◆第四章◆『誰がための強さ』
自分の部屋に飛び込み、背中でドアが自動で閉まる。
鍵が閉まる金属音がひどく遠くで聞こえた。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
肩で荒い息を吐きながら、俺は部屋の明かりもつけずに、吸い寄せられるようにデスクへと向かった。視界の端で、塁に巻かれた白い包帯が赤くにじんでいる。
けれど、そんな痛みに構っている暇はなかった。一刻も早く、一秒でも早く、俺は力を手に入れなければならない。もう二度と、あんな
首に掛けてあるヘッドホンを掴み、乱暴に頭へと装着する。
そのまま、メインPCの起動スイッチを押し込んだ。暗闇の中に、冷徹な青い起動スクリーンが立ち上がり俺の顔を無機質に照らし出す。
「このヘッドホンで脳内のイメージをホログラムとして出力できるなら……武器や防具のコードだって物質化して生み出せるはずだ」
思考をダイレクトにプログラムへ変換する。そのためには、まず俺のこの『左目』が見るシステムコード、PCの演算能力、そしてヘッドホンの出力システムを完全に
カタカタカタカタと、暗い部屋にキーボードを叩く音だけが激しく鳴り響く。ディスプレイに流れていく膨大な文字列を、俺は左目で凝視し、片っ端から解析して書き換えていく。
いつもなら、複雑なシステムコードを読み込もうとすれば、脳が焼け付くような頭痛と吐き気が襲ってくる。だが、今の俺はそれすらも感じないほどに麻痺していた。
睡眠なんて必要ない。休息なんていらない。
頭の中にあるのは、強くなること。それだけだった。暗闇の中で、俺の左目だけが、狂ったようなプログラミングの光を反射して怪しく明滅していた。
――どれほどの時間が経っただろう。
窓のない部屋の隙間から、アスタリスクの擬似的な朝の光がわずかに差し込み始めた頃、画面の砂嵐が一気に収束した。
『――同調率100%。全システム、リンク完了』
機械的なアナウンスと共に、ヘッドホンのインジケーターが静かに青く点灯する。プログラムは完成した。これで俺は、自分のコードを武器に変えて戦う術を手に入れた。
「……でき…た……流石に……疲れた…な……」
緊張の糸がぷつりと切れた瞬間、鉛のような疲労感が一気に全身を襲った。意識が朦朧とする中、頭からヘッドホンを外してデスクへと置く。そのまま泥のようにベッドへと倒れ込んだ。
枕に顔を埋めた瞬間、静まり返った部屋の中で、ふと、あの静かな森の記憶が蘇る。
『ごめんね……侑李君……。散歩の、約束……守れなかった、や……』
内側から崩壊していく身体で、最後まで俺を気遣って、いつものように笑ってくれた、俺に優しい心をくれた大切な相棒…。
「――っ」
胸の奥が、引き裂かれるように痛んだ。
プログラムは繋がった。武器を作る力は手に入れた。
だけど…いくらコードを書き換えたって彼女のいた日常はどこにも繋がっていない。
「ごめん……真珠……っ、守れなくて、ごめん……っ」
枕に顔を押し付け、声を殺して泣いた。涙が溢れて止まらなかった。強くなると誓ったはずなのに、一人の部屋に残された孤独と喪失感は、あまりにも大きすぎて。俺はボロボロと涙を流し続けたまま、抗うことのできない深い眠りの底へと、ゆっくりと落ちていった。