◆プロローグ◆ようこそ『ASTERISK』へ
キーンコーンカーンコーン……。
待ちに待った放課後のチャムが鳴り響くと同時に、教壇の先生が声を張り上げた。
「はい、今日の授業はここまで。宿題は今日やった授業のデータの復習でいいぞー」
先生の言葉が終わるか終わらないかのうちに、クラス中は一斉に騒がしくなる。「寄り道せずにまっすぐ帰れよー」という先生の注意を遮るように、「ねえ、今からゲーセン行く人ー!」と元気な声が上がった。「お前ら、先生の話聞いてたか?」と呆れる先生の声に「現地集合しますってー!」と返答が返り、教室はどっと笑い声に包まれる。
「んーーっ……やっと終わった……」
侑李は席に座ったまま、大きく背伸びをして凝り固まった身体をほぐした。
「あの、四ノ宮くん」
不意に上から声をかけられ、侑李は振り返る。そこにいたのはクラスメイトの女子だった。
「斎藤さん?どうした?」
「四ノ宮くん、ゲーム得意だよね。今からクラスのみんなでゲーセン行くみたいなんだけど、四ノ宮くんもどうかなと思って」
少し遠慮がちに、だけど嬉しそうに誘ってくれた斎藤さんに、侑李は申し訳なさそうな苦笑いを浮かべた。
「斎藤さん、誘ってくれてありがと。でも俺、今日はちょっと外せない用事があるんだ。パスってみんなに伝えておいてくれる?」
「あ、うん、わかった。また今度ね!」
テキパキと帰り支度を整え、鞄を肩にかける。
「おーい侑李ー!お前が来ないと格ゲーのボス戦クリアできないんだってー!」
後ろから引き留めるような声が聞こえてきたが、侑李は振り返らずに、ひらひらと手を振った。
「わりぃ!マジで大事な用事なんだ!」
足早に教室を後にする侑李の背中を見送りながら、残されたクラスメイトたちがクスリと笑う。
「大事な用事って、どうせ今日先行配信される最新作ゲーム『ASTERISK』だろーなぁ」
「ゲームオタクの侑李なら、大いにありえるね」
そんな納得混じりの声が上がっていることなど、今の侑李の耳には届いていなかった。
学校を出た侑李は、弾むような軽い足取りで通りを歩き、大通りから一本入った路地へと滑り込んだ。
向かったのは、小さな無人ゲーム店舗。
レジには簡素な管理AIの端末があるだけで、人影は一つもない。昔のレトロゲームの現物から最新作のデータまで幅広く取り扱っている、侑李にとっては最高の「穴場」のゲームショップだった。
今日ここへ来た目的は、ただ一つ。
侑李は迷いのない足取りで、店の奥にあるダウンロードコーナーへ向かった。ハイスペックな液体冷却のファンが静かに唸る、漆黒のデータタワーが並んでいる。
この時代、大容量のゲームデータを自宅の回線で落とすのは時間がかかるため、こうした店舗の有線スポットを利用するのが一般的だ。機械からは、イヤホン型端末に接続するための専用コードが伸びている。
「よし……」
侑李は耳にかけたイヤホン型端末の接続口に、機械のコードをカチリと差し込んだ。タッチパネルの画面を素早く操作し、事前に購入しておいた予約コードを送信する。決済はすでに済んでいる。画面には『ASTERISK――ダウンロード準備完了』の文字が表示された。
「あとは……十秒、か」
カウントダウンが始まる。画面の数字が減っていくのを、侑李は胸の高鳴りを抑えきれない様子で見つめていた。早く自分のフルダイブ機にこのデータを移し、『Bチップ』をリンクさせて、様々な仮想世界へ飛び込みたい。
『3』
『2』
『1』
『0』
「――え?」
カウントがゼロになった、その瞬間だった。
パチ、と耳の奥で弾けるような音がした。
直後、イヤホンコードを通じて、脳の奥深くに眠る『Bチップ』へ、悍ましいほどの高電圧の電流が直接流し込まれる。
「ぐっ!!、、、が、っ!!!……!?」
脳が、内側から焼け付くような激痛。
視界が真っ白に染まり、思考回路が強制的にシャットダウンされていく。何が起きたのか、一瞬の出来事すぎて理解が追いつかない。
ガシャァン!!
イヤホンコードを引きちぎるようにして、侑李の身体は力なく床へと崩れ落ちた。誰もいない無人のゲームショップ。
侑李の荒い呼吸の音と、コツ…、コツ…、とゆっくりと近付いてくる足音が静かに響いていた。