◆第三章◆『プログラムされた優しさの果て』


 カラスの獣人が凄まじい風圧と共に大剣を振り下ろし、狼の獣人が弾丸のような速度で地を駆ける。いつもなら魔物を一撃で粉砕するはずの真珠。だが、彼女は怯えたように目を見開いたまま、その場から動こうとしなかった。

「真珠っ――!!」

 真珠は俺の声に弾かれたように辛うじて二人の猛攻を躱す。けれど、反撃の拳を振るうことは決してしなかった。真珠が倒せるのは宇宙にいるクリーチャーか本能で生き物を襲う魔物だけ。意思を持つ生き物とは戦える訳がない。戦えば、その圧倒的な力で相手を「殺してしまう」からだ。

「イヤだ…やめてっ! 私はあなた達を殺したくない……っ!!」

悲痛な叫びを上げて攻撃をいなす真珠。だが男たちはその言葉をあざ笑うように顔を見合わせた。

「うわっ! コイツ知性があるぞ! 言葉で隙を狙うタイプだ!」

「クソっ!めんどくせえっ!作戦変更だっ!先にあっちの弱そうな芋虫サポートから殺るぞっ!」

男たちのぎらついた視線が一瞬にして俺へと向けられる。

「しまっ――」

「っ!!ダメっ!!! 私の侑李君に触らないでっ!!!」

 男たちが地面を蹴るよりも早く、真珠が叫びながら俺の前に飛び込んできた。俺を隠すようにして両手を広げた無防備な盾となる。

 その直後、鈍い衝撃音が森に響いた。二人の男の、鋭い爪と大剣が真珠の腹部を容赦なく深く貫いていた。普通なら大量の鮮血が舞うはず。だけど、彼女の身体から流れたのは血ではない。

 バチバチと激しい火花を散らす、青い「電子のノイズ」だった。

「う……がはっ……、っ……」

「真…珠……? 嘘…だろ、真珠っ!!」

 俺の目の前で真珠の身体が崩壊していく。粒子が解け消えかかっていく視界の中で、真珠は愛おしそうに俺を見つめ震える唇を開いた。

「ごめんね……侑李君……。散歩の約束……守れなかった、や……」

そして最後の力を振り絞るように真珠は俺にいつもの笑顔で振り向いた。

「……ありがと…ずっとだいすき…だよ…」

それが、彼女の最後の言葉だった。

パリン、と。数日前に構築施設で聞いたのと同じ、ガラスの割れるような乾いた音がして――真珠の身体は光の粒子となって完全に消滅した。

「…………し……真珠……?」

 何が起こったのか分からない。頭が真っ白になり俺は後退りした。

 その拍子にそのまま後に倒れ、背後にあるソケットケーブルの渦の中へと吸い込まれるように転がり落ちていく。

 真珠が消えた? 異世界で?

 いや、まて。アスタリスクの住人は消滅しても再構築が出来ると聞いた。ならはやく…はやく身体を回収しに行かないとっ!

 ゲートの光を突き抜け、アスタリスク側の床に激突した瞬間、全身の血の気が一気に引いた。生きた心地がしなかった。

 俺はなりふり構わず立ち上がり、アスタリスクへの帰還ゲートへ走って認証用に手をかざした。

「種族! 亜人! 四ノ宮侑李!! ゲートを開けろ!!」

 喉がちぎれんばかりに必死に叫ぶ。だが、頭の中に響いたのは、いつもの冷徹なシステム音声だった。

『認証確認。亜人・四ノ宮侑李の単独外出は認められません』

 扉は微動だにしない。

「頼む!! 開けてくれ!! 真珠が!!真珠がまだあそこに!!」

 泣き叫びながら拳が割れるのも構わずにゲートの頑丈な隔壁かくへきを叩き続ける。その時、背後から伸びてきた強い力にガシッと両腕を掴まれた。

「血が出るまで叩くな。お前の手が使い物にならなくなったら、どうする」

 聞き馴染んだ気怠げな声。塁さんだった。

 塁さんは俺の抵抗をものともせず、ひょいと俺の身体を肩に担ぎ上げた。

「まっ!!放せ!! 放してください塁さん! 真珠が!……真珠が異種族に殺られたんだ!! 早く!!早く迎えに行かないとアイツが消えちゃうんだよ!!」

 塁の背中で暴れ狂ったように叫ぶ俺に塁さんは歩みを止めないまま、酷く落ち着いた、冷え切った声で問いかけた。

「……器は?」

「………え……っ」

「死体だよ。死体は残ってんのかって聞いてんだ」

 俺は、言葉を詰まらせた。

 あの静かな森で、二人の男に貫かれ、光の粒子になって消えていった、大好きな相棒の姿が脳裏を過ぎる。

「き……消えた……跡形もなく……目の前で……」

 絞り出すような俺の答えを聞き塁さんは小さく息を吐き出した。

「なら諦めろ。器がなきゃ再構築は無理だ」

 その声には怒りも悲しみすらもなかった。ただ世界のシステムを淡々と受け入れているだけの絶対的な拒絶。

 俺はそれ以上何も言葉を発することができなかった。

 担がれたまま、視界が涙で歪んでいく。真珠が守りたがっていた平和な異世界で、真珠はただ俺を守るためだけに、あっけなくゴミのように消去されてしまった。

 塁さんの足音が無機質な通路にコツコツと冷たく響く。

 俺の選んだ「非効率な優しさ」を嘲笑うかのように、アスタリスクの残酷な現実が、俺と真珠の日常を完全に粉砕した。

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