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十五歳

《葵side》
 

「……だせぇよなぁ」
 浴室へ続くドアを開け、濡れた服をすべて脱ぎ払ったところで、気がつくとそう呟いていた。
 ——寝小便とか、それも二日も続けてとか。ガキかよ。いや、ガキ以下じゃん。ただでさえ忙しい兄さんに、また迷惑をかけた。疲れているだろうに、こんな夜中に起こして手を焼かせてしまった。そう思うと、情けなくて仕方なかった。
 それに……、と手を伸ばし、未だバクバクと鳴り続けている心臓を皮膚の上からそっと押さえた。
「……ッ」
 ひとりになった瞬間、脳裏にありありと甦ってくるのはあの日の映像だった。
 ——母さんが帰らぬ人となった、あの瞬間。
 震える手でシャワーの蛇口を回した。ノズルからぶわりとお湯が噴き出してくる。傷口を濡らさないよう包帯の巻いてある左腕でノズルを持ち、シャワーを浴びながら、思い出すな思い出すなと必死で自分に言い聞かせる。
「っ、ぅ……は、」
 あの事故の日から、ずっと思っていた。
 なんで母さんを守れなかったんだろう、って。
 もちろん頭ではわかってる。あのころのおれは六歳のガキで、そんなことできるわけがなかったと。でも、ときどき後悔で胸がいっぱいになってどうしようもなくなるのだ。おれが少しでも違う行動を取っていたら、今でも母さんは生きていたんじゃないかって。
 こんなこと考えたって、今さら仕方ないのは知ってる。でも……、あのとき母さんのいちばん近くにいたのはおれだったんだ。
 脳裏にまた、ぶわりと血だまりのイメージが浮かんでくる。その中心で倒れている、もう動かない母さんの体——。
「は、……っ、は、」
 まずい、呼吸が速くなってきた。このままじゃ余計に苦しくなる。ゆっくり息して、なるべく酸素を吐かないと……。そう冷静に思考できるのに、胸のざわつきは収まらない。
 手足の先がビリビリと痺れていく。
「はっ、はっ、ふ……ぅ、はぁ、はぁっ、」
 キーンと耳の奥が鳴った。
 床を打ち続けるシャワーの音、ぜぇぜぇと繰り返す荒い呼吸の音、バクバクと鳴り続ける心臓の音——すべてが、だんだんと世界から遠ざかっていくような気がして。
 ——あー、腕。早く切りてぇなぁ。切ったら少しは楽になるかな。
 床を跳ねたシャワーの水滴が体を濡らし、少しずつ熱を奪っていく。そんな中でまともな思考ができるわけがなかった。
 剃刀、でいいか……。
 目についた剃刀を震える手でなんとか取り、握りしめる。そして剥き出しの二の腕へ、勢いよく振り下ろそうとした。
 
 
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