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グラドで反乱が起きているとの報告をゼトから受けたのはつい先程の事。
あまりにも突然の報せに思わず息を呑んだ。
どうやらヴィガルド皇帝が治める時代より不満を持っていた一部の貴族達が、前々から計画を企てていたらしい。
「指揮を務めるのはグラドでもかなり腕の立つ公爵家の当主だそうです。精鋭部隊が只今鎮圧に向かっておりますが、どこまで持つか……」
「陛下が戻られる前に何とか我々で抑え込むんだ!」
ルネス国王……エフラムは今、各国の王達が集い開かれる世界会議に出席していてロストンに居る為不在だ。だから今この国を守っているのは必然的に王妃である私になる。
「…私が鎮圧に向かいます」
静かにそう伝えれば、ゼトを始めとした臣下達が驚きで固まった。想定内の反応だ。
「いいえ、それはなりません。王妃様自らが戦場に立たれる事はあってはならないのです」
「そうですよ!もし万が一の事があれば、エフラム様に顔向け出来ません」
「グラドもルネスと同じように大切な国です。もちろんそれ以外の国も……誰もが笑って暮らせる世の中にする。それが王族としての務めであり、願いなんです。今ここでじっとしているなんて出来ません」
思わず語気を少し強めて言ってしまった。それは私の覚悟を知って欲しかったから。
それにもしここにエフラムが居れば、彼も同じ選択をしたはずだろう。
「…本当、夫婦そっくりだよな」
「フォルデ、口を慎め。…わかりました。貴女様は私達が全力を持ってお守り致します」
「!ありがとうございます!」
そうと決まれば早々に進撃準備を進める。
数年前に着ていた司祭の衣装に袖を通す。サイズ感があの頃と全く変わらなくて何だか懐かしい気分だ。
あの時、エフラムが私のクラスチェンジを見届けてくれたんだっけ……
「…って、今は懐かしんでる場合じゃないよね」
気持ちを切り替え魔導書と杖を持って部屋を後にしようとした時、ふとドアノブに掛ける手を止めた。
頭に過った愛おしい小さな二つの命達。気付けば今日もベッドですやすやと眠る子供達の元へ足が向いていた。
「すぐに帰ってくるからね……」
二人の頬を優しく撫でる。私はこの子達を残して絶対に死ねない、という誓いも込めて……
今度こそ部屋を出て、愛馬に跨がりルネスを後にした。
私の護衛でついて来てくれたのはゼトとフォルデ。
カイルは城で待つエイリークに付き添ってくれている。
正直、私の力ではどこまで持ち堪えられるのかは分からない。けれど、ほんの少しでも事態を好転させられるなら…迷わずその道を選ぶんだ。
反乱が起きている地へ着いた頃、そこは決して良いとは言えない状況だった。
ルネスの精鋭隊が押され気味で少し動揺してしまう。
「どういう事だ?何でこんなにも押されてるんだ…!」
「どうやら妙な技を使う魔術師が居るみたいだな……」
ゼトはこの一瞬で戦場を理解したのか、敵側で杖を振う魔道士を鋭い目付きで見ていた。その魔導士は見た事のない杖を手にしていて、先端の赤い宝石が妖しく発光している。
こちら側の兵達はその光を浴びると、各々反応は違えど油断してしまいその隙を狙われているようだった。
「皆さん、勝機はまだ十分にあります!どうか持ち堪えてください!私も加勢致します!」
「おお、ナマエ様…!ナマエ様がいらしてくださったぞ!!」
戦場に響き渡るよう声を上げ、魔導書を片手に私も加勢する。
なるべく倒してしまわないように気を付けながら戦っていき、負傷して動けない兵士達の回復にも回った。
私達が加わってから戦況が徐々に好転していっているのが分かる。
このまま押し進められれば……
「これはこれは、ルネス王国王妃様ではないですか」
その時、今回の反乱を扇動している指導者…公爵家の当主がこちらに近付いてきた。ゼトとフォルデが咄嗟に私の前に出る。
「王妃様自らが戦場に立たれるとは…いやはや、何と勇ましくてお美しいのでしょう」
「そんな前置き、話している暇があるなら軍を引いて欲しいのですけどね」
フォルデが嫌味を口にすれば、公爵はフッと鼻で笑う。彼の余裕ぶりからしてどこか嫌な予感がする。
何を企んでいるの……?
「あなたの望みは何なのですか?どうして反乱なんて……」
「ええ、ええ。全てお話しますとも。…あなた方を捕らえた後でね」
すると公爵は魔導士に指示を出し、こちらに向かって先程見たあの妖しい光を放ってきた。
突然の事に避けようがなく、私達は光を浴びてしまう。
「っ…あぁ…!」
「なんだ、この光は…!?」
「クソッ……体が言う事を聞かない…!」
頭が割れるように痛い。どうにかなってしまいそうだ。
思わず目を瞑り頭を抑えてしまう。
「ナマエ」
意識が飛びかけた時、耳に届いた私を呼ぶ声。
その瞬間、あれだけ苦しんでいた頭痛がスッと引いた。
恐る恐る目を開けてみると、目に映ったその景色に動揺が隠せなかった。
「エ、エフラム……?」
見慣れた碧色の髪と瞳。
そこに何故かエフラムが立っていた。一体いつの間にこちらへ到着したというのか。
だが、少し違和感を覚えた。彼の姿は形見であるファード様の鎧ではなく、数年前に纏っていた鎧姿だったから。
「ナマエ…俺は間違った選択をしていたんだ」
「え……?」
「冷静になって考えれば分かる事だったんだがな……だが、やっと答えが出た」
「やはりお前は異世界から来た異端者に過ぎないんだという事を」
心臓が、体が凍りついた。たったその一言だけで息をするのすら困難になってしまう。
私が最も恐れた事……エフラムからの拒絶。
今目の前でそれが起こっている。
「異世界からの得体の知れない者の事など、本当は信じられる訳がなかったんだ。もしかしたら魔王をも凌駕する恐ろしい力を秘めているかもしれなかったのにな」
「私はそんな…!」
「そんな力はない…と、証明できるのか?」
言葉が詰まる。証明と言われてもどうすればいいのか。
頭が真っ白になる。思考が追い付かない。
何より…今までに見た事がないエフラムの冷たい目付きが辛かった。
「証明出来ないなら、お前にはもう消えてもらうしかないな」
「な、何を……」
ジークムントを構えてこちらを見据えるエフラム。何が起こっているのかが相変わらず理解出来ない。
ううん……理解しようとするのを拒んでいるんだ。
「じゃあな、ナマエ」
勢いよくこちらに向かってジークムントを突き出してきた。それがとてもスローモーションに見える。
逃げなければ……頭ではそう分かっているのに、体が凍り付いたように動かない。
ああ……でも…最愛の人の手にかかって命が絶たれるのなら………私は…………
「ナマエっ!!」
名前を呼ばれたのと勢いよく腕を引っ張られた感覚で意識が戻った。
気付けば私の目の前には大きな背中が立っていて。
「エフ…ラム……?」
「何とか間に合ったな。遅くなってすまなかった。今までよく耐えてくれた」
黄緑の鎧を纏い大きな盾で公爵から攻撃を防いでくれていたのは、紛れもなくエフラムだ。
ジークムントで私を討とうとしたあのエフラムはもうどこにも居ない。
私の知る…心から愛するエフラムがそこに居るんだ。
それを実感した時、思わず視界が涙で滲む。
「ふん…術が解かれたか……」
「我が妻に手を掛けようとした事…それがどれ程の罪に問われるか、分かっていての所業だろうな?」
「エフラム国王陛下。お目にかかれて光栄です。運悪く貴方もここへ来てしまわれたのですね」
エフラムに攻撃を弾き返されても尚、余裕のある笑みが彼から消える事はなかった。
「貴方様にも見せてあげましょう。貴方様にとって最も辛い悪夢を!」
「!エフラム、気を付けて…!」
魔導士が再び杖を振るおうとした。
けれども、その直前に素早い一矢が魔導士の胸を貫いたのだ。心臓を撃ち抜かれたのか魔導士はその場に倒れて絶命した。
その鮮やかな弓捌きを見れば姿を見なくても誰なのかが分かってしまう。
「無事か、ナマエ」
「絶世美王女…あ、今は王妃でしたわね。絶世美王妃ラーチェル、ここに参上ですわ!」
「あ…エフラム、ナマエ……私も助けにきました」
振り返ればヒーニアス、ラーチェル、それにミルラまでもが加勢しに来てくれていた。
あまりにも心強い助っ人に嬉しさが溢れるけれど、その反面心配事が。
「みんな…!来てくれたんだね!でも、フレリアは大丈夫なの?ミルラも闇の樹海は……」
「今、闇の樹海は…サレフが守ってくれています。だから私もエフラム達の力になりたくて来ました」
「こちらもフレリアはターナに任せてある。もし何かあっても簡単に落とされはしない」
「ええ、そうですわ。とにかく今はグラドを守るのが先決ですわ!」
変わらない優しさに思わず涙が込み上げてくる。エフラムもそれを察したのかただ微笑んでくれて。
ううん…泣いてる場合なんかじゃないよね。
気を取り直して魔導書をグッと抱き締める。
「ナマエ、いけそうか?」
「はい…もちろん!」
いつの日かエフラムとこんな風にやり取りをした記憶が蘇る。
数年前…戦闘前に何度もこうしてお互いの意思を確かめ合った。その頃から変わらない、強い意志を宿した瞳で頷き合うんだ。
エフラムとなら…絶対に負けない。
「ナマエ、本当に怪我は無いか?」
ルネスへ帰還する道中、愛馬に二人で跨りながらエフラムが心配そうに尋ねてきた。
この質問も今日で二回目だ。
「はい、大丈夫です。エフラムが最後まで守ってくださったので」
「そうか……だが、本当に間に合って良かった。もし少しでも遅れていたらと思うとゾッとする……」
手綱を握る彼の手に少し力が入った。
魔導士の幻術によって現れたエフラムに攻撃されそうになった時。実際は公爵が私に斧を振りかざしていたのだ。
そこに間一髪で本物のエフラムが助けてくれたという訳だが……
「あの幻術はかけられた人の最も恐れる事を見せるものだったなんて……」
「…答えたくなければいいんだが、お前は何を見せられていたんだ?」
少し遠慮がちな口調で問われた質問。私は後ろを振り返ってエフラムの顔を見上げる。
そして静かに話し出した。
「……貴方から拒絶される幻覚を見ていました。やっぱり私は異世界から来た異端者に過ぎない、本当は魔王をも凌駕する力を持つ者なのではないか、と…」
「………」
エフラムは何も言わずにただ黙って私の話を聞いている。
「私はずっと恐れていたんです。エフラムから私の存在を否定される事を……何もない私には貴方しかいないから……でも、本当に私が原因で貴方が嫌な思いをするのなら…」
「ナマエ」
そこまで言いかけた時、エフラムが私の名前を呼ぶと同時に愛馬の足を止めた。
突然の事で私も言葉が止まる。
「そうやってネガティブな考えばかり浮かぶの、お前の良くない癖だぞ。俺はお前を拒絶なんてしない。これから先もずっとだ。今更元の世界に帰るなんて言われても、絶対に帰すものか」
「あ……ふふ、そうですね…!」
彼の言葉ひとつひとつに愛を感じられて、思わず嬉しさから笑ってしまった。本当のエフラムの言葉は…こんなにも愛と温かさで溢れている。
今思えばあのエフラムが幻覚なんだと、少し冷静になって考えれば分かったはずだ。
でも、エフラムの姿と声をしているというだけで私は簡単に信じてしまっていたのだろう。
次は…もう騙されたりなんかしない。
「もし…もしエフラムがあの幻術にかかっていたら、どんな幻覚を見せられていたのでしょうか」
「そうだな…俺もナマエと似たような幻覚を見ていただろうな。俺が一番恐れているのは…お前が俺の前から居なくなる事だからな」
その答えを聞いてとても納得した。さっき彼が言った絶対に帰すものか、という言葉と結びつく。
私達の大きな共通点。
「…ありがとうな、ナマエ。グラドを、民達を守ってくれて。お前が居なければ今頃グラドは…ルネスもどうなっていた事か…」
「いえ…私はただ責務を全うしたまでです。愛する国を、家族を守りたい…ただそれだけなんです」
「そうだな、俺も同じ気持ちだ。これからもこの平和を守っていこう…俺達でな」
私の手に重ねられた愛おしい大きな手。
そこから感じられる温もりに心から安心出来るのは、こうしてお互いが今日も生き延びられたから。
民、国、世界……一人で背負うにはあまりにも大き過ぎる。
だからその負担を私にも分け合って欲しいから、エフラムが疲れてしまわないように支えるんだ。
どうかこの温もりを、ずっと感じていられますように。
〜end〜
あまりにも突然の報せに思わず息を呑んだ。
どうやらヴィガルド皇帝が治める時代より不満を持っていた一部の貴族達が、前々から計画を企てていたらしい。
「指揮を務めるのはグラドでもかなり腕の立つ公爵家の当主だそうです。精鋭部隊が只今鎮圧に向かっておりますが、どこまで持つか……」
「陛下が戻られる前に何とか我々で抑え込むんだ!」
ルネス国王……エフラムは今、各国の王達が集い開かれる世界会議に出席していてロストンに居る為不在だ。だから今この国を守っているのは必然的に王妃である私になる。
「…私が鎮圧に向かいます」
静かにそう伝えれば、ゼトを始めとした臣下達が驚きで固まった。想定内の反応だ。
「いいえ、それはなりません。王妃様自らが戦場に立たれる事はあってはならないのです」
「そうですよ!もし万が一の事があれば、エフラム様に顔向け出来ません」
「グラドもルネスと同じように大切な国です。もちろんそれ以外の国も……誰もが笑って暮らせる世の中にする。それが王族としての務めであり、願いなんです。今ここでじっとしているなんて出来ません」
思わず語気を少し強めて言ってしまった。それは私の覚悟を知って欲しかったから。
それにもしここにエフラムが居れば、彼も同じ選択をしたはずだろう。
「…本当、夫婦そっくりだよな」
「フォルデ、口を慎め。…わかりました。貴女様は私達が全力を持ってお守り致します」
「!ありがとうございます!」
そうと決まれば早々に進撃準備を進める。
数年前に着ていた司祭の衣装に袖を通す。サイズ感があの頃と全く変わらなくて何だか懐かしい気分だ。
あの時、エフラムが私のクラスチェンジを見届けてくれたんだっけ……
「…って、今は懐かしんでる場合じゃないよね」
気持ちを切り替え魔導書と杖を持って部屋を後にしようとした時、ふとドアノブに掛ける手を止めた。
頭に過った愛おしい小さな二つの命達。気付けば今日もベッドですやすやと眠る子供達の元へ足が向いていた。
「すぐに帰ってくるからね……」
二人の頬を優しく撫でる。私はこの子達を残して絶対に死ねない、という誓いも込めて……
今度こそ部屋を出て、愛馬に跨がりルネスを後にした。
私の護衛でついて来てくれたのはゼトとフォルデ。
カイルは城で待つエイリークに付き添ってくれている。
正直、私の力ではどこまで持ち堪えられるのかは分からない。けれど、ほんの少しでも事態を好転させられるなら…迷わずその道を選ぶんだ。
反乱が起きている地へ着いた頃、そこは決して良いとは言えない状況だった。
ルネスの精鋭隊が押され気味で少し動揺してしまう。
「どういう事だ?何でこんなにも押されてるんだ…!」
「どうやら妙な技を使う魔術師が居るみたいだな……」
ゼトはこの一瞬で戦場を理解したのか、敵側で杖を振う魔道士を鋭い目付きで見ていた。その魔導士は見た事のない杖を手にしていて、先端の赤い宝石が妖しく発光している。
こちら側の兵達はその光を浴びると、各々反応は違えど油断してしまいその隙を狙われているようだった。
「皆さん、勝機はまだ十分にあります!どうか持ち堪えてください!私も加勢致します!」
「おお、ナマエ様…!ナマエ様がいらしてくださったぞ!!」
戦場に響き渡るよう声を上げ、魔導書を片手に私も加勢する。
なるべく倒してしまわないように気を付けながら戦っていき、負傷して動けない兵士達の回復にも回った。
私達が加わってから戦況が徐々に好転していっているのが分かる。
このまま押し進められれば……
「これはこれは、ルネス王国王妃様ではないですか」
その時、今回の反乱を扇動している指導者…公爵家の当主がこちらに近付いてきた。ゼトとフォルデが咄嗟に私の前に出る。
「王妃様自らが戦場に立たれるとは…いやはや、何と勇ましくてお美しいのでしょう」
「そんな前置き、話している暇があるなら軍を引いて欲しいのですけどね」
フォルデが嫌味を口にすれば、公爵はフッと鼻で笑う。彼の余裕ぶりからしてどこか嫌な予感がする。
何を企んでいるの……?
「あなたの望みは何なのですか?どうして反乱なんて……」
「ええ、ええ。全てお話しますとも。…あなた方を捕らえた後でね」
すると公爵は魔導士に指示を出し、こちらに向かって先程見たあの妖しい光を放ってきた。
突然の事に避けようがなく、私達は光を浴びてしまう。
「っ…あぁ…!」
「なんだ、この光は…!?」
「クソッ……体が言う事を聞かない…!」
頭が割れるように痛い。どうにかなってしまいそうだ。
思わず目を瞑り頭を抑えてしまう。
「ナマエ」
意識が飛びかけた時、耳に届いた私を呼ぶ声。
その瞬間、あれだけ苦しんでいた頭痛がスッと引いた。
恐る恐る目を開けてみると、目に映ったその景色に動揺が隠せなかった。
「エ、エフラム……?」
見慣れた碧色の髪と瞳。
そこに何故かエフラムが立っていた。一体いつの間にこちらへ到着したというのか。
だが、少し違和感を覚えた。彼の姿は形見であるファード様の鎧ではなく、数年前に纏っていた鎧姿だったから。
「ナマエ…俺は間違った選択をしていたんだ」
「え……?」
「冷静になって考えれば分かる事だったんだがな……だが、やっと答えが出た」
「やはりお前は異世界から来た異端者に過ぎないんだという事を」
心臓が、体が凍りついた。たったその一言だけで息をするのすら困難になってしまう。
私が最も恐れた事……エフラムからの拒絶。
今目の前でそれが起こっている。
「異世界からの得体の知れない者の事など、本当は信じられる訳がなかったんだ。もしかしたら魔王をも凌駕する恐ろしい力を秘めているかもしれなかったのにな」
「私はそんな…!」
「そんな力はない…と、証明できるのか?」
言葉が詰まる。証明と言われてもどうすればいいのか。
頭が真っ白になる。思考が追い付かない。
何より…今までに見た事がないエフラムの冷たい目付きが辛かった。
「証明出来ないなら、お前にはもう消えてもらうしかないな」
「な、何を……」
ジークムントを構えてこちらを見据えるエフラム。何が起こっているのかが相変わらず理解出来ない。
ううん……理解しようとするのを拒んでいるんだ。
「じゃあな、ナマエ」
勢いよくこちらに向かってジークムントを突き出してきた。それがとてもスローモーションに見える。
逃げなければ……頭ではそう分かっているのに、体が凍り付いたように動かない。
ああ……でも…最愛の人の手にかかって命が絶たれるのなら………私は…………
「ナマエっ!!」
名前を呼ばれたのと勢いよく腕を引っ張られた感覚で意識が戻った。
気付けば私の目の前には大きな背中が立っていて。
「エフ…ラム……?」
「何とか間に合ったな。遅くなってすまなかった。今までよく耐えてくれた」
黄緑の鎧を纏い大きな盾で公爵から攻撃を防いでくれていたのは、紛れもなくエフラムだ。
ジークムントで私を討とうとしたあのエフラムはもうどこにも居ない。
私の知る…心から愛するエフラムがそこに居るんだ。
それを実感した時、思わず視界が涙で滲む。
「ふん…術が解かれたか……」
「我が妻に手を掛けようとした事…それがどれ程の罪に問われるか、分かっていての所業だろうな?」
「エフラム国王陛下。お目にかかれて光栄です。運悪く貴方もここへ来てしまわれたのですね」
エフラムに攻撃を弾き返されても尚、余裕のある笑みが彼から消える事はなかった。
「貴方様にも見せてあげましょう。貴方様にとって最も辛い悪夢を!」
「!エフラム、気を付けて…!」
魔導士が再び杖を振るおうとした。
けれども、その直前に素早い一矢が魔導士の胸を貫いたのだ。心臓を撃ち抜かれたのか魔導士はその場に倒れて絶命した。
その鮮やかな弓捌きを見れば姿を見なくても誰なのかが分かってしまう。
「無事か、ナマエ」
「絶世美王女…あ、今は王妃でしたわね。絶世美王妃ラーチェル、ここに参上ですわ!」
「あ…エフラム、ナマエ……私も助けにきました」
振り返ればヒーニアス、ラーチェル、それにミルラまでもが加勢しに来てくれていた。
あまりにも心強い助っ人に嬉しさが溢れるけれど、その反面心配事が。
「みんな…!来てくれたんだね!でも、フレリアは大丈夫なの?ミルラも闇の樹海は……」
「今、闇の樹海は…サレフが守ってくれています。だから私もエフラム達の力になりたくて来ました」
「こちらもフレリアはターナに任せてある。もし何かあっても簡単に落とされはしない」
「ええ、そうですわ。とにかく今はグラドを守るのが先決ですわ!」
変わらない優しさに思わず涙が込み上げてくる。エフラムもそれを察したのかただ微笑んでくれて。
ううん…泣いてる場合なんかじゃないよね。
気を取り直して魔導書をグッと抱き締める。
「ナマエ、いけそうか?」
「はい…もちろん!」
いつの日かエフラムとこんな風にやり取りをした記憶が蘇る。
数年前…戦闘前に何度もこうしてお互いの意思を確かめ合った。その頃から変わらない、強い意志を宿した瞳で頷き合うんだ。
エフラムとなら…絶対に負けない。
「ナマエ、本当に怪我は無いか?」
ルネスへ帰還する道中、愛馬に二人で跨りながらエフラムが心配そうに尋ねてきた。
この質問も今日で二回目だ。
「はい、大丈夫です。エフラムが最後まで守ってくださったので」
「そうか……だが、本当に間に合って良かった。もし少しでも遅れていたらと思うとゾッとする……」
手綱を握る彼の手に少し力が入った。
魔導士の幻術によって現れたエフラムに攻撃されそうになった時。実際は公爵が私に斧を振りかざしていたのだ。
そこに間一髪で本物のエフラムが助けてくれたという訳だが……
「あの幻術はかけられた人の最も恐れる事を見せるものだったなんて……」
「…答えたくなければいいんだが、お前は何を見せられていたんだ?」
少し遠慮がちな口調で問われた質問。私は後ろを振り返ってエフラムの顔を見上げる。
そして静かに話し出した。
「……貴方から拒絶される幻覚を見ていました。やっぱり私は異世界から来た異端者に過ぎない、本当は魔王をも凌駕する力を持つ者なのではないか、と…」
「………」
エフラムは何も言わずにただ黙って私の話を聞いている。
「私はずっと恐れていたんです。エフラムから私の存在を否定される事を……何もない私には貴方しかいないから……でも、本当に私が原因で貴方が嫌な思いをするのなら…」
「ナマエ」
そこまで言いかけた時、エフラムが私の名前を呼ぶと同時に愛馬の足を止めた。
突然の事で私も言葉が止まる。
「そうやってネガティブな考えばかり浮かぶの、お前の良くない癖だぞ。俺はお前を拒絶なんてしない。これから先もずっとだ。今更元の世界に帰るなんて言われても、絶対に帰すものか」
「あ……ふふ、そうですね…!」
彼の言葉ひとつひとつに愛を感じられて、思わず嬉しさから笑ってしまった。本当のエフラムの言葉は…こんなにも愛と温かさで溢れている。
今思えばあのエフラムが幻覚なんだと、少し冷静になって考えれば分かったはずだ。
でも、エフラムの姿と声をしているというだけで私は簡単に信じてしまっていたのだろう。
次は…もう騙されたりなんかしない。
「もし…もしエフラムがあの幻術にかかっていたら、どんな幻覚を見せられていたのでしょうか」
「そうだな…俺もナマエと似たような幻覚を見ていただろうな。俺が一番恐れているのは…お前が俺の前から居なくなる事だからな」
その答えを聞いてとても納得した。さっき彼が言った絶対に帰すものか、という言葉と結びつく。
私達の大きな共通点。
「…ありがとうな、ナマエ。グラドを、民達を守ってくれて。お前が居なければ今頃グラドは…ルネスもどうなっていた事か…」
「いえ…私はただ責務を全うしたまでです。愛する国を、家族を守りたい…ただそれだけなんです」
「そうだな、俺も同じ気持ちだ。これからもこの平和を守っていこう…俺達でな」
私の手に重ねられた愛おしい大きな手。
そこから感じられる温もりに心から安心出来るのは、こうしてお互いが今日も生き延びられたから。
民、国、世界……一人で背負うにはあまりにも大き過ぎる。
だからその負担を私にも分け合って欲しいから、エフラムが疲れてしまわないように支えるんだ。
どうかこの温もりを、ずっと感じていられますように。
〜end〜