◆第三章◆『プログラムされた優しさの果て』
ユイさんが部屋を出て行った後も、俺の心は冷え切ったままだった。
キーボードを叩く俺の手の動きが、いつもより明らかに鈍く、重くなっていることに塁さんが気づかないはずもなかった。
カタ、と椅子の軋む音がして、塁さんが俺の隣に立つ。
ポン、と大きな手が俺の肩に置かれた。
「おい侑李。……アレは人間じゃない。俺たちが作り出した機械の欠陥品だ。誰にでも失敗はある。次はまともなAIを作れば良い」
低く淡々とした声だった。
塁さんなりの慰めであり、この世界の『現実』を教えてくれているのは分かった。だけど、その言葉を聞いた瞬間、俺はさらに言葉を詰まらせてしまった。
(欠陥品なら、消して、壊して、ゴミ箱に捨てていいのか……?)
脳裏に焼き付いた、あの光の粒子になって消えた器と、廃棄口に放り込まれたチップの残像が消えない。アスタリスクの住人にとっての「当たり前」が俺の胸を容赦なく
そんな俺の様子を見て、塁さんは小さくため息をつくと、俺の身体をひょいと抱え上げた。
「うわっ、塁さん!?」
「今日もう部屋で休め。そんなガタついた効率じゃ仕事の邪魔だ」
「ちょ、待って――」と言う間もなく、俺はオフィスの外の廊下へとぽいっと放り出された。すぐにスライド式のドアが自動で閉まり、ロックされる。
カチリという無機質な音が俺と塁さんの世界を完全に切り離したようだった。
「……仕事の邪魔、か……」
通路の壁に背中を預け、ずるずるとその場にしゃがみ込みそうになるのを堪える。俺は重い足取りのまま、真っ直ぐに自分の部屋へと向かった。部屋に入り扉が閉まる。
いつもなら首に掛けているお気に入りの赤いヘッドホンを、今は見るのも苦しくて、逃げるようにテーブルの上へと投げ置いた。
そのままベッドに倒れ込む。
「……なん…で…っ…」
胸の奥に感じる鈍い痛みを抑えるように、俺は自分の服を強く握りしめた。涙は出ない。けれど、押し潰されそうなほどの孤独感と、この世界に対する強烈な違和感が、心臓を雑に掴んでいるみたいに苦しかった。
『君は特別だから、君の意思をしっかり持ってね』
アセビさんの言葉が暗い部屋の中に冷たく響き続ける。
俺はアスタリスクの優しさを知った。この世界を守りたいと思った。だけど、俺が守ろうとしているこの世界は――本当に、俺の居場所であっているのだろうか。
失われた記憶。二度目の再構築が不可能な俺の特殊な体質。
そして、この世界と俺との間に横たわる、決定的な価値観のズレ。
答えの出ない問いを抱えたまま、俺はただ、胸の痛みが去るのを待つように強く目を閉じた。