第二章 月隠れ
夢小説設定
名前を記入して下さい。この作品は、名前を変更機能を使用しています。
何も入力されない場合は、こちらで設定した名前で表示されます。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「今宵は、初月か…………」
三日月が月を見上げ、目を細めて微笑し、ふっと息を吐く……。
今夜は、初月だった……。別名、三日月と呼ばれる月の形。
空気が澄んでいるのだろうか……。月がはっきりと闇夜に浮かんでいるのが、見えた。
今、三日月がいるこの一室は、当本丸での彼の私室だった。
自身の部屋と続きになっている外廊下に、彼は片膝を立てて座り、杯を傾けていた。
三日月は杯を傾けながら、目の前の庭と空に浮かぶ初月、そして、遥か遠くに霞んで見える山々を交互に目に映し、微笑む。
本丸は、静寂に包まれていた……。
そして珍しい事に、彼の膝下辺りまで、靄が包み込んでおり、本丸全体を覆っている。
この季節、そして現在本丸がある場所から考えても……そんな現象、起こるはずがなかった。
その靄が、本丸自体を幻想的な雰囲気へと、導いている。
「……そろそろ、ナオトが来るか?」
自身の持つ杯を脇に置いた三日月が、肩越しに振り返り、ある物に目を細めた……。
そんな折、恐らく三日月が予想だにしない人物が彼の目の前に現れた……。
「やはり、戻っておられましたか……」
「!? …………小孤丸……」
穏やかでいて落ち着いた声に驚き、三日月が斜め後ろを見上げると、そこには小狐丸が立っている……。
小狐丸は三日月に向けっていつもと変わらぬ笑顔を向けると、ゆっくりと三日月へと近付いて来た。
「…………何だ……俺に用か?」
「……はい……。もう暫くすれば、ぬしさまが来られるとか」
一瞬、眉を潜めた三日月だったが、それでも旧知の仲である彼に対して無下に出来ないらしく、穏やかな表情で答える。
三日月のすぐ脇まで来た小狐丸が、首を傾け、三日月を見下ろしていた。
小狐丸の長髪の後れ毛が、風でゆらゆらと揺れている。
「何故、それを……?」
「……ぬしさまが嬉しそうにおっしゃっていたので」
「……はははっ、そうか……」
小狐丸の言葉に三日月は一瞬目を見開いたが、僅かに笑うと目を伏せた。
「座っても……?」
「……そうだな……。ナオトが来るまでなら……」
小狐丸が優雅な手付きで三日月の隣を指差す……。
三日月の眉がピクリと動いたが、それも一瞬で直ぐにいつもの彼に戻り、小狐丸ににっこりと微笑み返した。
そして、ふいっと視線を逸らすと再び手にする杯を傾け始める。
「有難う御座います……」
小狐丸は静かに微笑むと、袴をずらして静かに三日月の横に座った……。
小狐丸が三日月の隣に座った後、暫く二人の間に沈黙の時が流れる。
口火を切ったのは……小狐丸だった。
「……長い付き合いですから、周りくどい言い方はしません。三日月…………。ぬしさまに、特別な感情を頂いておられますね?」
「!?」
小狐丸が、はっきりとした口調で、言い放つ。
余りのストレートな言い方に、三日月が傾けていた杯の手を止め、唖然とした……。
「……ほお……」
今まで見た事も無いような三日月の表情に、小狐丸は、目を細める。
確信を得たようだ。
「やはり……。ここ最近、おかしいと思っておりました……」
「……何が言いたい? 小狐丸……」
全てを悟ったかのような小狐丸の言いように、三日月が少し苛立ちを覚えたようだった。
三日月がそれを隠そうと、目の前の庭を望みながら、再び杯に口を付ける。
三日月の言葉は静かだが、その表情は段々と険しいものに変わっていった。
「……三日月……。確かにぬしさまに対し、何か惹かれるものがあるのも……道理……。ですが、ぬしさまは審神者というお立場の方。決して触れてはいけない領域かと?」
小狐丸は言葉を選びながら、何とか三日月に伝えようとしているように見えた。
だが、つい先程よりほんの少し強いものになる。
「…………」
三日月が小狐丸の言葉を聞いた途端……。
杯に口を付けるのを止め、ゆっくりと小狐丸の顔を見た……。
酷く冷たい三日月の視線が、小狐丸を射抜く……。
三日月の瞳に宿す月は、身震いをするほどの鋭さを増している。
「!?」
これには流石の小狐丸も、驚きを隠せなかった……。
彼でもぞっとするような視線を、三日月が見せていたのだ。
天下五剣と呼ばれるにふさわしいその冷たくも美しい瞳が、小狐丸をその場から動けなくする。
「……そなたもか、小狐丸……」
三日月の声色が、低いものに変わる。
「みかづ……っ……!」
「やれやれ、五条 鶴丸国永と同じだな……。俺の邪魔をするか……」
三日月が、手にしていた杯をゆっくりと自身の脇へと置く。
そして、ゆらりと立ち上がった……。
月の光を背中に浴びている為、三日月の表情は伺い知れない。
だが、その三日月を宿す彼の瞳だけは違っていた。
小狐丸を見下ろす瞳は……先程の何処か穏やかなモノはなく、侮蔑に満ちていた。
「三日月……宗近……」
その眼力に圧倒されてしまったのか、小狐丸は言葉を失い、茫然とする。
小狐丸はみた……。
天下五剣、三日月宗近の背後に、黒い覇気が立ち昇るのを……。
「俺がこれまで、どれだけ悔しい想いをして来たか……。わからぬだろう? 小狐丸よ……」
「三日月……、何を……」
三日月は、立ち尽くしたままで語り出す。
「お主にわかるか? 目の前で愛おしいモノを失うのを……。どれだけ辛く、歯痒く……そして、身を切られる程の想いで、見送ってきたのか……」
唇が切れ、血が滲むのではないかと思う程、三日月が顔を歪め、自身の唇を噛み締めた。
修羅をも想像させるその形相に、小狐丸が言葉を失わない訳がなかった……。
小狐丸が、息を飲み込む……。
「過去の俺は、ただ……ただ見ている事しか、出来なかった……。だがな、今は違うぞ……?」
三日月が両手の握りしめていた拳を開いて、口角を上げ、妖しく微笑む。
「わかるか? ……自らこの手にする事が、出来るのだ」
「三日月……まさか、貴方は……」
狂気にも似た笑い顔で小狐丸を見る三日月に、小狐丸が目を見開いた。
そして再び、小狐丸が喉を鳴らすのがわかる。
「ゆえに……。誰であろうとも……」
三日月は、ゆっくりと小狐丸の背後に見える部屋へと入ってゆく。
そうして、部屋の床の間に置いてある自身の本体『三日月宗近』を握り締めると、それをゆっくりと両手で持ち上げた。
続けて柄を握り、もう片方の手で鞘を引き抜く……。
月明かりで……『三日月宗近』の切先が鋭く光る。
「みかづ―・……!?」
小狐丸の目に、三日月が一歩踏み出したのが見えた、次の瞬間……。
「…………くっ、しまっ-……っ!」
小狐丸が体制を整えるよりも、三日月の動きの方が速かった。
ヒュッ!
空を切り裂く、鋭い音がしたかと思うと……
ズシャッーーーー!!!!
「み……かづ……なぜ……か……?」
酷く冷淡な表情の三日月の目の前でゆっくりと……。それは、まるでスローモーションのように映った。
ドッ
小狐丸の身体が傾き、そのまま彼の身体が鈍い音と共に、うつ伏せに床へと倒れ込む……。
そして、小狐丸が再び起き上がる事はなかった……。
ポタッ……、ポタッ……
何処からか、何かの音がする。
薄らと立ち込める鉄の匂い…………。
見ると、刀から滴り落ちる……、赤黒い……血。
血が、床を赤く染め上げてゆく。
「……邪魔するなら、容赦はしない・……」
そこには……。
その刀を握りしめ、動かぬ小狐丸を冷ややかに見下ろす三日月宗近……その人が立っていた。
【続く……】