第三章 月と畏れ
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キシ……キシ……キシ
三日月宗近、そして鶴丸国永……。この2人の足音が交互に聞こえてくる。
普段は何でも無いこの床を踏みしめる音が、今夜はやけに緊張感を走らせる。
「…………」
(三日月……。一体、何処に行こうとしている?)
鶴丸国永は、三日月の背中を見ながらそんな事を思っていた。
無意識に己の喉をゴクリと鳴らす……。
この本丸に顕現した鶴丸国永は、強い精神力を有している自負はある……。
作られたのは、奈良時代に溯る。故に、刀剣の中でも古参の分類に入る刀剣。
鶴丸国永という刀に付喪神として、様々な争いをくぐり抜けてきた……。
いつもは、ふざけた事や悪戯を好む神なのだが、
有事の際には物事を冷静に判断し、自らの力で打破していく……。
だから……
今まで、『怖れ』というモノを感じた事が無い。
それがだ。
今まさに己の目の前を歩くこの男によって、その自信が打ち砕かれようとしていた……。
天下五剣、太刀 三日月宗近……。
この目の前にいる三日月に
【畏れ】を感じてしまっている。
(一体、三日月は……。何を考えているんだ?)
鶴丸は歩を進めながら、出来る限りの想定で脳をフル回転させていた。
そうしている内に、ある部屋の前で三日月のピタリと歩みが止まる。
「……ん? ここは……」
「そうだ、ナオトの自室だ」
三日月は、目を見開く鶴丸を肩越しに一瞥すると、ナオトを抱えたまま、空いているもう片方の手で障子を開けると、部屋の中へと入って行った。
鶴丸は、三日月と共に部屋の中へ入るのを躊躇った。
結局、その場で待つこととする……。
三日月は、畳の上にそっとナオトを横たわらせると、彼の頬に指を滑らせて愛おしそうに目を細めた。
「すまんな……少しここで待っていてくれ」
当たり前だが、ナオトからの返事はない。
開けられた障子から吹き込む涼風が、ナオトの前髪を軽く揺らした……。
「…………」
三日月のその行動を、鶴丸は声を発する事なく、そして表情を変える事なく静かに見つめていた。
寝ているナオトの顔を暫く見つめていた三日月だったが、小さく溜息を付くと静かに立ち上がる。
そうしてナオトに背を向けると、三日月は外廊下へと出て部屋の障子を締め、鶴丸へ向き直る……。
鶴丸はというと、外廊下の柱へ背を預けて三日月の行動を一部始終見ていた。
三日月と鶴丸が対峙する。
ふと、三日月が目配せをした。
『……来い……』
鶴丸には、三日月がそう言っているように感じた。
三日月と鶴丸……。2人は、元々来た道を再び歩き始める。
「本当は、俺の自室でゆっくりナオトと過ごそうと思ったのだが……」
「三日月……。こんな事をして、良いと思っているのか?」
鶴丸が、前を歩く三日月の背中に向かって問い掛けた。
「……次々と邪魔が入るのでな……。困ったものだ」
パチン……パチン
三日月は、鶴丸の問いかけには答えず、少し苛立ちを感じさせる声色で扇を閉じたり、開いたりしている……。
「三日月……。一体、どうしたって言うんだ!?」
「……どうした……か……。 やれやれ……鶴丸よ、俺はどうもしてはおらぬぞ?」
「……だが! こんなやり方……可笑しいぜ?」
小さく溜息を付き、肩越しに鶴丸を見て笑う三日月に、鶴丸は必死の形相で食い下がる。
「……ふむ……。昔の俺を知ってるお前には、そう見えても当然といえば当然か……。鶴丸よ……。俺はな……もう嫌になったのだ」
「嫌になったって……。どういう意味だ……?」
鶴丸の問いに対し、三日月は鶴丸の方へ向き直ると、手の中で弄んでいた扇子の手を止める。
「……俺が過去、どのような扱いを受けてきたか知っているだろう? 時の天下人から寵愛を受けてはきたが……刀としては、ただのお飾りでしかなかった。俺は……多くの愛おしいモノが目の前で失われていくのを、見守るしか……見ている事しか、出来なかった……」
遠い昔を思い出したのか、三日月が鶴丸から視線を逸らし、遥か彼方の空を見上げ目を細める。
その瞳は、世を…自身を憂いているように見えた……。
「その時の気持ちが、お主にわかるか? 俺は……何も出来なかったのだ。何も、な……。だがな……今は違うぞ? 何しろ、あの時と違って身体を手に入れたのだ。自らの手で、自らの意志で、何でも出来る……。くくくっ……」
哀愁を漂わせていた三日月の様子が、一気に変わる。
高揚感に満ちた顔ばせで初月を見ながら、小さく口角を上げる。
三日月の姿が、月の光に包まれて……まるで、一体のような錯覚を覚える。
「……鶴丸よ……」
月を見上げて目を細めていた三日月が、ふと鶴丸に再び向き直る。
「……何だ」
三日月の様子を神妙な面持ちで見つめていた鶴丸が重い口を開く。
一瞬、2人の視線がぶつかり合った。
「ナオトは、誰にも触れさせぬ。俺のモノだ……」
三日月の姿は半身だけ月の光に照らされる。
その為か……三日月の顔は影となり、鶴丸でもはっきりとは伺い知れない。
ただその印象的な三日月の瞳だけが、不気味に輝く。
「ナオトは、誰のモノでも無い! わかっているだろ? 刀剣が審神者を己のモノにするなど……禁忌だぜ!?」
鶴丸は、三日月に諭すように叫ぶ。
想いは、いつもの『三日月宗近』に戻って欲しい……。それだけだった。
高貴に満ちた存在なのにも関わらず、それを感じさせない温和なアノ、天下五剣、三日月宗近に。
「…………小狐丸も同じ事を、言っていたな」
無表情のまま、三日月はそっと瞳を閉じる。
「!? ……小狐丸!? ……小狐丸と会ったのか?」
鶴丸は、驚きを隠せない。
そう言えば、広間にいたはずなのに姿が見えなかった。
鶴丸は、何故か……嫌な予感しかしない。喉がカラカラに乾いてくる。
「ああ、少し前にな」
三日月は、にっこりと微笑む。
「……な……」
『それで小狐丸は、どうした?』そう聞きたかった……。
だが、それを本能が拒む。頭の中を無音の警告音が流れ、止めるのだ。
鶴丸は、無言で息を飲む。
「……禁忌などと……誰が決めたのだ……?」
三日月が、目を細めながらニヤリと笑った。
「何を言って……」
誰が決めた訳では無い……。
だが、これはこの世界では暗黙の了解だった。
当然、他の刀剣も知っているし、もちろん三日月自身も……。