◆第二章◆​『レベル1のプラグイン』


 眩い光の渦を突き抜けた瞬間、ふっと全身に引っ張られるような感覚が走り、一気に「重力」が戻ってきた。急な感覚の変化に、体力が平凡な俺は上下のバランスを崩し、不格好に地面へ激突しそうになる。

「っと、危ない!」

 だが、地面に衝突する前に、俺の体は柔らかな衝撃と共にガシッと受け止められていた。横を見ると、俺の右手を握ったままの真珠さんが、涼しい顔で俺を片手で受け止めてくれていた。
 
 細い腕のどこにそんな瞬発力と力があるんだと呆気に取られていると、真珠さんは優しく俺を地面に立たせ、満面の笑みを浮かべた。

「侑李君は亜人さんだったね。重力の切り替わりはちょっとびっくりしちゃったかな?大丈夫?」

「あ、ああ……ありがと、真珠さん。助かった……」

 気恥ずかしさを隠すように頭を掻きながら、周囲を見渡す。

 そこは、どこまでも青い空と、穏やかな風が緑の波を作る、のどかで美しい大草原だった。RPGの始まりの街の外に広がっていそうな、まさに「初心者コース」と呼ぶにふさわしい平和な異世界だ。

「さーて!今日の特訓相手はどこかなー!」

 真珠さんは楽しそうに手をかざして遠くを見つめ、索敵を始めている。俺は一息つきながら、何気なく思考を集中させ、左目の『解析能力』を起動してみた。

 平和な異世界のプログラムがどうなっているのかただの好奇心だった。視界が切り替わり、草原も空も、すべてが美しい英数字の文字列コードとして表示される。

 ……だが。

「……あれ?」

 俺たちのすぐ背後。今しがた通り抜けてきた、空間にひっそりと浮かぶ見えないゲートの接続部分――そのプログラムコードの一部に、歪な『ノイズ』が走っているのが目に入った。コードが不自然に引き千切られ、エラーログが高速で吐き出されている。

(バグ……?いや、これ、外から無理やり抉開こじあけられたような……)

「真珠さん、ちょっと待って。あそこ――」

 おかしい、と真珠さんに報告しようとした、まさにその瞬間だった。俺たちが通ってきた空間が、ガラスが割れるような音を立てて歪んだ。

キシャアアアアアアアッ!!!

「げっ!?」

 歪んだ空間の隙間から滑り出てきたのは、さっきソケットケーブルの外壁に張り付いていた、あの不気味な宇宙の化け物――クリーチャーだった。ソケットケーブルの防壁を破り、そのまま流されるようにして、この異世界にまで侵入してきたのだ。

「っ!侑李君下がって!!」

 真珠さんの声が響くと同時に、クリーチャーが長い爪を振りかざして俺たちに襲いかかってくる。真珠さんは俺の襟元を掴むと、軽々と俺の体を自分の肩へと担ぎ上げた。
 
 視界が上下反転し、真珠さんの背中越しに化け物の顔が迫る。

 ドンッ!!

 真珠さんは俺を担いだまま、片手から放った凄まじい衝撃波で一匹目のクリーチャーを粉砕した。だけど、異常事態はそれだけじゃ終わらない。空間のバグはさらに広がり、壊れた蛇口から溢れ出るように、次々と新しいクリーチャーが湧き出し、異世界へと侵入してくる。

「くっ、次から次へと……!侑李君、しっかり掴まってて!」

 俺を庇いながら攻撃を続ける真珠さんだが、このままではキリがない。大元おおもとの「道」のバグを直さなければ、この平和な草原が化け物で埋め尽くされてしまう。

 真珠さんの肩の上で、俺は首に掛けていた赤いヘッドホンを掴み、耳へと装着した。解析能力なんて使わなくても分かる。この程度のバグなら俺の指先とこのヘッドホンのシステムがあれば十分に修正可能だと。

「真珠さん!俺があの壊れた道を直す!だから降ろしてくれ!」

「…えっ……!?」

 俺の言葉に、真珠さんが一瞬だけ驚いたように目を見開いた。彼女はここで初めて、俺に与えられた『仕事』の本当の意味を理解したようだった。

「――了解!侑李君のことは指一本触れさせないからねっ!」

 真珠さんは俺を地面に降ろすと、俺の前に立ちはだかり、両拳を構えて身体強化の青い光を爆発させた。護衛の後ろ姿を信頼し、俺はヘッドホンに意識を集中させソケットケーブルのメインシステムへとダイブする。

「……ふぅ…落ち着け俺……大丈夫…バグ修正を開始するぞ…」

 俺のプログラマーとしての最初の仕事タスクが始まった。

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