◆第四章◆『誰がための強さ』
ライムが画面に入力していくデータは、どれも無駄がなく、俺のような戦闘初心者でも扱いやすい護身用のシステムコードばかりだった。これなら、俺の左目とヘッドホンを組み合わせれば、確実に形にできる。だけど――。
「……でも、これ、本当に俺が実戦で使えるのか?」
ふと沸き起こった疑問を口にすると、ライムはすと、と椅子から静かに降りた。そして、デスクの上に置いてあった俺のヘッドホンを両手で丁寧に持ち上げ、差し出してくる。
「テストしにいきましょう」
感情の起伏がない、淡々とした声。けれどその言葉には不思議な説得力があって、ライムはそのまま小さな背中を向けてトコトコと部屋から出て行ってしまった。
「あ、おい! 待てって!」
俺は慌ててヘッドホンを引っ掴んで首に掛け、ライムの後を追いかけた。
無機質な白い廊下を、ライムの歩調に合わせて並んで歩く。
すると、ライムは前を向いたまま、思い出したように小さな口を開いた。
「マスター。タブレットを食べてください」
「あ……忘れてた」
そういえば、昨日から一睡もせず、何も口にしていなかった。俺はポケットからカプセルを取り出し、タブレットを3粒、口に放り込んでガリガリと噛み砕く。
瞬時に口の中で溶け、染み渡るように空腹感と全身の疲労が急速に回復していった。驚くほど便利な、この世界の食事(アイテム)。
だけど、ふと自分の両手に目を落とすと、ライムに巻き直してもらった包帯からは、まだうっすらと赤い血がにじんでいた。
空腹や疲労は一瞬で消せるのに、この世界のシステムは「傷」を癒してはくれない。そんな残酷な仕様への違和感を覚えながら、俺たちは異世界へと繋がる巨大なゲートの前へとたどり着いた。
昨日、俺が泣き叫びながら殴り続けた、あの頑丈な隔壁。
ライムはその前に迷いなく立つと、認証用のセンサーに小さな片手をかざした。
「種族。No.2874の自動思考型AI。名前。ライム。通行の許可をください」
一瞬の静寂の後、俺の脳内に、いつもの冷徹なシステム音声が直接響き渡る。
『――認証確認。種族。No.2874の自動思考型AI、名前・ライム。および種族。亜人、名前・四ノ宮侑李。通行を許可します』
ガシャイン、と重いロックが解除され、あれほど頑強だった隔壁が滑らかに左右へと開いていく。その向こうで、渦巻く光のゲートが眩しく明滅していた。通れた。ライムと一緒なら、俺は外に出られる。
「――ッ、ライム!」
俺はハッとして、思わずライムの小さな肩を強く掴み、縋るような目で彼を見下ろした。
「行きたい異世界があるんだ! あの、森のある世界だ。……良いか!?」
真珠が消えた、あの場所。あそこにいけば、何か手がかりがあるかもしれない。あるいは、ただ彼女の気配が残る場所にいきたいだけなのかもしれない。切実な俺の願いに、ライムは表情を変えないまま、静かに小首を傾げた。
「魚人の真珠さんですか? ――良いですよ」
ライムはそう言うと、俺の肩から滑り落ちた手を、その小さな手でぎゅっと握り返した。
ひんやりとした、だけど確かにそこに存在する、新しい相棒の感触。
「行きましょう、マスター」
ライムは俺を引っ張るようにして、迷いなく光の渦の中へと足を踏み入れた。真珠を失ったあの最悪の戦場であり、ライムと俺の最初の戦場となる、あの異世界へ向かって。