◆第四章◆『誰がための強さ』
「私のオフィスへ案内するから、ついてきてくれる?」
すると、ライムも自分の椅子から静かに立ち上がる。アリスさんが隣でそっと手を差し出すと、ライムは躊躇うことなく駆け寄り、その白い手を小さな手のひらでぎゅっと握りしめた。
感情の薄いAIのはずなのに、アリスさんの前では本当に年相応の子供のように見える。こうして見ると、やっぱりこの二人は「親子」なんだな……。
そんなふうに思っていると、アリスさんは真っ暗な瞳を細め、「さぁ、行きましょうか」と歩き出した。俺はココアの空き缶を片手に、二人の少し後ろからトコトコとついて行く。
静かな廊下を進みながら、俺はずっと気になっていた疑問を、少し控えめに口にしてみた。
「あの……、その……塁……さんは、大丈夫なんですか?」
一応、俺の直属の上司というか、責任者のはずだ。ライムが言ったように、しばらく仕事を拒否してアリスさんのところへ行くなんて、あの男が大人しく許すのだろうか。
すると、アリスさんは歩調を緩めることなく、ふふっ、と鈴を転がすような声で笑った。
「いいのよ、あんな不良科学者は呼び捨てで。サボることしか能がないんだから」
クスクスと楽しそうに笑うアリスさん。あの塁を「不良科学者」と言い切る彼女の言葉に、俺の肩の力が少しだけ抜ける。
「ユイさんともちゃんと話したわ。『しばらく四ノ宮君は私の仕事を手伝わせる』ってね。――ただし、四ノ宮君。あなたの本業はあくまでソケットケーブルの管理と修理。それさえきっちりこなしてくれるなら、君の心が落ち着くまで、私のところで仕事をして構わないって了承を得たわ」
アリスさんは、大きな自動扉の前で足を止めると、振り返って俺を見下ろした。髪の隙間から覗く透明な触手が、彼女の機嫌を表すようにゆらゆらと小さく揺れている。
「だから、これからもよろしくね? 侑李君」
「……っ、はい! よろしくお願いします!」
ライムが俺の精神を心配してくれて、アリスさんがこうして「落ち着くまでいていい」と居場所をくれた。
真珠のいない世界の寒さに凍えそうだった俺の心に、今度こそ、確かな灯火が宿ったような気がした。アリスさんのオフィスの扉が静かに開く。その向こうにある新しい環境に、俺はほんの少しの希望を抱きながら、一歩を踏み出した。