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アイリス

「ご婦人、今朝の新聞はご覧になられましたかな。」
王都から離れた街中で、アイリス達が愛犬のスミレのお散歩中に、ある時計屋の店主が1人のご婦人に話しかけているのが耳に入った。
(今朝の新聞?)
少し興味があり、店主とご婦人の会話に耳を澄ますことにした。
「いいえ。見ていませんわ。何か面白い記事でもありましたの?」
「面白い、というと少々不謹慎ですが一昨日の夜、男爵のワレモコウ卿が殺害されたそうですよ。」
「まぁ、ワレモコウ卿が。殺害、というと誰かに殺されたということかしら。犯人は?どうなったの?」
最初はあまり興味が無さそうだったご婦人も「殺害」という言葉を聞いて少し興味が沸いたのだろう。店主にずいっと迫って問い返した。
「それが、どうやら最近巷で有名な犯罪集団『トリカブト』による犯行だそうですよ。書斎に居た所を銃殺されていたそうです。」
店主が少し声を潜めて、ご婦人の耳に顔を近づけて言った。
「なぜトリカブトの仕業だとわかったの?」
店主に釣られ、ご婦人も声を潜めた。
「ワレモコウ卿の死体が発見されたとき、手に花が握られていたそうなんです。トリカブトによる犯行の現場には、必ず死体の近くに花が置かれているそうなんですよ。だから警察がトリカブトの仕業だと判断したそうです」
「死体の近くに花.....なんだか恐ろしい話ね.....」
ご婦人が右手で口元を軽くおおいながら言った。
「ええ。ご婦人も、気を付けてくださいね。いつ狙われるかわかりませんから。」
「ご心配ありがとう。そうするわ。」
話が終わったのか、ご婦人がその場を去って行き、店主も店の中へ戻っていった。

「トリカブトもいよいよ有名人ですね。初犯の昨年の2月からもう1年半以上ですが、まさかここまで有名にになるなんて。」
一緒に話を聞いていた2人のうちの1人、赤いベストに黒いスーツを着た少年が言った。
「本当ビックリだよね。もうちょっと影薄く生きてくのかと思ってた。ね、アイリス。」
今度はキャスケットを被ってサロペットを着た、スーツの少年に比べると少し小柄の少年だ。
「ええ。ここまで有名になるといつ捕まってもおかしくはないと思うけど、尻尾すら掴まれてないなんて。
世の警察や名探偵の皆さんも大変ね。」
「それは皮肉ですか、アイリス様。バイモ様もその大変な名探偵のうちに入ると思うのですが」
「ええ、入るわね。それがどうしたの。別にこれを言っても兄様のことが嫌いという意味にはならないと思うけど。」
「確かに」
アイリスが、前方から見覚えのある馬車がこちらに向かって走って来ていることに気がついた。
「それより、あの馬車はもしかしてカミン家のものじゃないかしら。」
「ここらを通るなんて珍しいですね。どうしたのでしょうか。」

「アイリス〜!」

馬車から少女が顔を出し、こちらに大きく手を振るのが見えた。馬車はこちらに近づいて来るとアイリスの目の前で停まり、先程こちらに手を振ってきた少女が中から降りて来るなりアイリスの手を握ると目をキラキラと輝かせ、
「アイリス!こんな所で会うなんて奇偶ね!スミレちゃんのお散歩中かしら?」
相変わらず、少女の姿をしたオレンジのユリのような人だ。
「はい。アザレア様は如何してここに?」
「私はここの近くに、素敵なブティックがあると聞いて来たの!ところでアイリス、狩人祭りの話はもう聞いたかしら?二週間後に決まったそうよ!」
「そうなのですか。私のところへはまだ連絡が来ていかなったのでありがとうございます。」
狩人祭というのは、アイリスの住む国で毎年秋に行われる貴族達が北の森に集まり狩りをするお祭りのことで、その年に16になるアーチャー家の子のお披露目の場でもあるのだ。
「今年から開会の合図はアイリスがするのでしょう?
噂には聞いていたけど、私はまだアイリスが弓を撃つところは見たことがないから楽しみだわ!」
アザレアも、さっきのご婦人のようにアイリスにずいっと迫ってまるで期待してるわ、とでも言ってるような顔をした。
「ありがとうございます。素敵な狩人祭にしてみせますね。」
アザレアはその言葉を聞くなり輝かせていた瞳をまたさらに輝かせ、満面の笑みだ。
「そうだ、今年から狩りに女性も参加できるようになったでしょう?アイリスも参加するの?」
「そうなんですか。ならば、恐らく私がやらないと言っても父様に半強制的に参加させられると思います。
アザレア様は?」
と問い返すと急にしょんぼりとして、
「それが、お父様に私も参加したいと言ったら『アザレアは銃に触れたことすらないのに森に入って狩りなんてさせられない』って!」
「それは災難でしたね。でも私にはお父様のお気持ちも分かりますよ。」
「そうなの......」
アザレアが余計にしょんぼりとして、先程までの満面の笑みは何処かへいってしまった。
「そうだ、アザレア様が先程言っていたブティックはどんなお店なんですか。少し興味があります」
アイリスは、正直ファッションにはそこまで興味はないがアザレアにこんなに落ち込まれてしまっては、もう話題を変えるしかない。と思い今アザレアが狩人祭以外で1番興味がありそうな話題を振った。
「聞いた話だと、王都ではあまり見ないようなデザインの服が沢山売ってるそうなの!」
やっぱりユリだ。
話題を変えただけでこんなに笑顔になるなんて。
「わっ」
それまで大人しく座っていたスミレが急に立ち上がり力強くリードを引っ張られる。
「すみませんアザレア様、まだお散歩の途中なので今日はここで失礼しますね。また今度」
「ええ、また今度!」
スミレに引っ張られるまま走ったので、アザレアがだんだんアイリスから遠ざかっていく。
そのまま暫く走り続けてて、何処へ向かっているのやらと思ったら、屋敷の前まで戻るなり門の前でピタッと止まった。
「屋敷までわざわざ走って帰ろうとするなんて、お腹でも減っていたんでしょうかね。」
「.........あぁ、あれじゃない?ほら、この時間と言ったら、」
「ワフッ!」
突然スミレが道の反対側に向かって吠えた。
何事かと思い見てみると、香ばしい匂いと共に近くのパン屋がやっている移動販売の馬車が道を通るところだった。
「もう。スミレったら、食いしん坊なんだから。」
パンの匂いを嗅ぐためにわざわざ屋敷まで戻って来るなんて、と思いながらアイリスはクスッと笑った。
今日も街には、みんなの笑いが溢れている。
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