◆第三章◆『プログラムされた優しさの果て』
転送ゲートを潜り抜けた先は、木漏れ日が優しく差し込む、静かな森の中だった。騒がしいアスタリスクの喧騒が嘘のように消え去り、耳を澄ますと鳥のさえずりと葉の擦れる音だけが聞こえてくる。
「わあ……風がすっごく気持ちいいね、侑李君!」
初めて来るこの世界に、真珠はウルフカットの髪をなびかせながら、楽しそうにはしゃいでいた。その無邪気な笑顔を見ていると、俺の胸の奥も自然と温かくなる。
「そうだな。仕事が終わったら、少しここを散歩しようぜ」
「うんっ! 約束ね!」
真珠は嬉しそうに大きく頷くと、キリッと表情を引き締めて周囲の警戒に入った。俺も笑顔で応え、首に掛けていた赤いヘッドホンを耳に装着する。空中ホログラムキーボードを展開し、塁さんから渡された紙の書類にある転送コードと、ソケットケーブルの入り口プログラムを左目で解析しながら、集中してタイピングを始めた。
ユイさんから学んだ「
(……よし、できた。今までよりも凄く簡単に終わったな)
これならソケットケーブル側のシステムも安定するはずだ。
プログラマーとしての仕事を完璧に終え、あとは真珠が「異物」を片付けるのを待つだけ。俺はふうと息を吐いてヘッドホンを首へと掛け直した。
「真珠、こっちの修正は終わっ――」
声をかけながら振り返った俺は、その言葉の続きを失った。真珠が、見たこともないほど真っ青に顔を引き攣らせて、森の奥を見つめていた。
彼女の視線の先にいたのは、禍々しい魔物なんかじゃない。二人の、人間の形をした男たちだった。一人は猛々しい狼の獣人の姿。もう一人は漆黒の翼を持つカラスの獣人の姿。アスタリスクの住人のようだけど何かが決定的に違う。
「な……なんで、ここに……」
真珠が、ガチガチと奥歯を鳴らしながら、小さく、絶望したように呟く。真珠は何か知ってるのか?そう問い掛けるまもなく男達は会話を始めた
「お?ははっ!やったぜ!コイツら絶対に隠しエリアのモンスターだ!」
「なら倒したらレベルアップ確定だな! 経験値かなり美味そうだぞ!」
二人の男は、まるでレジャーにでも来たかのように楽しそうに
「おいっ、アイテムはちゃんと山分けしろよな?」
「分かってるって! よし、まずはあのアタッカーの女から片付けるぞ!」
一瞬で分かった。彼らの会話がゲームのやり取りのそれだと。
俺の失われたはずの記憶の片隅にある酷く聞き馴染みのある『プレイヤー』たちの会話。彼らにとって、目の前で怯える真珠と俺は命でも生き物でもない。
ただの「効率よく経験値を稼ぐための獲物」でしかないのだ。
「ターゲットロック。いくぞ、オラァ!」
カラスの獣人の男が手にした大剣を容赦なく振り上げる。二人は一寸の躊躇もなく、驚異的なスピードで真珠へと攻撃を仕掛けた。
「っ!!真珠っ!!避けろっ――!!」
俺の悲鳴のような叫びが静かな森の空気を切り裂いた。