◆第二章◆​『レベル1のプラグイン』


 案内されたユイさんのオフィスは、さっき見た塁さんのSFチックな執務室オフィスとは、まるで雰囲気が違っていた。

 広さは一部屋ひとへやのワンルーム。
 だけど、中には様々な機械やコードがごちゃごちゃと足の踏み場もないほどに詰め込まれている。そして何より目を引いたのは、部屋の壁側にあるデスクに鎮座ちんざした、この世界にはおよそ場違いな「箱型の古いパソコン」だった。

(……ブラウン管のモニター?いや、液晶か?とにかくめちゃくちゃレトロなパソコンだな……)

 周囲の最先端さいせんたんマシンから伸びる何本もの太いケーブルが、その古めかしいパソコンの背面に強引に接続されている。俺の視線に気づいたユイさんが、誇らしげに胸を張った。

「ふふん、気になる?これねぇ、私が昔からずーっと愛用してるカスタムマシンなんだ!中身はここの最新サーバー並みに超高性能なんだけど、やっぱり仕事をする時は、このキーボードの打鍵感だけんかんと馴染みのある画面じゃないと落ち着かなくてさぁ」

「なるほど……こだわりですね。ちょっと分かります」

 ゲームオタクとして、マイキーボードや馴染みの環境にこだわる気持ちは痛いほど分かった。塁さんは部屋の壁に寄りかかり、タバコを咥え直しながら「ただの頑固者だ。データの移行が面倒だからって、中身だけ何回も弄り回して使い続けてるんだよ」と呆れたように付け足す。ユイさんは「うるさーい!」と塁さんを睨みつけると、すぐに楽しげな顔で耳にかけているイヤホン型の端末に指先を触れた。

「それじゃ、さっそくお仕事の説明にいっちゃうよ!」

 ユイさんが端末を操作した瞬間、ごちゃついた部屋の空間全体に、息を呑むほど美しい宇宙のホログラムが展開された。

 無数の星々や惑星がゆっくりと自転している。そしてよく見ると、その星と星の間を縫うようにして、鮮やかな『黄色い線』が網の目のように繋がっていた。

「綺麗……」

「でしょ?この繋がっている黄色い線。これがこの世界アスタリスクから他のあらゆる異世界へと伸びる『ソケットケーブル』だよ」

 ユイさんが手元を小さく動かすと、ホログラムの一本の線がぐっと目の前に拡大される。すると、ただの光の線に見えたものの正体が、恐ろしい速度で流れ落ち、明滅めいめつし続ける膨大ぼうだいなプログラミングの文字列コードであることが判明した。
 あまりの明瞭めいりょうさに俺の胸は自然と熱を帯びていく。

「このソケットケーブルのプログラミングはね、1日に24回――つまり1時間ごとに、完全に別のコードへと自動変更される仕組みになってるんだ」

 ユイさんの説明を引き継ぐように、塁さんが静かな声で補足ほそくを加えた。

「防犯システムだ。ここから異世界へ旅立った種族が、何かの拍子にここアスタリスクへ逆流して戻ってこないようにするため。それと、あっちの世界の先住民族せんじゅうみんぞくが、ここアスタリスクに迷い込んだり踏み込んできたりするのを防ぐためのセキュリティ壁でもある」

「1時間に1回、自動でパッチが書き換わる…えっと…ファイアウォール……みたいなものですか?」

 俺が呟くとユイさんは「そう!まさにそれ!」と嬉しそうに目を輝かせた。

「侑李君にお願いしたいのは、この世界を繋ぐ回路の『管理』、そしてバグが出たり外部から干渉されて壊れたりした時の『修理』なんだ。……どうかな?できそう?」

 俺は一歩前に歩み寄り、流動りゅうどうする光のコードをじっと見つめた。意識を集中させ、左目の解析能力を起動する。

 昨日、塁さんの身体の構造を覗き込もうとした時は、あまりの複雑さに吐き気がした。だけど、このソケットケーブルのコードは違う。

 高速で変化してはいるものの、基本の構文こうぶんルールは驚くほどに美しく、整然せいぜんとしている。
 塁さんを解析するよりも、ずっと読み取りやすくて、なんなら親しみさえ感じてしまう。

(これなら解析能力を使わなくてもいけるかもしれない)

 指先がキーボードを叩きたくてうずうずする感覚。記憶はなくても、俺の魂は完全にこれを「理解」していた。俺はパッと左目の能力をオフにして、二人に向き直ると、力強く頷いた。

「大丈夫です。出来ると思います」

「やったぁぁ!頼もしい!さすが私が目をつけた天才プログラマー!」

 ユイさんは飛び上がって大喜びするとイヤホン型の端末に触れてホログラムを消して執務室オフィスから飛び出す。

「よし、じゃあ次は一番大事な、侑李君の『護衛』を紹介するね!今広場にいるから早速会いに行こう!」

 仕事への不安が消え、心地よい高揚感こうようかんを胸に抱きながら、俺はユイさんと塁さんに続いて執務室オフィスを後にした。


 いよいよ、俺の護衛となる人物との対面だ。

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