◆第二章◆​『レベル1のプラグイン』


 ユイさんたちが行ってしまい、広場に取り残された俺たち。

 初対面の女の子と二人きりになり、何を話せばいいのか分からず俺が口ごもっていると、真珠さんは躊躇ためらうことなく俺の右手をきゅっと握り締めた。

「侑李君は、まだここに構築されたばかりなんだよね?だったら、口でいろいろ説明されるより、直接見に行っちゃった方が早いよ!行こう!」

「えっ……ちょっと!?」

 引っ張られるままに歩き出し、俺は慌てて声を上げる。見に行くって、まさかさっきユイさんのオフィスで見たソケットケーブルや、その先にある異世界のことか?

「真珠さん、俺まだ具体的な仕事内容を話してないし、何よりさっき塁さんに『上の指示や許可がない限り絶対に外には出るな』って言われたばかりなんだけど……!」

 警告を無視して単独行動(厳密には二人だけど)なんてしたら、後で塁さんに何を言われるか分かったもんじゃない。だが、真珠さんは繋いだ手に少し力を込めると、振り返って悪戯っぽく笑った。

「大丈夫、大丈夫!私がついてるからねっ。だって私は侑李君の『護衛』だもの!護衛の私が一緒なんだから何があっても守ってあげる!」

 根拠があるのかないのか分からない無邪気な笑顔。

 だけど、その裏表のない真っ直ぐな瞳で見つめられると、不思議と胸の奥の不安がすっと拭われていくような気がした。……うん、この人に任せておけば、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。

 真珠さんは広場を歩きながら、すれ違う様々な種族に向かって「あ、カルロさんこんにちは!」「ルナちゃん、さっきの報告ありがとねー!」と、次々に笑顔で挨拶を交わしていく。

 あんなにたくさんの種族がいるのに、一人一人の名前までちゃんと覚えているなんて、めちゃくちゃ凄いな……と感心しているうちに、俺たちは異世界へと繋がる巨大な『ゲート』の前へと到着していた。

 ゲートの厳重げんじゅうたたずまいを前にして、真珠さんは「あ、そうだ」と足を止め、ポケットから小さなカプセル型のケースを取り出した。

 カチャリと蓋を開け、中から3つのサプリメントのような錠剤を手のひらに転がすと、それを俺に差し出してくる。

「侑李君、目が覚めてからまだ何も食べてないでしょ?これあげる」

「え……サプリメント?」

 受け取って手元で見つめてみるが、やっぱりただの白い錠剤にしか見えない。鼻を近づけても、匂いは全くしなかった。

 これ、水で飲むのかな……と思っていると、真珠さんは自分でも別の錠剤を3つ口に放り込み、ポリポリと軽快けいかいな音を立てて噛み砕き始めた。

「う、美味いの?それ?」

「んー、味はしないかな。でもね、健康管理に必要な栄養は全部入ってるし、これだけでちゃんとお腹いっぱいになるんだから!」

 味がしないのに笑顔で言われても説得力に欠ける気がしたが、確かに昨日はココアしか飲んでないから空腹ではある。俺は意を決して、その錠剤をまとめて口に入れて恐る恐る噛み砕いてみた。

(お……?)

 無味無臭むみむしゅう。だけど粉っぽさは一切なくて、噛み砕いた瞬間に口の中でシュワリと溶けるようにして消えていく。

 驚いたのはその後だ。飲み込んで数秒もしないうちに、昨日から感じていた頭のダルさや、胃のの空腹感がまるで嘘だったかのように綺麗さっぱり消え去っていた。

「ね?便利でしょ?」

 目を丸くする俺を見て、真珠さんは誇らしげに胸を張る。本当に、ゲームの回復アイテムをそのまま現実にしたようなシステムだ。

 エネルギーが満ちたところで、真珠さんはゲートの脇にある、指紋認証パネルのような機械の前に立った。そこに片手をそっと乗せると通る声で告げる。

「種族。魚人、名前。真珠。お仕事のため外出の許可をマザーへ申告しまーす」

 静寂が訪れた直後、俺の脳内に直接響くような電子音声が鳴り響いた。

『――認証確認。魚人:真珠、および、亜人:四ノ宮侑李の外出を許可します』

 抑揚よくよくのない無機質な女性の声。マザーと呼ばれたこの声の主がこの世界アスタリスクの管理システムなのだろうか。塁さんの言っていた「上の許可」がこんなにあっさり下りるとは思わなかったが、マザーが許可したのなら文句はあるまい。

 困惑する俺の右手を、真珠さんはもう一度力強く握り直した。

「よし、許可も出たことだし、行こう!侑李君!」

 重厚じゅうこうな音を立てて、ゆっくりと左右に開いていくゲート。その向こうから溢れ出る眩い光の中に、真珠さんは躊躇ちゅうちょなく足を踏み出していく。
 
 俺は彼女に引っ張られるようにして、生まれて初めて「ASTERISKアスタリスクの外の世界」へと一歩を踏み出した。
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