◆第三章◆『プログラムされた優しさの果て』


それから数日後。


「おい、侑李、真珠。来い。仕事だ。」

 塁のオフィスに呼び出された俺と真珠の前に、塁さんは一枚の『紙の書類』をぽんと放り出してきた。手元に引き寄せて見てみると、そこには一度も行ったことのない異世界への転送コードとソケットケーブルの修理内容が並んでいる。

「塁さん。なんでわざわざ紙の書類なんですか? 通信データを送ればいいのに」

俺が首を傾げると、塁さんはタバコの煙をふうっと吐き出し、視線を書類に落としたまま淡々と言った。

「そっちの方が確実だからだ。……いいか?その異世界に出入りしている『異物』がいる。真珠、お前はそいつを片付けろ」

「はーい!」

隣で真珠が元気よく拳を握る。

「侑李。お前はその異物が利用してるソケットケーブルの入り口のプログラムを、新しく組み替えるんだ。……わかったらさっさと行ってこい」

 塁さんはそれ以上何も言わず、早く行けとばかりに手をひらひらと横に振った。

「うん! 行こ、侑李君!」

 真珠はひまわりのような笑顔で俺の手をギュッと握ると、そのままの勢いで俺を引っ張ってオフィスを飛び出していった。繋がれた手の温かさに、俺は昨日決意したばかりの「優しい心」をもう一度胸の中で確かめながら、彼女と共に光のゲートへと走る。

 ――バタン、とスライドドアが閉まり、二人の気配が完全に消えた。

 塁はそれを確認すると、咥えていたタバコを灰皿に押し付け、耳に嵌めたイヤホン型の端末にそっと触れた。回線が繋がり、無機質なコール音が鳴り止む。

「……本当に、これで良いんですか? 真珠はアスタリスクの中では最強の戦闘員ですよ?」

 塁はため息混じりに低く通信の向こう側へと問いかけた。

 少しの沈黙の後、スピーカーから返ってきたのは、普段の無邪気さとは程遠い、酷く冷徹で不機嫌そうなユイの声だった。

『良いに決まっているじゃん。それに真珠ちゃんは、もともと「侑李君のための戦闘員」だもの。あの子のせいで侑李君の思考にバグを抱えて、これ以上“非効率”になる方が計画が伸びちゃうじゃん!見過ごせないよっ!』

「はいはい、そうですね」

 冷たい電子の刃のような言葉が塁の鼓膜を打つ。

「はぁ……師匠の基準倫理観ってやつは、やっぱり俺には一生理解できねえや」

 塁は吐き捨てるようにそう呟くと、それ以上の会話が面倒くさくて指先で通話を切った。静まり返ったオフィスの中で再びタバコに火をつけて仕事を再開させる。

「…あーあ…次の護衛どうすっかなぁ…」

 何も知らない侑李と真珠は今ソケットケーブルの先へと旅立っていく。
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