◆第三章◆『プログラムされた優しさの果て』


塁さんとの仕事のあとは真珠の訓練冒険について行くのが日課となっていた。

「次のゲートはぁ――よし、ここだね。行くよ、侑李君!」

真珠の明るい声に応じる暇もなく、俺たちは光の渦を潜り抜けた。
眩い光が収まった瞬間、視界に飛び込んできたのは、見渡す限りの広大な『浮遊島』の世界だった。

遥か眼下にはどこまでも続く雲海が広がり、空には大小さまざまな島がまるで重力を忘れたかのようにぽっかりと浮かんでいる。島と島の間を、見たこともない巨大な鳥のような生き物が優雅に羽ばたいていく。

「うわ……すごいな。今回は空中世界か……」

 思わず感嘆かんたんの声が漏れる。

 真珠に連れられて潜るソケットケーブルの先は、毎回新しいゲームのエリアを解放したときのような新鮮なワクワク感に満ちていた。

 真珠が俺を連れて行く異世界は、いつもランダムだ。

 彼女は特定の観光地を選んでいるわけじゃない。アスタリスク周辺の異世界を巡回し、そこに住む住人たちの平和を脅かす魔物を退治するのが目的なのを、ここ週日間で俺は察していた。

「うん! 今回の世界もすっごく綺麗! あそこの住人たち、翼が生えてて可愛いね。平和に暮らせてるといいなぁ」

ウルフカットの青髪を風に揺らしながら、真珠はひまわりのような笑顔を咲かせる。一見、ただの社交的で優しい女の子。彼女の行動原理はいつもシンプルで、「その世界の住人が平和ならそれが一番」という、純粋な優しさからきている。

ギルルルルルッ!

聞いたことのない空気を切り裂くような低い鳴き声と共に、俺達の背後から、禍々しい三つの翼を持ったトカゲのような魔物が姿を現した。目の前にある住人たちの集落を狙っていたのだろうか、急に現れた俺達を警戒し鋭い牙から泥に似た体液を滴らせている。

「お」

魔物を見つけた瞬間、真珠の目がきらりと輝いた。
まるで極上の獲物を見つけた猛獣のように。

「隙あり!!」

「あ…」

もはや様式美ようしきびとなったやり取り。

真珠は一瞬で魔物との距離を詰めると、身体強化の能力を発動させる。彼女の細い身体から、空間が爆ぜるような凄まじいプレッシャーが放たれた。

「えいっ!!」

鋭い掛け声と共に繰り出されたのは、あまりにも容赦のないストレート。ドゴォォォン!! と、鼓膜を震わせる爆音が響き渡り、魔物は悲鳴を上げる暇すらなく一撃で粉砕した。まさに一発KO。

「よーし、一丁上がり!」

何事もなかったかのように両手をパンパンと払い、満面の笑みで振り返る真珠。相変わらずの戦闘狂っぷりと圧倒的な強さに、俺は引きつった笑みを浮かべるしかない。

「…真珠…相変わらず、容赦ないな」

「だって、あのままだと住人のみんなが困っちゃうでしょ? 悪い魔物はサクッと片付けるに限るよ!」

そう言って真珠は、塁の言っていた「世界に干渉しない」というルールを忠実に守り、ただ満足そうに微笑むだけだった。チラリと住人が住む浮島へ視線を向ける。幸せそうに笑い合う平和な暮らし。あの魔物を真珠が倒してくれたことにすら気付いていない。

だけど真珠はそれが何よりの喜びらしい。


ルールを破らない健気さと、住人を想う優しさ、そして圧倒的な暴力のギャップ。そんな彼女の隣で、吹き抜ける心地よい風を感じながら、俺はシステム構築の疲れが綺麗に吹き飛んでいくのを感じていた。



2/10ページ