◆第一章◆『記憶なき天才のチュートリアル』
暫くして、侑李は手渡されたスマートフォン型の端末を寝転がったまま眺めていた。画面をスクロールしてみると、そこには見覚えのあるベッドやデスクといった家具、一般的な電化製品のほかにも、構造が全く想像できない未知の機械のアイコンがずらりと並んでいる。
「そういえば、これの使い方は教えてもらってないな……」
侑李はのそりと上半身を起こし、画面を凝視した。
メニューのトップに戻ると、現在この部屋のマップが表示されており、今自分が座っているソファのアイコンが配置されているのを見つける。
(とりあえず、これを押すと……)
人差し指で【消去】のタップを押した、次の瞬間。
「おわっ!?」
それまでお尻を支えていたソファの感覚が完全に消失し、侑李はそのまま硬い床の上へと尻もちをついた。
呆然としながら周囲を見回すが、さっきまでそこにあったはずの大きなソファは、チリ一つ残さず空間から消え去っている。
「本当に消えた……ってことは空間のデータを直接書き換えてるのか?……それなら…」
侑李は床に座ったまま、小さく口元を緩めた。
説明なんてされなくても、この画面の仕様を見れば、どう動かせばいいのかが直感的に理解できる。
彼は立ち上がると、部屋全体が一番よく見渡せる
まずは床。無機質なのは落ち着かないから、全面にダークグレーのカーペットを敷いて、奥の壁際にはゆったり寝られそうなシングルベッド。向かいの壁側には作業用の大きめのデスクに、座り心地の良さそうなワークチェア。デスクの上には――スペックの高そうなデスクトップパソコンにしよう。
あとは、ベッドの横にクローゼットを埋め込んで……お?ゲーム棚なんてものもあるじゃん。これも一応、デスクの横に置いておくか。
画面上のアイコンをドラッグ&ドロップし、位置を微調整していく。
指先を動かすたびに、何もない空間に粒子が集まり、一瞬で実体化して家具が配置されていく。
「はは、なんかこれ……ゲームの
記憶を失くしているはずなのに、この「画面を操作して、最適の配置を組み立てる」という作業が、たまらなく楽しくて心地いい。
ものの数分で、侑李の指がピタリと止まった。
完成した部屋を見渡してみる。無機質だった白い立方体の部屋は、いつの間にか、落ち着いたトーンで統一された「男子高校生の自室」そのものに様変わりしていた。
「よし、完璧」
満足した侑李は、端末をデスクの上にカチャリと置くと、新しく出現させたばかりのベッドへと倒れ込んだ。
ふかふかのマットレスが、侑李の身体を優しく受け止める。
どこか懐かしく安心できる部屋。
「……ふわぁ」
大きなあくびが出る。
知らない世界で目覚め、異形の男女に囲まれ、自分の脳の能力を無理やり引き出されたのだ。
いくら頭が冷静でも、精神的な疲労は限界を迎えていた。
枕に深く頭を沈め、目を閉じる。
記憶がない。ここがどこかもわからない。
なのに、この自分で作り上げた部屋の中は、まるで――ずっと昔から住んでいた我が家に帰ってきたかのような、絶対的な安心感に満ちていた。
「科学者……。明日、いろいろ見て回るか……」
そんな小さな呟きを最後に、侑李は泥のような深い眠りへと落ちていった。