Euphoria
《伏黒side》
しんと静まり返った廊下に、コツコツと足音が響く。
伏黒のブーツが床を叩く音だった。
——家入に言われ伊地知に寮の前まで送ってもらったものの、やはり五条の様子が気になってよく眠れず、そのまま朝を迎えてしまったのだ。それなら授業が始まる前に少し五条の様子を見にいこうと、医務室に寄ることにしたのだった。
「伏黒です」
もしかしたら中で五条が眠っているかもしれないと考えて、控えめにドアを叩く。
しかし返事はない。
(明かりはついてる……けど、物音はしない。誰もいないのか?)
それなら五条はどこに行ってしまったのだろう。まさか体調が悪化して病院に……?
そんなことを考えていたときだった。
バタバタと、遠くから足音が聞こえ始めた。どうも誰かがこちらに向かって走ってきているらしい。
見れば、廊下の奥に七海らしき人影がある。
「っ、はぁ、……はぁ、伏黒くん? どうしたんですか、こんなところで」
全力で走ってきたのだろう、七海は息を切らしていた。
「やっぱり五条先生のことが気になって来ました。七海さんはどうしたんですか」
尋ねると、七海は「実は……その五条さんなんですが、」と困ったように続けた。
「どこにもいないんです」
「……え?」
「家入さんと交代で看ていたのですが、本当に一瞬のうちにいなくなってしまって……今、家入さんと捜しているところで」
それを聞いて、いったいあんな体調でどこに行ったんだ、と呆れそうになる。
「はぁ。仕方ない人ですね。俺も捜します」
「助かります。……ああ、ちょっと失礼」
ヴヴ、とスマートフォンの震える音がした。七海のポケットから鳴っていた。「家入さんからです」と呟いてすぐに耳に当てる。
「もしもし、七海ですが」
そう取ってから、しばらく七海は黙っていた。電話口の向こうから微かに家入らしき女性の声が聞こえてくる。どうもあまりいい内容ではないらしい。段々と七海の表情が険しくなっていく。
「……ええ、ええ。分かりました。すぐに」
電話を切ると一瞬、七海は少し困ったように伏黒を見た。それを見てすぐに察する。
(俺、というより学生には言いづらい内容なんだろうな)
普段の伏黒ならそう思い、追求することはしなかっただろう。しかし今回ばかりは違った。
もしそれが五条に関することなら、なんとしてでも聞きたい。そんな気持ちが強く湧き起こり、伏黒の口を開かせた。
「五条先生ですか。なにがあったんですか」
そう尋ねれば七海はしばし迷ったのち、仕方ないですね、とどこか諦めた様子で言った。
「五条さんが今、意識不明の重体だそうです。……このことはくれぐれも、ほかの学生には内密に」
*
「そう。また厄介な薬を大量にODしてくれたってわけ。ベゲタミンっていう、ちょっと前に製造が中止になった眠剤なんだけどね。……まったく、こんなものどこで手に入れたんだか」
倒れている五条を見つけたのは家入だった。
五条の部屋を訪ねるも鍵がかかっておらず、中に入ってみれば床の上で薬の空シートにまみれ死んだように彼が眠っていたという。
「発語なし。痛み刺激に対して開眼も反応もなし。体温も血圧もかなり低い上に脈も呼吸も弱い。これはまずいと思ってすぐに救急要請した。あと五分くらいで救急隊が到着すると思う」
床に転がっている空シートを集めながら家入が言う。
「十シート……百錠か」
家入の表情は真剣だった。夜に車で五条を診たときには緩く伸びていた声も、今は低く重い。
「もともと睡眠不足に栄養不良、低血糖で体が弱っているところにこれだ。
あんまり言いたくはないけど……最悪の事態も想定されるね、これは」
しんと静まり返った廊下に、コツコツと足音が響く。
伏黒のブーツが床を叩く音だった。
——家入に言われ伊地知に寮の前まで送ってもらったものの、やはり五条の様子が気になってよく眠れず、そのまま朝を迎えてしまったのだ。それなら授業が始まる前に少し五条の様子を見にいこうと、医務室に寄ることにしたのだった。
「伏黒です」
もしかしたら中で五条が眠っているかもしれないと考えて、控えめにドアを叩く。
しかし返事はない。
(明かりはついてる……けど、物音はしない。誰もいないのか?)
それなら五条はどこに行ってしまったのだろう。まさか体調が悪化して病院に……?
そんなことを考えていたときだった。
バタバタと、遠くから足音が聞こえ始めた。どうも誰かがこちらに向かって走ってきているらしい。
見れば、廊下の奥に七海らしき人影がある。
「っ、はぁ、……はぁ、伏黒くん? どうしたんですか、こんなところで」
全力で走ってきたのだろう、七海は息を切らしていた。
「やっぱり五条先生のことが気になって来ました。七海さんはどうしたんですか」
尋ねると、七海は「実は……その五条さんなんですが、」と困ったように続けた。
「どこにもいないんです」
「……え?」
「家入さんと交代で看ていたのですが、本当に一瞬のうちにいなくなってしまって……今、家入さんと捜しているところで」
それを聞いて、いったいあんな体調でどこに行ったんだ、と呆れそうになる。
「はぁ。仕方ない人ですね。俺も捜します」
「助かります。……ああ、ちょっと失礼」
ヴヴ、とスマートフォンの震える音がした。七海のポケットから鳴っていた。「家入さんからです」と呟いてすぐに耳に当てる。
「もしもし、七海ですが」
そう取ってから、しばらく七海は黙っていた。電話口の向こうから微かに家入らしき女性の声が聞こえてくる。どうもあまりいい内容ではないらしい。段々と七海の表情が険しくなっていく。
「……ええ、ええ。分かりました。すぐに」
電話を切ると一瞬、七海は少し困ったように伏黒を見た。それを見てすぐに察する。
(俺、というより学生には言いづらい内容なんだろうな)
普段の伏黒ならそう思い、追求することはしなかっただろう。しかし今回ばかりは違った。
もしそれが五条に関することなら、なんとしてでも聞きたい。そんな気持ちが強く湧き起こり、伏黒の口を開かせた。
「五条先生ですか。なにがあったんですか」
そう尋ねれば七海はしばし迷ったのち、仕方ないですね、とどこか諦めた様子で言った。
「五条さんが今、意識不明の重体だそうです。……このことはくれぐれも、ほかの学生には内密に」
*
「そう。また厄介な薬を大量にODしてくれたってわけ。ベゲタミンっていう、ちょっと前に製造が中止になった眠剤なんだけどね。……まったく、こんなものどこで手に入れたんだか」
倒れている五条を見つけたのは家入だった。
五条の部屋を訪ねるも鍵がかかっておらず、中に入ってみれば床の上で薬の空シートにまみれ死んだように彼が眠っていたという。
「発語なし。痛み刺激に対して開眼も反応もなし。体温も血圧もかなり低い上に脈も呼吸も弱い。これはまずいと思ってすぐに救急要請した。あと五分くらいで救急隊が到着すると思う」
床に転がっている空シートを集めながら家入が言う。
「十シート……百錠か」
家入の表情は真剣だった。夜に車で五条を診たときには緩く伸びていた声も、今は低く重い。
「もともと睡眠不足に栄養不良、低血糖で体が弱っているところにこれだ。
あんまり言いたくはないけど……最悪の事態も想定されるね、これは」
