◆第四章◆『誰がための強さ』


 ライムは俺の隣へと静かに腰掛け、本を膝の上に置き直した。その滑らかな一連の動作を見つめながら、俺はココアの缶を両手で包み込む。

「それで、ライム。今日の仕事(タスク)は?」

「はい。今日からまた塁さんと新しいAIを構築する手伝いと言われました」

「……っ……」


 俺は眉を寄せ、奥歯を噛み締めた。
 
 効率が悪いという理由で捨てられたAI。
 真珠が異種族を戦えないのに仕事(タスク)を与えた。

 真珠が消えてまだ何日も経っていないっていうのに、もう次のAI、次の道具を作れっていうのか。
 仲間が1人消えたんだぞ?悲しくないのかよっ!

 胸の奥からどろりとした怒りが競り上がってくる。だが、そんな俺の気配を察したように、ライムがすぐに言葉を繋いだ。

「マスター。その要求は僕の個人判断で拒否しました。」

「え?」

「今のマスターが塁さんと仕事すると精神が不安定になります。ですから僕の製作者に連絡してマスターの事情を説明し、塁さんへ暫くマスターに近づかないよう説得するよう頼んでいます。なので暫くの仕事は僕の製作者のサポートになるかと」

「お前の、製作者……?」

 言いかけた、その時だった。

「――四ノ宮君、初めまして。私はアリス。種族は海棲人(ハイドロ)よ。この子を作った製作者よ」

 ハイヒールの音が近付き鈴を転がすような、どこか浮世離れした女性の声。見上げると同時に、俺の視線は釘付けになった。
 彼女はそっと俺の隣にいるライムの小さな頭を優しく撫でる。

 見た目は美しい女性だ。だが、その目は白目が存在しない、底の見えない真っ暗な瞳をしていた。その暗闇のような両目を細めて、彼女は俺に微笑みかけている。さらに異様なのは、彼女の頭髪の隙間から、まるで生き物のようにうねうねと動く、透明なクラゲのような短い触手が生えていることだった。

「は、初めまして……っ。四ノ宮侑李、です」

 いろんな異種族と沢山話したけど、このタイプの『異形』は初めてだ。アリスと名乗る科学者に圧倒されながらも俺は慌てて立ち上がった。

「あの、ライムを……俺の護衛につけてくれて、ありがとうございます。ライムには、本当に助けられていて……」

 俺がそう言って頭を下げると、アリスさんは真っ暗な瞳をさらに和らげ、すっと白い手を差し出してきた。

 俺はその手を恐る恐る握る。包帯越しに伝わってきたのは、人間とも、これまでの亜人とも違う、骨がないんじゃないかと思ってしまうほどの圧倒的な柔らかさだった。少しでも力を入れたら、そのまま水のように潰れてしまいそうな、奇妙な感触。

 アリスさんは俺の手をそっと離すと、視線を隣の少年に落とした。

「ライムって名前を貰ったの?良かったわね、ライム」

「はい。とても気に入っています」

 アリスさんに再び頭を撫でられながら、ライムはいつもの無表情をどこかへ置き忘れたように、嬉しそうな微笑みをその顔に浮かべていた。親であり、自分の製作者である彼女に褒められたことが、AIである彼のシステムにとっても、本当に『嬉しい』ことなのだと一目で分かった。

その微笑ましさに、俺の胸のトゲが少しだけ丸くなっていく。
10/11ページ