◆第四章◆『誰がための強さ』


「武器データ、展開(ロード)」

 ライムの短いコードが脳内に走った瞬間、首のヘッドホンから迸った青い光の粒子(ノイズ)が、俺の両腕を飲み込んだ。

 視界がデジタルな青に染まり、包帯まみれの俺の両手は、瞬く間に無骨で巨大な、鋼鉄のグローブへと変貌を遂げる。そしてその左右には俺の身体の何倍もある、圧倒的な「暴力」の塊の拳があった。俺が手を動かせば左右の大きな塊の拳も連動して動く。こんなの喰らったら無傷じゃ済まない。そうだ。俺はアイツらを排除すると決めたんだ。

「マスター。慣れない武器より、身体を使った広範囲攻撃の方が、今のあなたには確実です。――ただ、思い切り殴ってください」

 ライムの冷徹な声が、ヘッドホンから背中を押す。
 使い方も、戦い方も分からない。だけど、今の俺にはこのドス黒い憎悪をぶつけるための、強大な「拳」があれば十分だった。

「――ッ!!」

 俺は声を抑えて茂みから飛び出すと、へらへらと笑っていたカラスの獣人へ向かって、全重力を乗せた鉄拳を振り下ろした。

「あ……? ――がはっ……!」

 カラスの男が驚愕に目を見開いた、その瞬間。
 ライムが仕掛けた「認識阻害」のバグによって、奴は防御の姿勢を取ることすらできず、俺の巨大な鉄拳をまともにその身に受けた。
 パリン、と。ガラスが割れるような、あの残酷で乾いた音が、静かな森に響き渡る。カラスの獣人は、悲鳴を上げる暇さえなく、光の粒子となってその場から完全に消滅(デリート)した。真珠を殺した片割れが、あっけなく霧散する。

「な、なんだお前! クソッ……テメェ!!」

 相棒を目の前で消された狼の獣人が、血相を変えて背中の大剣を構えた。だが、ライムの動きは、奴よりも遥かに速かった。

「申し訳ありません。マスターのターンはまだ終わっていませんので、もう暫くこのままでいて下さい」

 ライムはさっと狼の獣人の懐へ滑り込むと、小さな身体からは想像もつかない出力で、奴の大剣を蹴り飛ばした。武器を失い、完全に無防備になった狼の男が、呆然と立ち尽くす。
 ライムはさっと距離を取ると、再び俺へと視線を向けた。

「マスター。2発目、お願いします」

「……っ!!……クソがッ!!」

 葛藤なんて、もうなかった。
 俺は残った狼の男へ向かって、もう片方の巨大な鉄拳を叩きつけた。回避も防御もできない奴は、俺の憎悪を一身に受け、カラスの男と同じように、無機質なノイズとなってこの世界から消え去った。

 「異物の排除を完了しました。マスター、お見事です」

 真珠を殺した2人は、この世界から跡形もなく消えた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ッ」

 武器が解除され、両腕に包帯まみれの手が戻ってくる。
 俺はその場に、力なく頽(くずお)れた。

「マスター。気分は?」

 いつの間にか、ライムが俺の目の前に立っていた。澄んだ瞳で、俺の真っ青になった顔色を覗き込んでくる。

「大丈夫……大丈夫だ、ライム……っ」

 口ではそう言っても、呼吸が乱れてまともに息ができない。全身がガタガタと震え、吐き気が止まらなかった。

 俺は……俺は今、意思を持つ生き物を、自分の手で殺したんだ。真珠が、あれほど「殺したくない」と願った相手を、彼女の仇討ちのために、彼女の遺志を踏みにじって、消し去ったんだ。
 罪悪感と、復讐を成し遂げたドス黒い高揚感が、俺の精神を内側から引き裂こうとしていた。

「マスター」

 呼吸が止まりそうになっていた俺を、ライムは小さな身体で優しく抱きしめた。真珠の抱擁とは違う、ひんやりとしたAIの体温。だけど、その声は驚くほど穏やかで、慈愛に満ちていた。

「大丈夫です。マスターは、彼女の仇を討てたのですから。真珠さんは怒りません。むしろ、あなたが強くなったことを、喜んでくれるでしょう」

「……え?」

「アレらを排除したことであなたは強くなった。彼女も、それを望んでいます。さぁ、少し休みましょう、マスター。僕が傍にいます。あなたはもう、独りではありません」

 ライムの奏でる、絶対的肯定の福音。
 真珠は怒らない。彼女も望んでいる。その言葉が、俺の罪悪感を麻痺させ、精神的な崩壊を辛うじて食い止める「麻薬」のように染み渡っていく。

「……そっ…か…怒らない、か……」

 俺は安心しきって、ライムの小さな身体に憑れ、全身の力を抜いて身を委ねた。真珠を失った世界の冷たさの中で、ライムのこの優しさだけが、今の俺には唯一の、そして絶対に手放してはならない「救い」のように感じられた。
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