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十六歳

《雅也side》


 葵がいない。どこを捜してもいない。
 近所のカラオケボックス、コンビニ、公園、ネットカフェ、……思い当たる場所はすべて捜した。でもどこにもいない。いろんな店を訪ねては店員にスマートフォンで葵の写真を見せて尋ねてみたが、みんな首を横に振るばかりだった。
 ——マジで変な気かなんか起こしてないよな……? 気がかりなのはそれだった。なにかあってからじゃ遅い。一刻も早く見つけ出さないと。そう気ばかりがはやるが、今のところほかに葵が行きそうな場所も思い当たらない。それが酷くもどかしかった。
 このままむやみやたらに捜し続けていても仕方ないだろう。とりあえず家に戻って、朝までに葵が帰ってこなければ父さんを説得して警察に行こう。さすがの父さんだって朝までに葵が戻ってこなければ心配するはずだ——そう思っていたときだった。
 ヴヴ、とポケットに入れていたスマートフォンが震えて。葵か? と番号も見ないまますぐ取った。それくらい今の俺は冷静さを欠いていた。
「もしもし? 葵? ねえ今どこいるの」
『はぁ……、落ち着きなさい。俺だ』
 矢継ぎ早に尋ねるが、聞こえてきたのはそんな呆れたような父さんの声で。
「っ、すみません! 雅也です」
『おまえ今どこだ。外か?』
「えーっと、外です。いろいろ捜してみても見つからないので、とりあえず家に戻ろうかと思っていたところで……」
 俺の話を遮るように父さんが「そうか」と呟く。
『ならちょうどいい。さっき家に葵から連絡があった。今から俺が迎えにいくからおまえはそのまま戻りなさい』
 え、と返す間もなく切られた。耳に当てたスピーカーからツー、ツー、ツーと乾いた音が響く。
「ったくさぁ……なんなの」
 はぁ、とため息をつく。父さんはいつもこうだ。自分の言いたいことを言うだけ言って、用が済んだらこっちがなにを言いかけていてもお構いなしに切る。
 せめて葵がどこにいたかくらいは教えてくれてもいいだろ。——まあ、なんにせよ見つかって本当によかったけどさ。

    *

 見つかってよかったと思いつつもやっぱり心配で、家に戻ったあとも俺はずっとリビングで気を揉みながら葵の帰りを待っていた。
 耳慣れたエンジンの音が聞こえてきたのは、時計の針がちょうど一時を指したころだった。シンと鳴り渡る夜の空気の中で、その音だけがやけに大きく耳に響いていた。
 待ち切れなくて立ち上がる。リビングのドアを開けたところでちょうど玄関のドアが開いて、その奥に父さんの姿が見えた。そのうしろをふらふらとついてくる影も見えた。……葵だ。
 葵は赤い大きめのトレーナーと短パンに身を包んでいた。どちらも俺には見覚えのないものだった。それどうしたの、と尋ねそうになったのを飲み込む。まずはおかえりが先だ。
「葵、おかえり——」
 そう言って駆け寄ろうとした瞬間だった。
 父さんが大きく腕を振りかぶったと思ったら、パンッ! と乾いた音が家じゅうに響き渡って。弾かれたように葵が頬を押さえてずるずると蹲った。
「どれだけ人様に迷惑を掛ければ気が済むんだ、このバカが!」
 そのまま間髪を容れず、父さんが葵の腹めがけて蹴りを入れる。葵の体が勢いよく靴箱にぶつかって、ガシャーンとけたたましい音が鳴った。
「ッ、ぅ……っう゛、ぅ……」
「ちょっと……! 父さん! だめだって!」
 庇うように葵を抱きしめる。葵は小刻みに全身を震わせていた。ひゅう、ひゅう、という今にも消え入りそうな荒れた呼吸が耳をつく。
「もういいでしょ。まだ殴るなら俺にして」
 そう言うと父さんは俺を一瞥し、忌々しげに鼻を鳴らして寝室の方向へと消えていった。
「ごめんね葵、大丈夫だった? 痛かったよね、すぐ止められなくてごめんね」
「……んーん、おれが悪いから。謝んないで。父さんも悪くないし」
 そう言いつつも葵は苦しげに顔を歪めていた。そして立ち上がったかと思えばそのままふらふらとどこかへ行こうとするものだから、慌てて追いかけた。向かった先は洗面所だった。葵は俯くと、洗面台に向かってペッペッと軽く唾を吐いた。……血が混じっている。
「悪くはないけどさ、あのクソ親父……思いっきり殴りやがった。人前では気持ち悪いくらいニコニコしてたくせによ、家に帰るとこれだ」
 葵は洗面台のふちに手をつきしゃがみ込んだ。そしてひゅうひゅうと苦しげに呼吸を繰り返しながら、もう片方の手でぎゅっと胸のあたりを押さえた。
「くっそ、やっぱこんな家、……ッ、は、はぁ、はッ……」
「大丈夫? タオル持ってくるね」
「っひゅ、……は、ッ、ごめ、」
 棚からタオルを取り出して渡すと、葵は慣れた手つきでそれを口元に当てた。そしてしばらくふうふうと荒い息づかいを繰り返していたが、やがて落ち着いたのか「ごめん、もう大丈夫」とほんのりふちの赤くなった瞳で俺を見上げた。
 
 
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