あなたの笑顔が欲しいだけ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――本日の天候は、晴れ時々暗闇。
私は、ヘマをした。
周りにはゲヘゲヘと汚い笑いをした男共が私を囲んでいる。後ろ手に縄で結ばれた手首が身じろぐ度に軋んで痛む。
「ハートの海賊団ってのも、船長以外実力ねぇってのは本当らしいな」
リーダー格らしい太ったおじさんが酒を煽りながら手下たちに下衆た笑いを向ける。唾が飛んできてとても気持ち悪い。船長の顔にも、ハートの海賊団の名前にも、船員たちにも泥を塗ってしまった己の無力さに打ちひしがれ、頭では仲間を侮辱された怒りを持っていても私に出来ることは無い無力感がそれを上回る。現実逃避するように逃げた際に捻った右足首を労わりながら体に引き寄せて縮こまる。
――約4時間前。
ハートの海賊団は久しぶりに島へと上陸した。そこは海賊であろうと分け隔てなく接してくれる島らしく、ちらほらと海賊船が港に止まっているのを上陸する時に見た。久しぶりの上陸に遊ぶ人達と買い出しの人達、船番の人達で分かれる中、私は食材の買い出しにペンギンと一緒に市場のある街の中心部へと来ていた。活気のある街らしく、店に呼びかける声が後を絶たずに至る所から聞こえる。ふと、買い出しに着いてきて貰ったお礼を言うのを忘れていたことを思い出す。
「ペンギン、着いてきてくれてありがとう!おにぃ……じゃなくてシャチったらこの前まで次の島に着いたらついてってやるって言ってたのに、昨日突然船長におつかい頼まれたから行けなくなったって言うんだもの。船長のお願いだったら私が文句を言えることは無いし、しょうがないんだけどさぁ、せっかく兄妹で出かけられると思って楽しみにしてたのに、嫌になっちゃうわ」
幼い頃から一緒にいるせいか、ついついペンギンに愚痴をこぼしてしまう。それでも嫌な顔ひとつもせずに話を聞いてくれるペンギンは優しい人だ。
「そう言ってやるなよ、シャチだってイルカと出かけるの楽しみにしてたんだぜ?」
苦笑いしながらシャチのこともフォローを入れるペンギンは実の兄より、凄く兄らしい。ペンギンが兄だったら良かったのに。と思ったことは少なからずある。そんなペンギンに拗ねた表情から笑みを浮かべる。
「ならいいけど!ペンギンはどこか寄ってく?食材買う前に寄りたいところとかある?」
そう聞くと顎に手を当てて少し考える素振りを見せる。そうしている姿は船長に劣るものの、ペンギンも整った顔立ちをしているんだなぁとふと思う。
「あっ、インク切れそうだったんだわ。雑貨店寄ってもいいか?」
「うん!もちろん!」
思ったより近場にあったのか、雑貨店へ淀みない足取りで進むペンギンの1歩後ろを歩く。ペンギンと一緒に雑貨店へ入ると色んな香りがする。ベポちゃんがいたらすぐ撃沈しそうだなと1人密かに笑う。ペンギンがインクを見ている間は特にやることも無いため、周りをキョロキョロ見渡す。窓際に小さいぬいぐるみコーナーのようなものが視界に止まる。自然とそこに吸い込まれる。
「ふっ、可愛い」
「何がだ?」
思わず笑っているとペンギンが後ろからぬいぐるみコーナーを覗いてきていた。気配がなくて正直心臓が飛び出るかと思ったけど、何とか顔には出さないで話す。
「ペンギンに、ベポちゃんに、お兄ちゃんでしょ?後、船長!みんないるの!」
腕の中にペンギンとシロクマとシャチ、ゴマ柄のアザラシを抱えてペンギンに見せる。そうするとなにか手に取ってさらに上に乗せる。
「イルカもな」
どうやら私もいるらしい。ちゃんと私もハートの海賊団のクルーとして皆といるんだと証明された気がして、嬉しくなる。それに気づいてか、頭の上に少し骨ばった暖かい大きい掌を乗せて、髪の流れに逆らわないよう撫でられる。子供の頃に戻ったようで懐かしくて、思わず目を細める。暫くすると撫でていた手は止まり、ぎこちなく手を頭から退けるペンギン。
「?ペンギン?」
「そろそろ買い出しに戻ろう。買ってくるからちょっと待っていてくれ」
矢継ぎ早に言葉を紡いで店の奥へと消えていくペンギンを見送って、私はぬいぐるみ達を元に戻して外で待っていることにした。外へと足を踏み出すと、すぐ横の路地からなんだか物騒な話が聞こえてくる。
「――姉ちゃんよ、金ねぇなら体で払ってくれてもいいんだぜ?」
つい条件反射で路地の中に駆け寄ってしまう。路地にいた人達は私の隠す気がない足音にこちらを見た。
「何やってるんですか!その人嫌がってます!」
どうやら相手は1人だけではなく3人居たようで少し足が竦むが、それに囲まれてる女性の方がとても辛そうに助けてほしそうにしている。早く助け出してあげなきゃという正義感だけが今の私を突き動かしている。1歩1歩前に手が震えていることも構わず進む。
「なんだい、嬢ちゃん?ここはお子様が来るところじゃねぇよ?」
3人の中の1人が口を開いた言葉にカチンと来る。確かにそこらの年代の人達に比べれば断然低身長で、胸もそんなに発達していないけれど、歴とした大人だ。
「私は24歳です!大人なんです!」
訂正をすると相手は驚いた顔をすると同時に品定めする顔になる。その上から下まで舐めるように見てくる性的な眼差しに瞬間ぞわりと悪寒がしたが、そんなことよりもまずは女性を救出しなければと、また近づく。
「いいから女性を離してください」
「離してやってもいいけど、代わりにあんたが払うか?金」
「……なんのお金ですか」
「そりゃもちろん迷惑代。俺この姉ちゃんにぶつかられて肩脱臼しちゃったんだよねぇ。だから慰謝料として500万ベリーくれって言ったんだけど、この有様でよ」
いくら医学の知識のない私でも脱臼した程度で500万ベリーも払うなんてぼったくりだろうと思う。さすがの船長でもそんなにお金は貰わないだろう。……たぶん。船長のあくどい顔が頭に浮かぶが、今はそんなこと気にしている場合ではないと頭を振り、また前を睨みつける。
「それはさすがに不当だと思います!そんなに辛いなら船長に相談しますよ。金はあれかもしれませんが、脱臼くらいなら治してくれると思います」
お姉さんを3人の中から引っ張り出して私の後ろに隠す。さすがに近場で自分よりも体格の大きい3人に囲まれると萎縮してしまうし、別の意味でも恐怖を煽られる。少しずつ手の震えは増していく。
「こいつ……もしかしてハートの海賊団か」
「そういえばさっき港町に着いたって話があったな」
3人はコソコソと話し込んでいる。今のうちに女性を逃がそうと顔だけ後ろを向いて顎で道を指す。それで理解したのか、つなぎを掴んでいた手を外して表通りに逃げ出す女性の気配を感じ取ってホッと息を吐く。
「あ!この尼、逃がしたぞ!」
「追え!」
1人が追おうと走り出すのを足をひっかけて転ばせる。力のない私にはこういうことでしか時間は稼げないし、何より近接戦闘は得意じゃない。いつも後方でちまちま相手を戦闘不能にして船長たちが少しでも戦いやすい環境を作っていくのが私の戦闘スタイルだ。だから、私に敵意が向けばきっとあの女性のことは忘れてくれる。そう思ったからやった。そしたら案の定、鼻を赤くした男は顔を上げるなり私に敵意を向けてきたし、周りのお仲間も同様に私を睨みつけてきた。私の策通り。だからあとは捕まらないように逃げるだけ。
「こいつっ……!」
「やりやがったな?どう落とし前つけてくれんだ?あ?」
「私を捕まえられたら考えてあげるわ!べーっだ!」
私も逃げようと表通りではなく、表通りの手前にある路地へ向かって走り出す。後ろから待てや!とか殺す!とかなんか物騒な声が聞こえるがとにかく振り返らずに全速力で走る。ちなみに体力がある訳でもないので、早めに追っ手をまかないと捕まってしまう。どうにか小さい体を活かして細い道を使ったり、小さい穴を使ったりして距離を稼ぐ。
「(さすがに……ちょっと……もう……きつい……)」
鬼ごっこを始めて軽く1時間が経とうとしていた。頭に酸素が回らなくなり、足元も覚束なくなってきた。後ろからは見失った声が聞こえ、とりあえず身を隠してれば大丈夫だと思って、木箱の影に隠れる。小さい身体をさらに縮める。息が整ったら――ペンギンには申し訳ないが――船に戻った方が安全だと思考を巡らせる。今日は1日船長が船にいたはず。船に戻れば、何とか――思考を回すことに意識を裂きすぎたようで、目の前に来ていた人に気づかなかった。
「みぃーつけた」
血の気が引いていくのが分かった。咄嗟に立ち上がり、脇に抜けてまた走り出そうとしたら、足元に何かが転がっていてそれに足を取られ、見事に転ぶ。転んだ拍子に膝を擦りむき、右の足首を捻挫し、手のひらも痛い。石畳の上だったこともあり、皮がずるむけ、熱が帯び、血が流れる。泣いている場合じゃないのに、瞳から涙がこぼれる。後ろから頭に強い衝撃を受けた。そこからの記憶は――ない。
「(船長の顔に泥を塗っちゃったなぁ……)」
捕まってどのくらい時間が経ったのか、陽の射さないこの場所では把握することは出来ず、腹の虫も鳴るが相手は意に介さない様子だ。段々冷静になって物事を考えられるようになると、ペンギン自分のせいでとか責めてないかな。とか、みんな夕飯食べたかな。とか、シャチがベポちゃんのことまたいじめてないかな。とか、本当にどうでもいい自分以外のことを考えては、ズキズキと痛む足首や膝や手のひら、手首、頭が痛みを主張してきて、涙が出てくる。ハートの海賊団に入れてもらった時に泣き虫は卒業するって決めたのになぁ。なんて呑気に考える。
「そろそろいい頃合いか?」
「お頭からどうぞ。俺ら見てますんで」
そう言って、太ったおじさんが私に向かってくる。止まってた震えが再発してきた。久しぶりに酷い恐怖を感じていると思えば、そうか、この人私を初めて犯した叔父様に似てるんだ。いつの間にか顎に手を当て上を向かせられる。
「なんだ、泣いてんのか?……へへ……泣いたって無駄だぜ?俺は女の泣き顔が大好物だからな?」
そう言って涙が溢れそうになっている目尻を舌で舐める。それだけで幼少期の出来事がフラッシュバックするのは容易だった。
「い……や……」
顔を振るが、顎に当てられた手が振り解けるはずもなく、そのまま顔がどんどん近づいてくる。鼻息荒いし酒臭いし汗臭い、幼少期にもやっていた心のシャットダウンをしてしまおうと思い、抵抗を辞める。
「従順になりまグァ!?」
仲間内で喧嘩を始めだしたことに私は混乱していた。入口に立っていた男達がなにか揉めている。リーダーの男は怒りを露わにして、私から手を離す。離れたことに詰めていた息を吐き出す。隙を見て逃げられるものなら逃げたい。せっかくのチャンスを無駄には出来ないと乱闘に目を向ける。
「何やってやがる!」
「俺はなんも!うわぁ!」
次々と手下が沈められていく。リーダーの男はどうやら焦っているらしい。薄暗くてよく見えないが、ハートの海賊団のクルーに似た人達が3人いる。それも船長、ペンギン、シャチに、だ。まさかと目を見張る。
「キャプテン!上のやつらも全員やったよ!」
階段を降りてやってきたのはオレンジのつなぎを着たシロクマのベポ。この3人もしかして。それは直ぐに確信に変わる。
「Room……シャンブルズ」
青い膜が張ったと思えば、すぐに視界は変わり、暖かい温もりに包まれる。その人はギュッ強く抱きしめてくれる。オレンジが視界いっぱいに広がり、頭をポンポンと痛くない強さで軽く叩く。
「ベポちゃん……?」
「イルカ、もう大丈夫だよ」
男たちの悲鳴が狭い空間にこだまする。そしてその後の凄惨な続きを聞かせないように肉球が耳を塞ぐ。いつの間にか開放されていた手でベポのつなぎをギュッと掴み、ベポの毛皮に頬ずりする。
「(暖かい……)」
仲間が来てくれた安心感に自然と瞼が閉じていく。さすがに1時間走り続けた身体的疲労と精神的疲労が小さな体にのしかかった。意識が途切れる最後に髪の流れに沿って撫でてくれる骨ばった大きい手の感触が残った。
「……ぺん……くん……」
私は、ヘマをした。
周りにはゲヘゲヘと汚い笑いをした男共が私を囲んでいる。後ろ手に縄で結ばれた手首が身じろぐ度に軋んで痛む。
「ハートの海賊団ってのも、船長以外実力ねぇってのは本当らしいな」
リーダー格らしい太ったおじさんが酒を煽りながら手下たちに下衆た笑いを向ける。唾が飛んできてとても気持ち悪い。船長の顔にも、ハートの海賊団の名前にも、船員たちにも泥を塗ってしまった己の無力さに打ちひしがれ、頭では仲間を侮辱された怒りを持っていても私に出来ることは無い無力感がそれを上回る。現実逃避するように逃げた際に捻った右足首を労わりながら体に引き寄せて縮こまる。
――約4時間前。
ハートの海賊団は久しぶりに島へと上陸した。そこは海賊であろうと分け隔てなく接してくれる島らしく、ちらほらと海賊船が港に止まっているのを上陸する時に見た。久しぶりの上陸に遊ぶ人達と買い出しの人達、船番の人達で分かれる中、私は食材の買い出しにペンギンと一緒に市場のある街の中心部へと来ていた。活気のある街らしく、店に呼びかける声が後を絶たずに至る所から聞こえる。ふと、買い出しに着いてきて貰ったお礼を言うのを忘れていたことを思い出す。
「ペンギン、着いてきてくれてありがとう!おにぃ……じゃなくてシャチったらこの前まで次の島に着いたらついてってやるって言ってたのに、昨日突然船長におつかい頼まれたから行けなくなったって言うんだもの。船長のお願いだったら私が文句を言えることは無いし、しょうがないんだけどさぁ、せっかく兄妹で出かけられると思って楽しみにしてたのに、嫌になっちゃうわ」
幼い頃から一緒にいるせいか、ついついペンギンに愚痴をこぼしてしまう。それでも嫌な顔ひとつもせずに話を聞いてくれるペンギンは優しい人だ。
「そう言ってやるなよ、シャチだってイルカと出かけるの楽しみにしてたんだぜ?」
苦笑いしながらシャチのこともフォローを入れるペンギンは実の兄より、凄く兄らしい。ペンギンが兄だったら良かったのに。と思ったことは少なからずある。そんなペンギンに拗ねた表情から笑みを浮かべる。
「ならいいけど!ペンギンはどこか寄ってく?食材買う前に寄りたいところとかある?」
そう聞くと顎に手を当てて少し考える素振りを見せる。そうしている姿は船長に劣るものの、ペンギンも整った顔立ちをしているんだなぁとふと思う。
「あっ、インク切れそうだったんだわ。雑貨店寄ってもいいか?」
「うん!もちろん!」
思ったより近場にあったのか、雑貨店へ淀みない足取りで進むペンギンの1歩後ろを歩く。ペンギンと一緒に雑貨店へ入ると色んな香りがする。ベポちゃんがいたらすぐ撃沈しそうだなと1人密かに笑う。ペンギンがインクを見ている間は特にやることも無いため、周りをキョロキョロ見渡す。窓際に小さいぬいぐるみコーナーのようなものが視界に止まる。自然とそこに吸い込まれる。
「ふっ、可愛い」
「何がだ?」
思わず笑っているとペンギンが後ろからぬいぐるみコーナーを覗いてきていた。気配がなくて正直心臓が飛び出るかと思ったけど、何とか顔には出さないで話す。
「ペンギンに、ベポちゃんに、お兄ちゃんでしょ?後、船長!みんないるの!」
腕の中にペンギンとシロクマとシャチ、ゴマ柄のアザラシを抱えてペンギンに見せる。そうするとなにか手に取ってさらに上に乗せる。
「イルカもな」
どうやら私もいるらしい。ちゃんと私もハートの海賊団のクルーとして皆といるんだと証明された気がして、嬉しくなる。それに気づいてか、頭の上に少し骨ばった暖かい大きい掌を乗せて、髪の流れに逆らわないよう撫でられる。子供の頃に戻ったようで懐かしくて、思わず目を細める。暫くすると撫でていた手は止まり、ぎこちなく手を頭から退けるペンギン。
「?ペンギン?」
「そろそろ買い出しに戻ろう。買ってくるからちょっと待っていてくれ」
矢継ぎ早に言葉を紡いで店の奥へと消えていくペンギンを見送って、私はぬいぐるみ達を元に戻して外で待っていることにした。外へと足を踏み出すと、すぐ横の路地からなんだか物騒な話が聞こえてくる。
「――姉ちゃんよ、金ねぇなら体で払ってくれてもいいんだぜ?」
つい条件反射で路地の中に駆け寄ってしまう。路地にいた人達は私の隠す気がない足音にこちらを見た。
「何やってるんですか!その人嫌がってます!」
どうやら相手は1人だけではなく3人居たようで少し足が竦むが、それに囲まれてる女性の方がとても辛そうに助けてほしそうにしている。早く助け出してあげなきゃという正義感だけが今の私を突き動かしている。1歩1歩前に手が震えていることも構わず進む。
「なんだい、嬢ちゃん?ここはお子様が来るところじゃねぇよ?」
3人の中の1人が口を開いた言葉にカチンと来る。確かにそこらの年代の人達に比べれば断然低身長で、胸もそんなに発達していないけれど、歴とした大人だ。
「私は24歳です!大人なんです!」
訂正をすると相手は驚いた顔をすると同時に品定めする顔になる。その上から下まで舐めるように見てくる性的な眼差しに瞬間ぞわりと悪寒がしたが、そんなことよりもまずは女性を救出しなければと、また近づく。
「いいから女性を離してください」
「離してやってもいいけど、代わりにあんたが払うか?金」
「……なんのお金ですか」
「そりゃもちろん迷惑代。俺この姉ちゃんにぶつかられて肩脱臼しちゃったんだよねぇ。だから慰謝料として500万ベリーくれって言ったんだけど、この有様でよ」
いくら医学の知識のない私でも脱臼した程度で500万ベリーも払うなんてぼったくりだろうと思う。さすがの船長でもそんなにお金は貰わないだろう。……たぶん。船長のあくどい顔が頭に浮かぶが、今はそんなこと気にしている場合ではないと頭を振り、また前を睨みつける。
「それはさすがに不当だと思います!そんなに辛いなら船長に相談しますよ。金はあれかもしれませんが、脱臼くらいなら治してくれると思います」
お姉さんを3人の中から引っ張り出して私の後ろに隠す。さすがに近場で自分よりも体格の大きい3人に囲まれると萎縮してしまうし、別の意味でも恐怖を煽られる。少しずつ手の震えは増していく。
「こいつ……もしかしてハートの海賊団か」
「そういえばさっき港町に着いたって話があったな」
3人はコソコソと話し込んでいる。今のうちに女性を逃がそうと顔だけ後ろを向いて顎で道を指す。それで理解したのか、つなぎを掴んでいた手を外して表通りに逃げ出す女性の気配を感じ取ってホッと息を吐く。
「あ!この尼、逃がしたぞ!」
「追え!」
1人が追おうと走り出すのを足をひっかけて転ばせる。力のない私にはこういうことでしか時間は稼げないし、何より近接戦闘は得意じゃない。いつも後方でちまちま相手を戦闘不能にして船長たちが少しでも戦いやすい環境を作っていくのが私の戦闘スタイルだ。だから、私に敵意が向けばきっとあの女性のことは忘れてくれる。そう思ったからやった。そしたら案の定、鼻を赤くした男は顔を上げるなり私に敵意を向けてきたし、周りのお仲間も同様に私を睨みつけてきた。私の策通り。だからあとは捕まらないように逃げるだけ。
「こいつっ……!」
「やりやがったな?どう落とし前つけてくれんだ?あ?」
「私を捕まえられたら考えてあげるわ!べーっだ!」
私も逃げようと表通りではなく、表通りの手前にある路地へ向かって走り出す。後ろから待てや!とか殺す!とかなんか物騒な声が聞こえるがとにかく振り返らずに全速力で走る。ちなみに体力がある訳でもないので、早めに追っ手をまかないと捕まってしまう。どうにか小さい体を活かして細い道を使ったり、小さい穴を使ったりして距離を稼ぐ。
「(さすがに……ちょっと……もう……きつい……)」
鬼ごっこを始めて軽く1時間が経とうとしていた。頭に酸素が回らなくなり、足元も覚束なくなってきた。後ろからは見失った声が聞こえ、とりあえず身を隠してれば大丈夫だと思って、木箱の影に隠れる。小さい身体をさらに縮める。息が整ったら――ペンギンには申し訳ないが――船に戻った方が安全だと思考を巡らせる。今日は1日船長が船にいたはず。船に戻れば、何とか――思考を回すことに意識を裂きすぎたようで、目の前に来ていた人に気づかなかった。
「みぃーつけた」
血の気が引いていくのが分かった。咄嗟に立ち上がり、脇に抜けてまた走り出そうとしたら、足元に何かが転がっていてそれに足を取られ、見事に転ぶ。転んだ拍子に膝を擦りむき、右の足首を捻挫し、手のひらも痛い。石畳の上だったこともあり、皮がずるむけ、熱が帯び、血が流れる。泣いている場合じゃないのに、瞳から涙がこぼれる。後ろから頭に強い衝撃を受けた。そこからの記憶は――ない。
「(船長の顔に泥を塗っちゃったなぁ……)」
捕まってどのくらい時間が経ったのか、陽の射さないこの場所では把握することは出来ず、腹の虫も鳴るが相手は意に介さない様子だ。段々冷静になって物事を考えられるようになると、ペンギン自分のせいでとか責めてないかな。とか、みんな夕飯食べたかな。とか、シャチがベポちゃんのことまたいじめてないかな。とか、本当にどうでもいい自分以外のことを考えては、ズキズキと痛む足首や膝や手のひら、手首、頭が痛みを主張してきて、涙が出てくる。ハートの海賊団に入れてもらった時に泣き虫は卒業するって決めたのになぁ。なんて呑気に考える。
「そろそろいい頃合いか?」
「お頭からどうぞ。俺ら見てますんで」
そう言って、太ったおじさんが私に向かってくる。止まってた震えが再発してきた。久しぶりに酷い恐怖を感じていると思えば、そうか、この人私を初めて犯した叔父様に似てるんだ。いつの間にか顎に手を当て上を向かせられる。
「なんだ、泣いてんのか?……へへ……泣いたって無駄だぜ?俺は女の泣き顔が大好物だからな?」
そう言って涙が溢れそうになっている目尻を舌で舐める。それだけで幼少期の出来事がフラッシュバックするのは容易だった。
「い……や……」
顔を振るが、顎に当てられた手が振り解けるはずもなく、そのまま顔がどんどん近づいてくる。鼻息荒いし酒臭いし汗臭い、幼少期にもやっていた心のシャットダウンをしてしまおうと思い、抵抗を辞める。
「従順になりまグァ!?」
仲間内で喧嘩を始めだしたことに私は混乱していた。入口に立っていた男達がなにか揉めている。リーダーの男は怒りを露わにして、私から手を離す。離れたことに詰めていた息を吐き出す。隙を見て逃げられるものなら逃げたい。せっかくのチャンスを無駄には出来ないと乱闘に目を向ける。
「何やってやがる!」
「俺はなんも!うわぁ!」
次々と手下が沈められていく。リーダーの男はどうやら焦っているらしい。薄暗くてよく見えないが、ハートの海賊団のクルーに似た人達が3人いる。それも船長、ペンギン、シャチに、だ。まさかと目を見張る。
「キャプテン!上のやつらも全員やったよ!」
階段を降りてやってきたのはオレンジのつなぎを着たシロクマのベポ。この3人もしかして。それは直ぐに確信に変わる。
「Room……シャンブルズ」
青い膜が張ったと思えば、すぐに視界は変わり、暖かい温もりに包まれる。その人はギュッ強く抱きしめてくれる。オレンジが視界いっぱいに広がり、頭をポンポンと痛くない強さで軽く叩く。
「ベポちゃん……?」
「イルカ、もう大丈夫だよ」
男たちの悲鳴が狭い空間にこだまする。そしてその後の凄惨な続きを聞かせないように肉球が耳を塞ぐ。いつの間にか開放されていた手でベポのつなぎをギュッと掴み、ベポの毛皮に頬ずりする。
「(暖かい……)」
仲間が来てくれた安心感に自然と瞼が閉じていく。さすがに1時間走り続けた身体的疲労と精神的疲労が小さな体にのしかかった。意識が途切れる最後に髪の流れに沿って撫でてくれる骨ばった大きい手の感触が残った。
「……ぺん……くん……」
2/2ページ