母と私
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その日は一日中良い天気で、空には美しい夕焼けが広がっていた。
『きれい。』
学校からの帰り道、思わず立ち止まって見入ってしまうほど。
一日の仕事終えた太陽は美しい色彩と共に、山の稜線の向こう側へと帰っていく。
私はこの時期の夕暮れが大好きで、そのときも時間を忘れて空を見上げていた。
『おい、道端につっ立っていると危ねぇぞ。』
ぼんやりしていたから、向かいから犬の散歩をしていたおじいさんに注意される。
『す、すみません……』
慌てて謝った途端、現実に引き戻される。
今度は背後から自転車のベルが鳴り、すごいスピードで通り過ぎてゆく。
一瞬、ヒヤリとしながら、辺りを確認すると再び 歩き始めた。
『むらさき、あか、しゅいろ……』
しばらく歩くと、交差点。
歩行者信号が青になるのを待ちながら、目に映る色を口にする。
夕空を染めている色が一つではないことに改めて気付く。
『オレンジ、やまぶきいろ、きいろ……』
信号機が青へと変わると、スキップで横断歩道をゆく。
その度に背中に背負ったランドセルの中の教科書やノートがガッタガッタと騒がしい音をたてた。
まるで浮かれている自分の気持ちを表しているように。
『お父さん、もう家に居るかな?』
この日、私には楽しみな出来事が待っていた。
遠方で仕事をしていた父が一年振りに帰ってくる。
家族 皆が久々に揃う。
それだけで嬉しくて、私の足取りはいつの間にかスキップから駆け足に変わっていく。
大通りを曲がり、住宅地へ向かうと小さな公園の前に差し掛かった。
そこを過ぎれば、あと少しで団地が見えてくる。
息を弾ませ、公園入り口に設置された自販機の前を通り過ぎた瞬間、
『チャリン、チャリン……』
硬貨が落ちて跳ねる音が鳴り響く。
振り返ると、自販機前にいたサラリーマンが硬貨を入れ損ない、アスファルトに落としたようだ。
その途端、昨夜見た夢が一瞬にして脳裏に浮かび、急に足が動かなくなった。
『怖い……』
私は咄嗟にしゃがみ込み、両手で耳を塞ぎ、両目を固く閉じた。
夢と同じように、
耳元から硬貨の跳ねる音や母の声が聞こえてきたら、どうしよう……
次第に身体が震え始める。
怖い、
誰か……助けて。
『ちょっと、君 大丈夫?』
必死になって念じていると、誰かが私の肩を激しく揺さぶる。
そっと瞼を開くと、目の前にはサラリーマンとおばさんが心配そうな顔をしてしゃがみ込んでいた。
『気分でも悪いのかしら?
顔が真っ青よ!』
『救急車、呼びましょうか?』
サラリーマンがスーツのポケットから携帯電話を取り出すのが見えた。
このままでは家に帰ることが出来なくなる。
『だ、大丈夫です。
すみません!』
勢い良く立ち上がり、二人に頭を下げると その場から足早に立ち去った。