隙を、魔物が見逃すはずはなかった。

 無傷の蛙はガバッと裂けるように大きな口を開くと、目の前の俺を肉塊ごと丸呑みにせんと、猛然と襲いかかってくる。

「しまっ――」

 回避は間に合わない。目の前が真っ暗な口内で満たされる瞬間、俺は咄嗟に両腕を交差し、顔を覆うことしかできなかった。
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