十六歳
《葵side》
頭がぼーっとする。全身が鉛のように重たい。
へにゃりと膝が折れて、気がつくとアスファルトの上に手をついていた。立ち上がろうとするが、うまく立てずまたへにゃりと膝が折れる。
「……ぁ、れ?」
まるで骨がなくなったみたいだった。手足にまったく力が入らない。
「……ッ、は」
酷く気分が悪かった。目の前がぐるぐると回って、体じゅうからドクドクと冷たい汗が噴き出てくる。
そして噴き出た汗が頬を伝い、顎を滴り、乾いたアスファルトの上にぽつりぽつりと円形の染みを作っていった。
自分が今どこにいるのかすらもわからなかった。家を飛び出して、それから駅のほうへ……ずいぶん長いこと歩いたような気がする。気がつくとあたりは見知らぬ住宅街で、おれはその道の端っこ、電柱のそばで縮こまるように蹲っていた。ひと気はまったくといっていいほどない。
どこへも行くあてがなかった。かといって家に戻れるわけでもない。
——兄さん、今ごろ心配してるかな。人のいい兄さんのことだ、もしかしたらおれがいなくなったことに気づいて、今ごろ必死になって捜しているかもしれない。
「っふ、ぅ……」
ぐわりと地面が揺れた。思わずぎゅっと目を瞑るが、それでもまだぐわぐわと瞼の裏が揺れているような気がする。……きもちわるい。心臓が脈を打つ音が、バクバクとやけに大きく耳元で鳴っている。
そんなときだった。
「……おい、」
頭上から、なんとなく聞き覚えのある声が降ってきて。揺れる視界の中、なんとか頭を上げると——。
「……な、んで、」
思わずそう声が漏れていた。
なぜか、目の前に水谷が立っていたのだ。……この間おれにチョークを投げつけてきた、あのうざったい化学の教師だ。
いつもはかちっとしたシャツ姿で教壇に立っているが、今日は休日だからだろう、ゆるめのトレーナーにサンダルというラフな出立ちで、片手には小さなコンビニ袋を提げていた。
「おまえ一条だろ、こんなところでなにやってる。……具合でも悪いのか」
答える余裕はなかった。頭がぼんやりとして、今にも倒れ込んでしまいそうで。アスファルトに手をついたまま、倒れ込まないよう体を支えているのがやっとだった。
黙ったままのおれのそばに、水谷がゆっくりとしゃがむ。その表情は、この間おれを教室で責め立てたのと同じ人物とは思えないほど穏やかだった。
「なにがあった」
「…………」
答えられない。なにか言わなくちゃと思うのに、喉がひしゃげたみたいに詰まって言葉が出てこない。——でも。
「……はぁ。とりあえず家まで送ってやるから来い」
「…………い、」
「ん?」
「…………かえりたく、ない」
水谷にそう言われて、それまで出てこなかったはずの言葉がなぜかするりと飛び出して。
そして、気づいた。
——そっか。おれ、帰りたくないんだ。
口に出してみて、はじめてそう自覚した。
「……ッく、ぅ……」
つう、と生温かいものが頬を伝って、それが涙であると気づくのにずいぶん長いことかかった。だって、いつものおれなら人前で泣くことなんて——それも嫌いな教師の前で泣くことなんて絶対にしないから。薬のせいでなにもかもおかしくなっているんだろう、胸の底からぐちゃぐちゃとよくわからない感情が溢れ出て苦しくて、それで涙が止まらなかった。
頭がぼーっとする。全身が鉛のように重たい。
へにゃりと膝が折れて、気がつくとアスファルトの上に手をついていた。立ち上がろうとするが、うまく立てずまたへにゃりと膝が折れる。
「……ぁ、れ?」
まるで骨がなくなったみたいだった。手足にまったく力が入らない。
「……ッ、は」
酷く気分が悪かった。目の前がぐるぐると回って、体じゅうからドクドクと冷たい汗が噴き出てくる。
そして噴き出た汗が頬を伝い、顎を滴り、乾いたアスファルトの上にぽつりぽつりと円形の染みを作っていった。
自分が今どこにいるのかすらもわからなかった。家を飛び出して、それから駅のほうへ……ずいぶん長いこと歩いたような気がする。気がつくとあたりは見知らぬ住宅街で、おれはその道の端っこ、電柱のそばで縮こまるように蹲っていた。ひと気はまったくといっていいほどない。
どこへも行くあてがなかった。かといって家に戻れるわけでもない。
——兄さん、今ごろ心配してるかな。人のいい兄さんのことだ、もしかしたらおれがいなくなったことに気づいて、今ごろ必死になって捜しているかもしれない。
「っふ、ぅ……」
ぐわりと地面が揺れた。思わずぎゅっと目を瞑るが、それでもまだぐわぐわと瞼の裏が揺れているような気がする。……きもちわるい。心臓が脈を打つ音が、バクバクとやけに大きく耳元で鳴っている。
そんなときだった。
「……おい、」
頭上から、なんとなく聞き覚えのある声が降ってきて。揺れる視界の中、なんとか頭を上げると——。
「……な、んで、」
思わずそう声が漏れていた。
なぜか、目の前に水谷が立っていたのだ。……この間おれにチョークを投げつけてきた、あのうざったい化学の教師だ。
いつもはかちっとしたシャツ姿で教壇に立っているが、今日は休日だからだろう、ゆるめのトレーナーにサンダルというラフな出立ちで、片手には小さなコンビニ袋を提げていた。
「おまえ一条だろ、こんなところでなにやってる。……具合でも悪いのか」
答える余裕はなかった。頭がぼんやりとして、今にも倒れ込んでしまいそうで。アスファルトに手をついたまま、倒れ込まないよう体を支えているのがやっとだった。
黙ったままのおれのそばに、水谷がゆっくりとしゃがむ。その表情は、この間おれを教室で責め立てたのと同じ人物とは思えないほど穏やかだった。
「なにがあった」
「…………」
答えられない。なにか言わなくちゃと思うのに、喉がひしゃげたみたいに詰まって言葉が出てこない。——でも。
「……はぁ。とりあえず家まで送ってやるから来い」
「…………い、」
「ん?」
「…………かえりたく、ない」
水谷にそう言われて、それまで出てこなかったはずの言葉がなぜかするりと飛び出して。
そして、気づいた。
——そっか。おれ、帰りたくないんだ。
口に出してみて、はじめてそう自覚した。
「……ッく、ぅ……」
つう、と生温かいものが頬を伝って、それが涙であると気づくのにずいぶん長いことかかった。だって、いつものおれなら人前で泣くことなんて——それも嫌いな教師の前で泣くことなんて絶対にしないから。薬のせいでなにもかもおかしくなっているんだろう、胸の底からぐちゃぐちゃとよくわからない感情が溢れ出て苦しくて、それで涙が止まらなかった。
