◆第二章◆​『レベル1のプラグイン』


 ヘッドホンを通じて意識をソケットケーブルのメインシステムへとダイブさせると、視界の裏に無数のエラーログが真っ赤な警告灯けいこくとうのように点滅している。

(……見つけた。接続端子ソケットの根本、自動パッチの同期ズレだ)

 どこがどう壊れているのか、俺の脳は一瞬で最適解を導き出す。

 俺は空中に向けて両手を突き出し、脳内でイメージを固定した。すると、首のヘッドホンから照射された青い光が、俺の指先に合わせて半透明のホログラムキーボードを現実化させる。

 静かな草原に、凄まじい速度のタイピング音が響き渡る。

 記憶はなくても、俺の指先はプログラマーとしての技術が刻み込んでいる。次々と流れてくる破損コードクラッシュデータを冷徹に見据みすえ、不必要なノイズをデリートし、引き千切られた構文を正しい英数字で再構築リビルドしていく。

キシャアアアアッ!

 俺の作業を邪魔しようと、背後から新たなクリーチャーが牙をむいいて飛びかかってきた。だが、俺は視線すら動かさない。キーボードを叩く指を一瞬たりとも止めなかった。

「させないって言ったでしょ!」

 ドゴォォォンッ!!!

 鼓膜を震わせる衝撃音と共に、化け物の肉体が爆散する。

 俺の前に立ちはだかる真珠さんは、身体強化の青い光を拳に纏わせ、近づく化け物を文字通り一撃で粉砕し続けていた。

 真珠さんは、背後から聞こえる一切の迷いがないタイピング音に、戦いながらも驚きを隠せずにいた。ユイから「新しい科学者」とだけ紹介されていた男の子。まさか、あのユイですら頭を抱えるような複雑なエラーコードを、これほどの速度で躊躇いなく修正していくなんて。

(侑李君はユイさんが欲しがっていた天才プログラマーなんだ……!)

 頼もしい背中に守られながら俺は最後のエンターキーを叩きつける。

「……これで終わりだッ!」

 システムに確定コードを流し込んだ瞬間、空間のバグから溢れ出ていた真っ赤なエラーログが一斉に美しい新緑のような緑色のライトへと反転した。

 歪んでいた空間がシュルシュルと元の形へ収縮しゅうしゅくしていき、蛇口を閉めたようにクリーチャーの湧き出しがピタリと止まる。
 
 残っていた化け物も、真珠さんの最後の一撃によってすべて消し炭へと変わった。あたりに再びのどかな草原の静寂が戻ってきた。

「…っ…はぁ…直った……」

 緊張の糸が切れヘッドホンを首へと戻しながら額の汗を拭ったその時だった。

「すごいっ!すごいよ、侑李君っ!!」

「うわっ!?」

 振り返る暇もなく、正面から真珠さんが勢いよく飛び込んできて、俺の体に思いきり抱きついた。魚人としての身体能力の高さのせいか振りほどけない。なにより結構な質量と柔らかさが同時に押し寄せてきて、俺は一瞬息が止まりそうになる。

「あんなにめちゃくちゃだったコードを、あっという間に直しちゃうなんて!侑李君って本当に凄い科学者さんだったんだね!カッコよかったぁ!」

 裏表のない、心からの称賛しょうさんと眩しすぎる笑顔。しかも、さっきの戦闘の余熱のせいか、至近距離から伝わってくる真珠さんの体温が妙に熱い。女の子にこんな全力で抱きつかれて、はしゃがれるなんて記憶にない。俺には刺激が強すぎる。

「ちょ、いや……その、真珠さん、苦しい、っていうか……」

 顔が耳まで真っ赤になるのを自覚しながら、俺は視線を泳がせ、なんとか言葉を絞り出した。

「…お、俺が落ち着いてコードを入力できたのは…その…真珠さんが、一匹もクリーチャーを近づけないで守ってくれたからだよ。……ありがと、真珠さん」

「……ふふっ、やったぁ!ありがと、侑李君。」

 お礼を言うと、真珠さんは嬉しそうにさらに顔を綻ばせ、ようやく俺の体から腕を離してくれた。

 お互いの特技が噛み合って、最悪の事態を防ぐことができた。
 
 まだ始まったばかりだけど、俺たちの相棒としての関係は、この のどかな異世界の空の下で、確かに最初の確かな一歩を刻んだのだった。
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