◆第四章◆『誰がための強さ』


 眩い光の渦を突き抜けた先には、異世界へと繋がる分岐地点がある。そこからあの森へと繋がるソケットケーブルのルートのコードを入力する。しかしでてきたのは『アクセス不可』の文字だけだった。
 
俺はその場に釘付けになった。

「な……んだよ、これ……っ」

 セキュリティコードが完全に上書きされている。
 誰の仕業かは考えるまでもなかった。塁だ。あの森に俺を二度と近づけないために、ルートを遮断したんだ。

「クソッ……! 俺の解析能力で、無理やりコードを書き換えて、道を作るか……?」

 焦燥感から左目に力を込めようとしたその時、横から小さな手が俺の視界を遮るように伸びてきた。

「無茶はしないでください、マスター。それだと負荷が大きすぎます」

 ライムはそう言うと、そっとソケットケーブルの根本へと小さな手のひらを触れさせた。

 次の瞬間、ライムの身体から淡い青い光が走り、あれほど強固だった赤色の壁が、まるで融解するように一瞬で開通していく。PCも端末も使わない、AIとしてのダイレクトな介入。

「僕の特権権限(アクセスコード)を利用すれば、マスターが行きたいところへ連れていけます。僕はマスターの護衛です。もっと頼って下さい」

 開かれた光の道の先を見つめながら、ライムは再び俺へと小さな手を差し出してきた。その瞳には、一点の曇りもない。

「マスター。準備は良いですか?」

「……ああ。ライム…ありがとう…」

「マスターの望みを優先にするのが僕の仕事です」

 仕事。でもこれは俺の私情も絡んでいる。仕事と一言で片付く話じゃない。だけどライムは、俺の精神を優先している。俺はライムの手を握りしめて、今度こそあの異世界へと足を踏み出した。

 ――ガサリ、と草を踏みしめる音が響く。
 変わらない、どこか湿った空気。静まり返った森。ここで、真珠は消えたんだ。

 俺はすかさず左目の解析能力を起動し、周囲の空間コードを血眼になってスキャンした。真珠の、あいつのデータの残滓だけでも残っていないか。だが、どれだけ視界をノイズで染めても、彼女のデータコードは塵一つ見つからなかった。本当に、跡形もなく消去されてしまったのだ。絶望が胸を締め付けようとした、その時。

「マスター。ヘッドホンを装備してください。――敵が来ます」

 ライムの冷静な口調が、静寂を切り裂いた。彼の視線は、鬱蒼と茂る森の奥へと向けられている。俺は言われるがまま、首に掛けていたヘッドホンを耳へと装着した。

 木々の隙間から、二つの人影が歩いてくるのが見えた。
 カラスの獣人と、狼の獣人。……あの時の奴らだ。まだこちらには気づかず、武器を肩に担いでへらへらと笑いながら歩いている。

「マスターは強くなりたいと聞きました。今でも変わりないですか?」

 ライムの澄んだ声が、ヘッドホンの通信機能を通じて脳内に直接響く。

「……俺は、強くなるって決めたんだ。ライム。お前に守られるだけの弱い人間にさせないでくれ…」

「分かりました。なら、僕はサポートに徹します。マスターがあの『異物』を排除してください。――それができなければ、マスターは弱いままです」

 ハッキリと言い放たれた言葉が、俺の胸に突き刺さる。
 排除。つまり、殺せと言っているのだ。
 一瞬、脳裏に真珠の悲痛な叫びがリフレインした。

『私はあなた達を殺したくない……っ!』

 ここでアイツらを殺すことは、真珠が命を懸けて守ろうとした「意思を持つ者を殺さない優しさ」を踏みにじる行為かもしれない。激しい葛藤が頭をかき乱す。

 だけど――それ以上に、俺の胸の奥から湧き上がってきたのは、ドス黒い憎悪だった。

 アイツらは、真珠の優しさを嘲笑い、ゴミのように命を奪った。それをただのシステム仕様として割り切ることなんて、俺には絶対にできない。許すつもりなんて、毛頭なかった。

「……ライム。俺は、アイツらを許さない。絶対にだ」

 ヘッドホンのマイクに向かって、低く、冷え切った声で告げる。
 それを聞いたライムは、表情を一切変えないまま、淡々と了解のコードを走らせた。

「了解しました。武器データを起動させます。マスター、先手で攻撃してください。僕が認識阻害のバグを仕掛けます。不意を突けば、1匹は確実に仕留められます」

 ヘッドホンのインジケーターが激しく青く明滅し、俺の脳内にライムから提供された戦闘用コードが流れ込んでいく。
 左目が、カラスの獣人の首筋にある「システム上の脆弱性」を捉えた。

「――やるぞ、ライム」

 俺は包帯まみれの手を強く握り直し、憎き仇へと狙いを定めた。
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