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狩人祭

狩人祭の北の森にて。

「凄い!アイリス様、これで何匹目?!」
「手当たり次第全部撃ってるんじゃないかってくらいのペースだな!」
「しかもこれ、全部1発でも仕留めてやがる!本当に16歳の少女かよ!」
アーチャー家のテントの前に積まれたアイリスが獲ってきた獲物たちを見て次々と驚きの声があがる。
「これは多分、自分の視界に入った動物全部撃ってるんだと思いますよ。」
アントスが積まれた獲物を見て言った。
「でも、アイリスが得意なのは狙撃でしょ?森の中をずっと動きまわってるわけじゃないよね?」
「まさか。そんなことせずにずっと何処かの草むらにでも隠れて撃ってると思いますよ。」

カラン、カラン、と音を立てて地面に空薬莢が銃を撃つたびに転がる。
(そろそろ、いったんテントに置きに行こう)
アイリスが獲った獲物を持ってテントに戻ると、私と同じく獲物を置きに来たのであろう父様に遭遇した。
「随分調子が良いようだな、アイリス。だがまだまだだぞ。私は今の倍以上は穫る!」
さて、アイリスは今父のサフランとどちらが多く獲物を穫れるか勝負をしている所なわけですが、恐らくなぜそうなったか、しっかりご説明致しましょう。

遡ること数時間前。
「おや、サフラン卿。馬車にご令嬢は乗っていないのですか?今日の開会の合図は彼女では?」
アイリスの父、サフランが一家の馬車から降りると駆け寄って来た人が中を覗いて言った。
「いやそれが今朝、一緒には乗りたくないと言って何処かへ行ってしまったのですよ」
「反抗期、とやらですかねぇ」
男性がホッホッホ、と笑いながら言う。
「父上、アイリスならば、そろそろこちらに着くと思いますよ。」
サフランの後から降りてきたアイリスの兄、バイモがまるで実際に見たかのような口調で言った。
「ほら、」
バイモが指差した方向に視線を向けると、こちらに3頭の馬が走ってくる。それに乗っているのはアイリスといつも一緒にいる、お付きのアントスと元孤児の使用人ムスク。この間街でアザレアに会ったとき一緒にいた2人だ。
「お嬢様は馬にも乗れるのですか。一体どんな教育をされたのですか?」
「いやそれが、私達が教えたのは弓の使い方だけで」
「馬の乗り方は僕が教えました。アイリスがどうしても乗りたいと言うので」
「おぼっちゃまが。」
おぼっちゃまはやめてくれ、とバイモが苦笑した。
アイリス達は馬車の前まで来ると馬から降りて、少し服を整えて一礼。
「お初お目にかかります。アーチャー家の長女アイリス・アーチャーと申します。」
「ええ、ええ。ご存知ですよ。お会いできて光栄だ」
「アイリス、またその小汚いガキを連れて来たのか。屋敷に置いてこいと言っただろう」
「小汚いガキ、とは誰のことでしょうか父様」
アイリスが馬車に乗って来なかった理由はこれだ。サフランは元孤児のムスクを嫌っており、ことあるごとにムスクのせいにするのだ。それで痺れを切らしたアイリスがサフランと同じ馬車など乗りたくないと言ってここまで馬に乗ってきたのだ。ちなみに、アイリスがアーチャー家の別荘で暮らしているのも同じ理由である。これはただの反抗期とかではなく、本当にサフランのことを嫌っているのだ。
「そこのガキのことだ!身なりを整えても、所詮下民は下民だ!こんな所に連れて来るな!それに、父親に向かってなんだその口の聞き方は!」
サフランがアイリスに怒鳴りつけた。
「だ、旦那様、」
そこにいたメイドがサフランを止めようとするが、勿論そんなことできるはずもなく、ただ後ろでおどおどしているだけだ。
それでもアイリスは冷静に対応する。
「そうだ父様、こうしましょう。今から始まる狩人祭でどちらが多く獲物を獲れるか勝負しましょう。そしてもし、私が多かったらムスクのことには何も口を出さないと約束してください」
アイリスが挑発的な口調で言った。
「私が勝ったら?」
「ご自由にどうぞ」
サフランが、ふん、と言ったあと
「良いだろう。後で負けたからと言って泣きついたりはするなよ。それと、誰かに頼るのもなしだ」
「ええ。そのつもりです。では私は開会の合図のための準備があるので失礼します。」
そう言って去って行くアイリスの後ろを、アントスとムスクが着いて行き、さらにその後をバイモが追いかける。

髪を頭の後ろで結い、狩人祭のために仕立てた伝統的な衣装を身に纏ったアイリスが開会式のために準備をしているとき、その様子を見守っていたバイモが口を開いた。
「アイリス、父様と勝負なんて本気かい?もし負けでもしたらどうするんだ。父様のことだ、何を言い出すかわからないぞ」
「ご安心ください、兄様。勝てない勝負は挑まない主義なので。ミスミソウで溢れかえってます。」
アイリスがハッキリと言った。ミスミソウの花言葉、自信。アイリスは自信満々というわけだ。
「君たちも、何か言ってやってくれよ。無茶すぎる」
アイリスのことを待っていたアントスとムスクに、バイモが話を振った。
「僕たちはアイリス様の言葉を信じますよ。狩り勝負くらい、恐らく本気を出さずとも勝てるでしょう。お世辞は抜きで。」
「手当たり次第全部撃っていけば勝てる!」
アントスとムスクも、アイリスが勝つ自信満々の様子だ。
「アイリス様、そろそろ始まります。」

というわけ。余計部分まで説明してしまった。
「ところでアイリス、これはいつまでやるんだ?狩人祭は三日間。まさかその間ずっとやるわけじゃないよね?」
バイモが聞いた。
「そういえば、決めてませんでしたね。どういたしますか、父様。」
「なぜ俺に聞く」
「だって、私が切りが良いのでここで終わりにしましょう、と言ったら父様は負けてしまうでしょう?まあ勝たせてあげる気もありませんが。グラジオラスは私のですよ、父様」
「ぐ、ぐら…?」
突然出てきた聞きなれない言葉に動揺する。
「グラジオラス、勝利という意味ですよ。アイリス様は勝利は私のものだ、と言ってるんです」
「っ、このっ!よしわかった!1時間だ!残り1時間にしよう。その1時間で私はお前の倍以上の獲物を獲ってくる!」
「シャクヤケの花も満開ですね。では私はもう行きますね。皆さんまた後ほど」
そう言って手をひらひらさせながら、アイリスは森に入って行った。
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