◆第四章◆『誰がための強さ』
翌朝、目を覚ますと、カーテンのない部屋にアスタリスクの定時光が差し込んでいた。
ベッドの横には、すでに救急箱を手にしたライムが静かに控えていた。彼は俺が起き上がったのを確認すると、すぐに手際よく包帯を解き始める。
「ライム……お前、もしかして一晩中寝てないのか?」
ふと気になって尋ねると、ライムは手元を動かしたまま、淡々と答えた。
「はい。AIに睡眠は不要ですから。――よし、包帯の交換、完了です」
新しく綺麗に巻かれた白い包帯を軽く叩き、ライムは立ち上がる。
「マスター、タブレットを食べたら広場で待っていてください。僕がこれから、塁さんのところへ行って仕事の確認をしてきます」
「あ、ああ。わかった。気をつけてな」
ライムは小さく頷くと、本を両手でしっかりと抱え、静かに部屋を出て行った。俺は言われた通りにポケットからタブレットを取り出して噛み砕き、首にヘッドホンを掛けると、少しだけ軽くなった足取りで広場の休憩所へと向かった。
白いベンチが並ぶ静かな広場。
ここに座っていると、不意に、すぐ近くで足音が聞こえた。見上げると、そこにはアセビさんが立っていた。
「ココア、飲むかい?」
アセビさんはそう言って、自販機で買ったばかりの温かいホットココアの缶を、俺の前に差し出してくれた。
「……あ。ありがとうございます」
受け取ると、缶を通じてじんわりとした温かさが包帯越しに手のひらへ伝わってくる。初めてこの世界に再構築され、何も分からずに戸惑っていた俺に、アセビさんが同じように飲み物をご馳走してくれた時のことを思い出す。
今の俺には、アセビさんに話せるような報告は何一つなかった。真珠を失ったことも、アイツらを自分の手で殺したことも、今の歪な生活も……。ただ、誰かに会いたくて、ここに座っていただけだ。
アセビさんは俺の隣に腰掛けた。だけど、昨日何があったのかを詮索するようなことは一切せず、ただ黙って前を見つめている。
何かを無理に話す必要のない、静かな時間。アスタリスクの誰もが効率と冷徹な現実を突きつけてくる中で、アセビさんの隣にあるこの穏やかな空間だけが、今の俺にとって何よりの安らぎだった。
――数分後。
「マスター」
静寂を破るように、聞き馴染んだ声が響く。
見ると、ライムがいつものように本を両手で支えながら、トコトコとこちらへ歩いてくるところだった。
「お迎えだよ」
アセビさんはそう言って、座ったまま俺の頭を優しく、大きな手のひらで撫でてくれた。
「またおいで」
「はい。……ごちそうさまでした」
アセビさんはふっと優しく微笑むと、そのまま静かに立ち上がり、白い廊下の奥へと消えていった。入れ替わるように俺の前に立ったライムは、アセビさんが去っていった方向をじっと見つめ、それから俺へと視線を戻した。
「システム担当のアセビさんですね。……仲が良いのですか?」
「少しな。初めて俺がこの世界に来た時に、色々話を聞いてくれたんだ。俺の、数少ない理解者だよ」
ココアを口に含みながら、少しだけ心が軽くなった感覚に微笑む。
すると、ライムは俺の顔を真っ直ぐに見つめ、感情の読めない澄んだ瞳のまま、ぽつりと問いかけてきた。
「理解者。……マスター、僕も……あなたの理解者になれますか?」
どこか健気で、必死に自分の役割を果たそうとしている少年の姿に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「何言ってるんだよ。もうライムは俺の護衛だろ? ――信頼しているさ」
愛おしさを覚えて、俺はライムの小さな頭へ手を伸ばし、その柔らかな髪を優しく撫でてやった。すると、いつも無表情だったライムの口元が、ほんの少しだけ、嬉しそうに綻んだ。
「最善を尽くします。マスター」
ライムの微かな微笑みと、その小さな温もり。真珠を失った心の穴はまだ深く残っている。けど今の俺には、ライムやアセビさんの優しさによって少しずつ満たされていくのを感じていた。