◆プロローグ◆ようこそ『ASTERISK』へ
「――よし、これでルートAのバグは潰した」
教室の廊下側の窓際が彼の特等席。
四ノ宮侑李は、手元のスマートフォン型の端末を操作しながら、満足げに小さく息を吐いた。
画面の中で目まぐるしく走る文字列を、侑李の瞳は「文字」としてではなく、一種の「立体パズル」のように捉えている。
ゲームの構造を視覚的に分解し、最短最適の攻略ルートを導き出す。
IT企業のプログラミングの責任者である父。
世界ゲーム大会の元チャンピオンの筋金入りのゲームオタクの母。
両親の背を見て育った規格外の才能に、高校二年の彼は未だ無自覚なままであった。
キーンコーンカーンコーン
予鈴のチャイムが響き渡るのと同時に、ガララ、と勢いよく右側にある廊下側の窓が開け放たれる。
「侑李!あのゲームって今日発売だよなっ!?」
飛び込んできたのは、ひまわりのような眩しい笑顔と、汗をきらめかせた親友――春樹の顔だった。窓の縁に両手をかけ、目を輝かせている。
スマホ画面から視線を上げた侑李は、春樹を黙って見つめたあと「発売」という言葉の意味を脳内で処理するまでに、一瞬、数秒の空白を挟んだ。
それからどこか呆れたような、それでいて親しみのある声で息を吐く。
「そーだなぁ。たしか、今日の16時頃に『配信』されるぜ」
「はぁ!?俺ら、ガッツリ授業中じゃん!…しらけるなぁ……」
ガクッ、と春樹は分かりやすく肩を落とし、窓の縁に顎を乗せた。だが、すぐにバネのように弾けて立ち上がる。
「待て。配信?発売じゃなくて?」
「配信は限定特典付きだから、事前予約をしてないと無理だ。ちなみに一般発売は三日後」
ゲームの画面を一時停止し、侑李はため息交じりに説明する。すると春樹は、今度こそ完全に教室の中へ窓から入り出す勢いで身を乗り出してきた。
「はぁ!?聞いてねぇんだけど!何で教えてくれなかったんだよ!?」
「聞かれてねーし。ふふーん。ちなみに俺は予約済みぃ〜」
侑李は意地悪な笑みを浮かべ、顔の横にチョキを作って自慢げにピースしてみせる。
「抜け駆けかよ!くそぉ……ちゃんと調べとけば良かったぁ……」
「調べなくてもテレビのニュースとかネット見てたら嫌でも流れてた情報だぜ?お前何してたんだよ」
開ききった窓のサッシに手をかけながら侑李が尋ねる。
待ってましたとばかりに春樹は胸を張りドヤ顔をキメた。
「バイト!無人コンビニの在庫補充の肉体労働だ!これで目標金額達成したんだぜ!すげぇだろぉ?」
褒めてほしそうなキラキラした視線を向けて親指を上げてくる親友に対し侑李は一ミリの躊躇もなく、ガラララッと窓を閉めた。
「へぇ、おめでとう。授業始まる前にこれクリアしたいからまたな」
「無慈悲ぃぃぃッ!!」
窓越しに、くぐもった絶叫が聞こえる。けれど春樹はすぐにいつもの快活な笑顔に戻ると大げさに肩をすくめて窓の向こうから声を張り上げた。
「仕方ねぇ!先手は譲ってやるが、すぐに追い越してやるからな!……まっ、今夜は通信に誘わないどいてやる!ありがたーく、俺の気遣いを受け取りな!またなー侑李!思う存分楽しめよ!」
自身のクラスへと手を振りながら駆け戻っていく春樹の後ろ姿に侑李は苦笑しながら、ひらひらと手を振り返して見送った。
(春樹の奴、分かってんじゃん。流石親友だ。事前予約した甲斐があったぜ)
スマホの画面をタップし、手元のゲームを再開する。
( 今夜、春樹が気を遣って時間を空けてくれるというのなら遠慮なくスタートダッシュを決めさせてもらおう)
侑李の指先が驚異的な速度で画面の上を踊る。脳内でプログラミングの構造を組み替え、難関のステージを次々と、まるで作業のようにクリアしていく。
( そうだな。学校が終わったら、真っ直ぐゲームショップに。そのあと事前予約用の『ASTERISK』の専用メモリーを俺のイヤホン型端末に一度ダウンロード。帰宅したらすぐに専用メモリーを家にある母さんから貰った最新型のフルダイブ機にセット。よし!このルートで行こう)
侑李はゲームをしながら最短ルートを計画する。
(しかし、生まれた時に脳に埋め込む生涯記憶記録機――通称『Bチップ』が義務化したおかげで、これをゲーム機へと通信接続し仮想世界をリアル体験できる仕組みだなんて………やっぱ科学って凄いなぁ )
『B』が記録してきた自分自身の五感や経験のデータがゲーム機を通じて仮想世界へとフルダイブするための「鍵」になる。
本日十六時世界同時配信。
最新型数多の異世界にフルダイブ出来るRPG。『ASTERISK』
そのタイトルを脳内で反芻するだけで侑李の胸は期待に高鳴った。