◆第三章◆『プログラムされた優しさの果て』


 翌日、いつものように真珠が部屋まで迎えに来てくれた。

 けれど、どうしても気持ちが切り替えられず、俺の顔は暗く沈んだままだった。真珠はそんな俺の様子に気づいたようだったけれど、何も聞かずに「侑李君!今日はね、私の秘密の場所へ行こう!」と俺の手を引っ張った。

 ソケットケーブルのゲートを潜り抜けた先は、今までのどこの異世界とも違っていた。

「わあ……」

 思わず声が漏れる。そこは、まるで深い海の中にいるような、不思議と重力を感じない穏やかな世界だった。どこまでも広がる濃紺の暗闇。その中を星のような光を放つ小さな塊が、無数にゆらゆらと漂っている。それらが暗い世界を優しく幻想的に輝かせていた。

「ふふっ。綺麗でしょ?」

 真珠が隣で、ふわりと身体を浮かせながら微笑む。

「あの小さな光はね、この世界の住人なんだよ。何かするわけじゃなくて、ただこうやって、ずーっと輝き続けるために生きているの」

 あれがこの世界の住人……。

 見つめながら俺はふいに昨日の塁さんたちの行動を思い出していた。

 効率の悪いプログラムは消去され、欠陥品として捨てられるアスタリスクの現実。だから真珠も、この住人たちを見て「何のために生きてるんだろうね」なんて、目的や効率の話をするんじゃないかと、一瞬身構えてしまったんだ。
 
 だけど、真珠から返ってきた言葉は、まったく違うものだった。

「凄く綺麗だよね。ああやってみんな、一生懸命光り輝いて生きててさ。……私ね、ここに来るとすっごく元気になるんだ。よし!明日も頑張ろう!って思えるの」

 真珠は驚いている俺の顔を見て、いたずらが成功した子供みたいに、ひまわりのような笑顔を咲かせた。

 彼女は、俺が何に対して落ち込んでいるのか、何があったのかは一切聞いてこなかった。ただ、元気がなくて俯いている俺に、少しでも笑顔になって欲しくて、自分の大好きな、一番大切な場所へと連れてきてくれたんだ。

 その瞬間、頭の奥でアセビさんの言葉が、今度は優しく腑に落ちていくのが分かった。

『周りに流されないで。君の意思を確り持って』

 ――ああ、そういうことか、アセビさん。

 誰かにとって無駄なデータだとしても、効率の悪い欠陥品だとしても、そこに生まれて、一生懸命に生きようとする光があるなら、それはそれだけで価値があるんだ。塁さんたちの効率主義がこの世界の正解だとしても、俺は、目の前の命を愛おしいと思えるこの心の痛みを、手放しちゃいけないんだ。

 世界がどうあれ、俺の意思こころは俺が決める。視界がじんわりと熱くなるのを自覚しながら、俺は真珠に向き直った。

「真珠。……ありがとな」

 いつも彼女が俺に向けてくれるような、心の底からの明るい笑顔を真似てお礼を言う。俺の笑顔を見て真珠は一瞬だけ驚いたように目を見張り、それから、今までで一番嬉しそうに「うんっ!」と、元気よく笑顔の返事を返してくれた。

 星のような光の海に包まれながら、胸の奥の痛みは、いつの間にか温かい決意へと変わっていた。元の世界の記憶はなくても、この優しい護衛の手に引かれ、俺は俺の意思で、この世界を生きていく。

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