第二章 月隠れ
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「燭台切さんと話していたら、遅くなっちゃったな。でも……」
ナオトは、お盆に乗せられているモノを見て、微笑んだ。
その盆の上には、いくつかの小鉢が乗せられていた。
今夜の三日月との事を燭台切光忠に話しをした際、『じゃあ、三日月さんにこれを持って行けば?』と用意してくれたのだ。
「きっと三日月さんも喜んでくれるよなっ! 燭台切さんの料理は絶品だもん♪」
ナオトはふと立ち止まると、視線を上げる……。
彼の視線の先には、夜空に見事な三日月が優しい光でナオトを照らし、彼が歩く床へくっきりとその影を映し出していた。
ナオトがここを通る少し前には、膝下辺りまで靄があったのだが、それもいつの間にかすっかり晴れていた。
「こんな不思議な夜も、あるんだな~……」
今夜は……いつもと様子が違う……。ナオトはそう思ったのか、優しく彼を照らす月へと目を細めた……。
「あっ……、見蕩れてる場合じゃなかったよ! 三日月さん、待ってるよな、きっとっ!」
月を眺めていたナオトは、視線を外廊下へと戻すと、再び歩き始めた。
暫く歩いていると、ナオトの視線の先に三日月の私室が見えてくる。
ナオトが少し急ぎ足で向かおうとすると、三日月の私室の前にある外廊下に人影が見えた。
三日月宗近は、片膝を立て静かに独り、杯を傾けていた……。
「……わっ…………」
月明かりに照らされている三日月宗近の姿を目の当たりにし、ナオトは思わず感嘆の声を洩らす。
三日月宗近を照らし出すように輝く月と彼の姿は、まるで……一枚の絵画のように感じられた……。
三日月の頬に、睫毛が影を落とす……。
「あっ、えっと……。三日月さん、お待たせし……っ……!」
声を掛けようとしていたナオトは、グッと言葉を飲み込んだ。
と同時に、彼の身体は強張り動けなかった……。
ナオトは、眉を潜める……。
三日月から異様な雰囲気が立ち上っているのを、彼は肌で感じ取ってしまっていたのだ。
「……っ…………!」
ナオトは、まるで喉の奥に何かが詰まっているかのように言葉が出て来ない。
「…………ん? ナオト!」
その場に立ち尽くしているナオトの姿を、先に三日月が気付いた。
いつもの穏やかな笑顔を彼に向け、三日月がゆっくりと手招きする……。
ナオトは、盆を持つ両手の指に少し力を込めた。
「……ご、ごめんなさい、三日月さん! 遅くなりましたっ!」
「ああ、気にするな。そなたが来てくれただけで……。ん? それは?」
目の前で立っているナオトを、愛おしそうに見上げていた三日月が彼が持つ盆へと視線を移す。
「あっ! これ、燭台切さんが三日月さんにって持たせてくれたんですよ?」
「……燭台切が? ……そうか……」
ナオトは目を細めて微笑むと、小鉢が乗った盆を三日月の眼前に差し出した。
三日月が、ほんの一瞬だが眉を潜める。
だがすぐに笑顔に戻り、ナオトからその盆を受け取った。
「それ、新作だって燭台切さんが言っていました」
「おおっ! それは楽しみだな……」
盆を見つめながら言う三日月の横顔を見詰めたまま、ナオトは三日月の真横に座りかけ……。
「……えっ……?」
一言漏らすと、顔を強ばらせ……目を見開いた。
ナオトの視線が、集中していたものは……。
三日月が座る位置の少し向こう側の床にひっそりと存在する……黒く、小さなシミだった……。
「……ナオト、どうした?」
「あ、いえ……。えっと……あんなシミ、ありましたっけ?」
「ん~……?」
ナオトの視線を追うようにして、三日月がそのシミへと視線を動かす。動揺する様子は全くない。
「確か、この間の掃除の時には、無かったような気が……」
「………ああっ、済まぬ……。実は、行灯の油が切れてしまってな、入れようとして零してしまったのだ」
三日月は、申し訳なさそうに頭を掻く。
「…………行灯? ですか……? そうだったんですか! 言ってくれれば、僕が換えたのに……。三日月さん、いつも気付かないのに、珍しいですね」
「はっはっはっ! そうだな。俺は、こういう日常の事がどうにも苦手らしい……。故にナオトにはいつも感謝している……。俺は本当にそなたがいないと駄目だな……」
申し訳なさそうに、眉を寄せて笑う三日月。
「あっ、いやっ! そんな意味じゃなくてですね! ……あの……すみません……余計な事を……、僕……」
ナオトは、両手で口元を塞ぐと、余計な事をしてしまったという表情で顔を真っ赤にさせる。
「はっはっはっ! そなたが気に病む事はないぞ? その通りなのだから……。俺は、ナオトがいないと何もできないな……」
三日月は、その容姿からが想像が出来ない程に豪快に笑うと、ナオトの頭の上に、軽く手を乗せた。
ナオトは、三日月の手の平から伝わる暖かさが伝わったのか、頬が上気するのを意識していた。少し……涙が滲む……。
「だから・……。そなたはずっと傍にいてくれ、俺だけの傍にな……」
三日月が、ナオトの頭に置いていた手をゆっくりと頭の形を指でなぞるように撫で、その指をナオトの頬の辺りに滑らせる……。
少しだけひんやりとした白く美しい三日月の指が、スーッとナオトの頬の皮膚へと触れる。
ナオトは背筋をゾクリと震えさせた。
「あっ……、あの……?」
その三日月の淫靡な指の動きが、ナオトの心臓の鼓動をあっという間に速まらせる。
ナオトは突然の事に心臓の鼓動が跳ねるのを感じながら、三日月を見上げた。
三日月の表情は、いつもの朗らかな笑顔とは違って、艶めかしさすら感じる程に違って見えた。
その余りの妖艶さに、ナオトは直視する事が出来ず、思わず目を逸らしてしまった。
すると……。
あのシミが再びナオトの目の端に飛び込んでくる。
その瞬間、ナオトの心は再びザワつき始めた。
あの床のシミ以外、特にこの部屋に変わった様子はない……。
なのに、ナオト胸の奥から湧き上がるこの重苦しくドロドロとしたものはなんなんだ?
ナオトは、緊張で急激に乾く喉を潤そうと、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「どうした? ナオト?」
「えっ!? あ、あの……な、何でもないです! ちょっとぼーっとしちゃって!」
目を見開いたまま動こうとしないナオトを不信に思ったのか、三日月が彼の肩に手を乗せ、顔を覗き込む。
不確かなこの感覚の事など、ナオトが言える訳もなく……。
ナオトは、笑顔で両手を振って誤魔化してしまった。
「そうか……。それより、そろそろ座らぬか?」
「そ、そうですね!」
一瞬目を細めた三日月だったが、気を取り直したのかにっこりと微笑むと、指で床を差す。
ナオトは、促されるままゆっくりとした動作で三日月の隣へと座った。
「ああ、そんなに固くなる事はないぞ……?」
「あ、はい、じゃあ……」
ナオトは、三日月の気遣いに従い、正座から胡座へと体制を変えた。
ナオトが、隣で杯を傾けている三日月を目の端で垣間見る。
真横にいる三日月は、いつもナオトが見ている『三日月宗近』だ・・・。何ら、変わりはない。
「……きっと……気の所為だな……うん……」
三日月に聞こえぬよう呟く。ナオトは、気持ちを切り替え気にしないように、と決めた。
「今度、お掃除に来ますね!」
「ん~? ああっ、そうだな……。頼む」
ナオトがにっこりと微笑むと、三日月が小さく頷き、クイッと杯の中の酒を飲み干した。そして、燭台切光忠が用意した小鉢に入ったツマミへ箸を伸ばす。
「おお、そうだった! 美味いものを用意すると、そなたに約束していたなっ」
三日月は胡座を掻いた膝を片手でポンと叩くと、徐に立ち上がり、屋の奥へと姿を消す。
ナオトが見守る中、三日月が器に入った何かを手に戻ってきた。どうやらそれは、美しいガラス細工の器のようだった。
「…………三日月さん……?」
三日月は、ナオトの目の前で跪く。
そうして、不思議そうに小首を傾げるナオトの手の平へ、三日月がその器を乗せた。
「え? コレって……。……うわあ~…………!」
ナオトは、その器の中を見た瞬間、感嘆の声を上げる。
「綺麗ですね~、これ、何て言うお菓子ですか?」
ナオトが器を観察するようにマジマジと見詰める。
それは、ガラス素材の皿に乗った透明なゼリーのような……菓子だった。
「うむ……。これは、『水菓子』という菓子だ。見目にも麗しいだろう? 俺は、美しいモノが好きなのでな」
「水菓子…」
三日月は、目をキラキラとさせながら美しい菓子を見詰めるナオトを見て目を細める。
ナオトが器を目線まで持ち上げると、透明なゼリーがぷるぷると震える。ゼリーの中央部分に、何の素材で出来ているのだろうか? 赤い金魚と、おそらく葉っぱと思われる菓子細工が施されている。
まるで、水の中で金魚が泳いでいるみたいだった……。
「本当に凄い……! 食べるのが勿体無いですよ~……」
瞳をキラキラとさせ、上下に覗き込むようにして眺めていたナオトは、三日月に微笑む。
「そんなに喜ばれるとは、手に入れてきた甲斐があったと言うものだ。さっ……、味も見た目同様、素晴らしい筈だぞ? 遠慮せず。感想を聞かせてくれ」
「あ、はい、それじゃあ……。頂きます!」
ナオトは、器を目の前に置くと手を合わせ合掌した。そして、大事そうに器を持ち上げると、そのまま水菓子を一口掬い上げ、そっと口へと運んだ
三日月は、その様子を見て穏やかに微笑むとナオトの隣に片膝を立て、再び杯を傾け始めた。
「…………ん~♪ お・い・し・いーーーーーーーー!」
ナオトは、自身の手の平で両頬を押さえると、弾けるような声を上げる。
「……そなたは、本当に甘味が好きなのだな」
ナオトの仕草が面白かったのか、三日月が堪えるように笑う……。
「えっ? あっ……! す、すみません、僕……」
食べる様をずっと見られていた事に気付いたナオトは、口元から匙を外すと自身の膝へと視線を落とす。耳まで真っ赤だった。
「ああ、すまぬ、そう言う意味じゃない。俺は、そなたの幸せそうな顔を見るのが、好きだ」
三日月は、顔を真っ赤にしているナオトの横顔を、愛おしいモノを見るように眉尻を下げ、見つめる。
「……っ……! み、三日月さん、か、揶揄わないで下さい……」
ナオトは、三日月から視線を逸らすと、傍にあった切子細工のグラスに手を伸ばした。
三日月は杯を傾けながら、一瞬、目を細めた……。
それには、透明の水が入っているようだった。三日月が部屋の奥からガラス細工の器と共に、用意したグラスだった。
ナオトはむんずと手に掴むと、一気に液体を流し込む。
「……ん? アレ? あま……い?」
口に含んだ水の予想外の味に、ナオトが手にするグラスを覗き込み、そう呟いだ……。
「…………俺はな、いつも思っていた…………」
「……えっ……?」
「ナオトの幸せそうな顔を含め…………、その全てを俺のモノに出来たら、どんなに良いかとな…………」
三日月の呟きに、ナオトは驚いて顔を上げた。ナオトが隣を見ると、三日月は扇を広げながら微笑んでいる。
パチン
扇子を閉じる乾いた音が、小さく響く。
広げた扇越しからナオトへ流し目を送った……。
「……三日月……さん?」
夜も深まり、シンと静まり返ったこの本丸に、扇子の閉じるその乾いた音がナオトの心臓をキュッと締め付けた。
「……え……? ナ、ニ…………?」
ナオトは、息を飲む。茫然と三日月の顔を見たまま、目を逸らす事が出来ない……。
「……ナオト……、驚いたか……?」
三日月の人差し指が、ナオトの頬を上から下へ、ゆっくりとなぞる。その妖艶な指の動きに、ナオトの背筋がゾクリとする。
「……い、いやだなー、三日月さん。冗談が過ぎます……って―……。ア、アレ…………?」
ソレは、突然おとずれた……。
ナオトは、我慢できずに片手で頭を押さえる。
徐々に、目の前が歪んでいく。
ナオトは胡座を掻いていたが、片手を床に付いて身体を支えていないと真面に座っていられない程だった……。
そして次に、身体が痺れる感覚に陥る。ナオトは、自身の指先を見た。小刻みに震えている……。
そして、あっという間に自分自身で自分の身体を支えていられなくなった……。
「……何だ、コレ……? 急に、目眩が…………!」
以前軍議が続いていた時も、倦怠感はあったものの、ここまでの症状は、かつてナオトは経験した事がなかった。
頭を左右に振り、何度か瞬きをするが……改善する様子はない。
ナオトは、片手で自身の額を覆う。手の震えも、改善するどころか、どんどん酷くなるばかりだった。
「どうした? ナオト……」
異変に気付いた三日月が、身を縮こませたナオトの肩を優しく抱く。
三日月がナオトの顔を覗き込んできたが、ナオトはがっくりと項垂れ、顔を上げて三日月の表情を確認する事が出来ない。
「……眩暈……が……。あ、と……眠く……急に……僕……―……」
ドサッ
その言葉を最後に、三日月の肩にもたれ掛かるようにして、ナオトは動かなくなってしまった……。
「……ナオト? ナオト……?」
三日月の腕の中にいるナオトは、腕はダランと垂れ下がり、指一本動かす様子がない……。その内、小さな寝息が聞こえ始めた。
「……ふっ……。ゆるりと眠るがよい……」
三日月は妖しく微笑むと、ナオトの膝裏に手を差し入れ、軽々と身体を抱き上げる。
三日月の腕の中で小さく寝息を立てるナオトの頬へ、三日月は自身の頬を寄せた。
「ああ……。やっと手に入るのだ…………。これから起こる全ての事は、そなたと俺の為なのだ……」
三日月がこれから起こる出来事を想像しているのか、恍惚に満ちた表情でナオトを見詰める。
「次に目覚めた時には、全てが終わっている……待っていろ……」
三日月はそう呟くと、動かないナオトの額にそっと唇を寄せた……。
【続く……】