◆第三章◆『プログラムされた優しさの果て』


 アセビさんとの会話から数日後。

 俺は塁さんと共同作業で完成した『科学者支援用サポートAI』の最終テストに立ち会っていた。テスト実験のために、今回はユイさんも一緒だ。

 ここは、俺が最初に目覚めた『構築』専用施設だ。

 中央にあるカプセル状の構築機の中で、電子の光が収束し、一人の人間の形をした「肉体」が形作られていく。

「……あの、ユイさん。その構築した肉体には意識とかは無いんですか?」

 ふと気になって尋ねるとユイさんは猫耳を揺らしながらケラケラと笑った。

「全くないよぉ。私の仕事は肉体となる器を構築することだから」

 塁さんが口にタバコを咥えたまま、補足するように言葉を続ける。

「ユイさんが構築した肉体にマザー管理者システムがデータ……そうだな。非科学的に言うなら『魂』を入れることで初めてアスタリスクの住人として完成する。今回はデータの代わりに俺たちの作ったAIを入れるってわけ」

 塁さんはそう言うと、俺たちが組み立てたAIプログラムが書き込まれたBチップブレインチップを、その構築機に差し込む。システムが接続され、構築機のガラスがプシューと音を立てて開く。

――その瞬間、器だったはずの肉体が、ゆっくりと目を開いた。

「……ここは……どこ……?」

 呆然とした。けれど確かに感情の乗った「人間のような声」が、その唇から発せられた。

(すごい……!)

 AIなのに、ここまで高性能な仕上がりに、そして本物の人間と見紛うほどの生命の誕生に、俺の胸は純粋な喜びで満たされた。

 プログラマーとしての成果が目の前にある。嬉しくなった俺が、その目覚めたばかりのAIに話しかけようとした、その瞬間だった。

「あー……やっぱ初期段階で仕事タスクを記憶させた方が効率良いんじゃないですかね?」

 塁さんが面倒くさそうに頭を掻きながら呟いた。

「そうだねぇ。AI相手に一から教育してる時間は非効率だしぃ」

 ユイさんも、同意するように小さく頷く。そしてユイさんは耳に浸けたイヤホン型の端末に迷いなく指を触れた。

 パリン、と。ガラスが割れるような乾いた音が響き、さっきまで「ここは?」と声を漏らしていた肉体が、光の粒子となって綺麗に消滅した。躊躇いなんて、微塵もなかった。

 塁さんは床にぽつんと落ちたBチップブレインチップを拾い上げると「侑李。プログラムを最初から作り直すぞ」と言って、チップをパキリと指先で折り曲げ、近くの廃棄口へと無造作に投げ捨てた。

「……っ……」

 喉の奥で息が詰まった。

 胸の奥に言葉にできない強烈な違和感が這い上がってくる。

 今のは、ただのデータだ。ユイさんの言う通りただの器で、塁さんの言う通り効率の悪いプログラム。アスタリスクでは、これが普通の『作業』なんだ。

 だけど――さっきの声は……確かに生きていた……。

「……わかり、ました…」

 俺は、小さく呟くのが精一杯だった。

「じゃあ私は戻るね。またねー! 侑李君!」

 ユイさんはいつも通りの無邪気な笑顔で、俺にひらひらと手を振る。目の前で行われたことと、そのあまりに明るい笑顔のギャップに、俺は激しい戸惑いを覚えながらも、なんとか平静を装って、軽く手を振り返した。

『周りに流されないで侑李君。君は特別だから君の意思をしっかり持ってね』

 脳裏にアセビさんのあの寂しそうな警告が今度は警報のように鳴り響いていた。

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