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十六歳

《雅也side》


 ちょっと遅いよなぁ、と小さく呟く。
 葵がリビングを出ていってから、もう十分が経っていた。
「ねえ、りか」
 俺は温めたビーフシチューを皿に注ぎながら、リビングを振り返ってそう大きく呼んだ。もらったばかりの人形を抱えたまま、りかが「ん?」と首を傾げる。俺はカウンターの上に並べた皿やコップを指さして言った。
「このお皿とかコップとかテーブルに運んで、先に父さんとふたりで食べてて。俺ちょっと葵のこと見てくるから」
「はぁい、わかったぁ」
 人形を抱えたまま、りかがてとてととキッチンに駆けてくる。父さんからのプレゼントがよっぽどうれしかったみたいだ。
「葵、どこ〜?」
 俺はキッチンを出て、そう呼びながら家じゅうを捜した。
 ……しかし。
「…………いないじゃん」
 家じゅうのどこを捜しても葵の姿はなかった。まさか——と、ある不安が脳裏をよぎる。
 急いで玄関を覗いてみると、そのまさかだった。
 ——葵の靴だけがなくなっている。
「ッ……」
 どこに行ったんだろう。それも黙って。……心配だ。まさか変な気かなんか起こしたんじゃないだろうな。
 気がかりなのは朝のりかとのやり取りだった。りかにはそんな気はまったくなかっただろうが、あのやり取りで葵はずいぶん傷ついたと思う。もともと精神的に不安定だったのだろう、ここ最近は毎日のようにODを繰り返していたみたいだし、なおさら心配だ。
 ポケットからスマートフォンを取り出し、迷わず葵の番号をタップする。でも一向に繋がらない。呼び出し音が虚しく鳴り続けるだけだった。
「ッ、父さん! 葵が、」
 バタバタと廊下を駆け、リビングのドアを開け放つ。父さんもりかもまだテーブルについてシチューをすくっているところで、りかはきょとんと、父さんは「なんだ」と険しい顔つきで俺を見やった。
「それが……、葵がいないんです。靴がなくなっているので、もしかしたら外へ出たのかもしれません」
 俺がそう言い終わるなり、父さんは大儀そうにため息をついた。
「そのうち帰ってくるだろう」
 面倒だ、というのが言わずとも顔に書いてあった。……少しは心配しろよ、父親だろ。そう思うが、もともとこういう人だ、今さら父親らしさを求めたってどうしようもないとすぐに思い直す。
「俺、ちょっと捜してくるので。りかのこと頼みます」
 父さんの顔も見ないまま、それだけ残してリビングを出る。そして急いでサンダルに爪先を引っかけると、そのまま家を飛び出した。
 頼む。葵、無事でいてくれよ……。
 
 
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