してよ してよ

 その手はいつの間にか、脇腹の緩いカーブを何度もなぞっていてその性的な意味合いを含めた触れ合いに、さらに呼吸が早くなり、感じる微量の快感にぞくぞくと背を震わせてしまう。
 だがしかし、いうことは言わねばならない。伝えなければ、月島は分かってくれない。
「……いいや、そうじゃない。いや、違うな。そうなのかもしれない。私の知らないお前がいることが、どうしても許せなくて……私の気持ちはお前のモノなのに、お前の気持ちは私のモノじゃない。そのことが、ひどく歯痒くて」
「あの子が……あの人がいない今、私の気持ちはあなただけのモノですよ。ただ……やはり、未練でしょうか。どうしても諦めきれない自分もいて、私はそれが歯痒いです。あなたから全力の愛をもらっておきながら、私は未だ捨てきれない想いを抱えている……」
「なんの、ことだ? それは誰だ」
 当然の鯉登の疑問に、月島は淋しそうに笑って髪を梳いてくる。
「今は、あなただけです。……あなただけ、愛してる……このことに、偽りはありません。決して」
「月島……私も、お前を愛してる。愛しているぞ。大好きだ、月島」
 ここに来て漸く、鯉登の気持ちが平常に戻ってゆく。それを感じながら、胸を熱くして月島を見つめているとふと、周りの視線が全部こちらに集まっていることを知り、思わず顔を赤くしてしまう。
「み、見るなっ!! こっちを見るんじゃない!! 特に二階堂一等卒!! その変顔は止めろ!! あと、インカラマツ! お前の占いが外れたな! 月島は私が好きだと言ったぞ」
 すると、インカラマツはにこにこと朗らかな笑みを浮かべ頷いて見せた。
「そうですね。私の占いも外れる時はありますが……けれど、当たっている部分もあるでしょう? そうですよね、月島ニシパ」
 月島は返事をせず、両手で鯉登の耳を塞いでくる。
「あの女の言うことを聞いてはいけません。あなたはもう少し人を疑うことを覚えてください。まったく……素直なのはいいことですが」
「説教はもういい。それよりもっと、抱擁が欲しい。月島ぁ」
「仕方のない人です」
 ほぼ半裸にされた身体を月島に押し付けると、その手は鯉登の肌を手のひらで味わうように、じっとりと動き、まずは首から始まって鎖骨の窪みに指が入り、くりっと掬うように指でなぞり、そのままその指はこしょこしょと首の周りを這い回り、あまりのくすぐったさに首を竦めると、つつっと喉仏を押され、一瞬息が詰まる。
「んっ!? うっ……」
 すると、まるで謝罪するように親指の腹で優しく喉仏のでっぱりを撫でられ、そのあまりの気持ちよさにほうっと大きく息を吐くと、その手はいきなり乳輪を撫でてきてその快感に思わず身体がビグッと跳ねてしまう。
「うっ、んっ……はっあっ……! つき、しまっ……!」
「少し……勃ってますね、ココ。胸、気持ちイイですか? 良さそうに見えますが」
「ん、うん……少し、気持ちイイ」
「違うでしょう、かなりイイんですよね、ココ」
 そう言って、ぎゅうっと親指の腹で乳首を押され、少しの痛みと多大なる快感に思わず勝手に首が反る。
 するとすかさず唇を塞がれてしまい、ちゅっちゅと啄むようなキスが送られてくる。そして、キスの合間にも手は忙しく動き、武骨でごつごつとしている手は脇をするっと通って背中へと添えられ、肩甲骨を指先でこりこりと押すようにして揉んでくる。
「んっんっ、あっ……や、ソコは、ソコッ……!」
「ここは骨ですよ。骨も感じるんですね、鯉登少尉殿は。……やらしい身体ですよ」
「ち、違っ……んっんンッ!! んっあっはっあぁっ!」
 さらに、背骨に沿って手が動きその手は腰に添えられ、さらさらと撫で擦られる。自分でも何故こんなにココが感じるのか分からないが、とにかく何だか今日は身体が敏感な気がするのだ。
 それに羞恥を覚えながらも、何処か期待してしまっている自分もいて、戸惑いながらも月島の施す愛撫につい、夢中になってしまう。
 月島はあまり女に興味は無さそうだが、意外と色事に長けている。この触れ方一つとっても、手慣れたものだ。
 だがしかし、一方の鯉登は女慣れなどしているわけでもなく、言ってみれば童貞一直線を貫いているのでいつも、月島の手管に翻弄されては気持ちよくしてもらっている。
 それに少しの悔しさを覚えないでもないが、今さら過去に抱いた女の数など知りたいわけもなく、ひたすら身を任せて快感を与えてもらっているのが現状だ。
 過去の月島があるからこそ、今こうして気持ちよくしてもらっていると考えると少し、心が軽くなる。昔に嫉妬しても仕方がない。
 だが、初めてこういった状況になった時、月島があまりに慣れている風だったので、へそを曲げて色事を台無しにしたことが一度ある。
 それから暫く口を利かなかったが、結局折れたのは月島の方で、諭されたものだ。自棄になって女をとっかえひっかえ抱いたことはあるが、それは鯉登が第七師団に入る前のことであり、そのことを責められても困ると、月島が珍しく情けない顔をしてそう申してきたものだから、鯉登もそのことについて責める気は無くなったので、その日の晩は熱い夜を過ごした。
 それから何年も経った。
 けれど、今でも新鮮な気持ちで月島にこうやって好きにさせることに対し、鯉登は満足している。
 好きな人との触れ合うのにマンネリなど冗談じゃない。日々、触れてもらえることへの感謝と愛情、この二つがあれば、いつまでも仲良くやっていけると思うのは間違いだろうか。
 ぎゅぎゅっと抱き合い、互いの存在や体温を味わうように身体を押しつけ合う二人を、二階堂は冷めた目で見て、インカラマツは終始ニコニコ。診察にやってきた家永は大きく溜息を吐く。
 そんな朝の、穏やかな風景。

Fin.
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