◆第三章◆『プログラムされた優しさの果て』
アスタリスクに戻り、真珠と別れた俺は、中央広場にあるベンチに腰掛けていた。心地よい疲労感に身を任せ、電子の光が穏やかに
「あら。ずいぶんと良い顔をするようになったわね、侑李君」
不意に隣から落ち着いた大人の女性の声が聞こえた。
横を見るといつの間にか俺の隣にアセビさんが腰掛けていた。
真面目そうな佇まいは相変わらずだけど、その表情は柔らかい。
「アセビさん。こんにちは」
「こんにちは。今日はここで休憩? 最近、塁やユイ、それに真珠ちゃんとも上手くやっているみたいね。あなたの噂、私のところまで流れてきているわよ」
アセビさんはそう言って、クスクスと悪戯っぽく笑った。
アスタリスクに来たばかりの頃、俺にこの世界のルールや「二度目の再構築は不可能」という現実を教えてくれたアセビさん。それ以来、こうして広場で休んでいると、彼女はたまにふらりと現れては、俺の他愛のない話を聞いてくれる。今では何でも話せる、俺の数少ない理解者の一人だ。
「そんな…みんな、本当に良い人たちばかりで。塁さんにはサボりのダシにされてますけどAI作るの楽しいし、ユイさんの講義は頭がパンクしそうですけど理解した時が嬉しくって、真珠には毎回驚かされてばかりですけど……でも、すごく新鮮で楽しいです」
俺が苦笑混じりに数週間の出来事を話すと、アセビさんは「そう」と愛おしそうに目を細めて、俺の話を一つ一つ丁寧に頷きながら聞いてくれた。
記憶を失くしてデータの生命体として突如放り込まれたこの世界で、彼女の静かな包容力は俺の心をいつも不思議と落ち着かせてくれる。
「あなたがこの世界に馴染んでくれて本当に良かった……それでここは、あなたが守るに値する世界かしら?」
「……そうですね。不器用だけど温かい人たちがいて、真珠が守りたがっている平和な異世界がある。俺のプログラマーの力がその役に立てるなら、ずっとこの世界を支えていきたいなって思ってます」
自分の口から出た言葉に嘘はなかった。
記憶はなくても、今の俺には守りたい日常がここにある。
「そう……なら1つだけ覚えておいて?」
アセビさんはふっと微笑みを消し、どこか遠くを見るような、少しだけ寂しげで、それでいて警告を孕んだ瞳で俺を見つめた。
「忘れないで侑李君。その日常はとても脆いガラス細工のようなもの。種族を…生き物を構築する箱庭。異世界と繋がるソケットケーブル。外からの脅威はいつだってこの世界を壊しにやってくるし…この世界の箱庭も同じなの…」
「…アセビさん…?」
「周りに流されないで侑李君。君は特別だから君の意思を確り持ってね」
首を傾げた俺に、アセビさんはそれ以上は何も語らず、「またね」とだけ言って立ち上がり、雑踏の中へと消えていってしまった。
一人残されたベンチで、俺はアセビさんの言葉の意味を考える。
周りに流されないで。その時の俺にはどんな意味があるのか全く理解出来なかった。けれどアセビさんの寂しそうな表情に、理解出来るまでは自分の意思は確りと持つようにと決意した。