仕事が終わり、１日の終わりの食事をして布団に沈み込む。
そういえば最近忙殺されて布団が薄くなってきたし干さなきゃな。
そんな事を考えながら瞼を閉じる。
明日もいつもと変わらない日々がやってくると信じて疑いもしない私に、”その瞬間”はやってきた。

眠気に任せて夢に落ちた私が見たのは、川と桜並木。
川の水面が太陽に反射してキラキラと瞬き、砂利でできた小道の向こうには古めかしい建物が立ち並んでいる。
その光景に暖かいような懐かしいような、不思議な心地のまま手を伸ばす。

夢を見たのは久しぶりだったから、そこまでははっきりと覚えている。


だから、次に目を開いて飛び込んできた光景に私は一瞬わからなくなった。夢の中にみた景色の続きにしか思えない。



「……え？」



ただただ高く広がる青空と、桜の枝先が見え、視野からして自分が寝転がっている事を知る。いや、天井は？と思いつつ、状況を飲み込めないまま起きあがろうとベッドであったはずの床に手をつけばそこには疑い用のない草の感触。
茂った葉はワサワサとして、その奥の土は少し冷たい。
起き上がって手を見れば手には土が付いていて、匂いをかげば緑の香り。そして足元を流れる川。

「…や、なんで…？」

困惑を露わにしつつ恐る恐る周囲を見渡してみれば、思い知る。
小道や桜並木は現代にもある。でも、立ち並ぶ建物の構造は全て江戸時代の写真でよく見る日本家屋、長屋タイプ。なんなら歩行者はちょんまげ着物姿のおまけ付き。

「…日光江戸村…とか？」

それはそれで謎だけど、と自分に突っ込む。
…今この異質な状況では自分と会話するしかない。

ふと自分の姿に思い至って川へ近づく。
寝る前は普通に寝巻き…もといスウェットだったはず、と水面を覗き込むといつもと変わり映えのしない顔、髪型。そして服装はやっぱりスウェットである。勿論足には何も履いていない。寝た時のまんまだ。
こんな状態で外に放り出されるなんてもってのほかだけど、そもそもこれがタイムスリップだとするのならそれはそれで意味不明。
化粧品も持ってきてなければ着替えもないし靴もない。


「…そもそも、スウェットでタイムスリップって…どうなん？」



何気なく顔を上げた先、果てなく連なり”景観”となっている「江戸時代の建築物」たちを眺めながら暫し途方にくれた。