◆第三章◆『プログラムされた優しさの果て』
「……おい侑李。ここの最適化ループ、お前の左目で見てさっくり書き換えらんねえ?」
気怠げな声と一緒に、煙の混じったため息が降ってくる。
アスタリスクに来てから数週間。俺の日常はこの煙草臭いオフィスに半分ほど侵食されていた。
顔にある爬虫類の鱗をポリポリと掻きながら、塁さんがデスクの背もたれに大きく体重を預ける。口に咥えたタバコの火が、暗めの室内で小さく爆ぜた。
「サボらないでください、塁さん」
「人聞きが悪いぞ。これは未来への投資だ。アスタリスクの科学者は人手不足だからな。この『科学者支援用サポートAI』さえ完成すれば、定型業務は全部AIが肩代わりしてくれる。……つまり、俺の昼寝の時間が増える」
「本音ぐらい隠せませんかね……」
俺はため息交じりで、空中に展開されたホログラムのプログラムコードに視線を向けた。左目に意識を集中すると、視界がカチリと切り替わる。複雑に絡み合う電子の糸――プログラムの構造が、色のついた光の配列として脳内に直接流れ込んできた。
人間を診ると目眩がするこの左目も、システムコード相手なら最高の武器になる。
「……あ、ここ。
「マジ? どこだ?」
「ここです。ちょっと書き換えますよ」
俺は空中のキーボードに指を走らせ、淀みのあったコードを一瞬で綺麗に並べ替えた。俺の奥底にある記憶から指先とこの左目は、どうすればプログラムが「最も美しく効率的に動くか」を本能的に知っている。
「うっわー…一瞬で処理速度が三倍になったわ。お前がいるとホント楽に仕事が終わるから助かる。 よし…じゃこれで今日は終わりってことで…」
「ストップ。まだテスト運用すらしてないじゃないですか。ほら、ユイさんのところへ持って行ってチェックしてもらいましょう」
「はぁ?あのチビの話し長いの知ってるだろ……」と露骨に嫌そうな顔をする塁さんの背中を押して俺たちはユイさんのオフィスへと向かった。
ユイさんのオフィスは相変わらず
「なるほどぉ。相変わらず侑李君のコードは天才的だね。無駄がなくて、まるで一本の美しい数式を見ているようだよ!」
「ありがとうございます」
「ふふん。でもね侑李君――」
ユイさんは小さな人差し指を立てて、俺の鼻先を軽く突いた。
「アスタリスクの
「脆さ、ですか?」
俺が首を傾げると、ユイさんは愛用のカスタムPCを叩いて、一つのエラーログを画面に呼び出した。
「そう。
「
「その通り! 察しがいいねぇ、さすがは天才プログラマー!」
ユイさんは満足そうに猫尻尾を左右に揺らした。
プログラムの効率化だけが正解じゃない。この世界で生き残るための、泥臭くも確実な技術。それをユイさんから学ぶ時間は、俺にとって何より新鮮で、知的な興奮に満ちていた。
「ありがとうユイさん。よし。これでエラー対策の助言ももらったし、 塁さん、次は修正版をテストしますよ」
「……侑李……お前ちょっと手際が良すぎるんだよ……俺の昼寝が……」
ブツブツと文句を言う塁さんの背中を俺は再び強く押す。
なんだかんだ文句言いながらも最後まで付き合ってくれる塁さんに、プログラマーとしての柔軟なアドバイスをくれるユイさん。
俺はアスタリスクの生活に、自分が心からの心地よさを感じていることに気づいていた。