第一章 月の翳り
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「ナオト」
「え?」
背後から聞こえるナオトの名を呼ぶ声………。
ナオトは、左右を見渡した後、最後に後ろを振り返った。
その視線の先にいたのは、手招きをしている刀剣男士『太刀 三日月宗近』その人だった。
三日月は、庭を隔てた向こう側の廊下で柔かに笑っていた。
ナオトは、目を瞬かせて人差し指で自身を差しながら『僕ですか?』というジェスチャーを返した。
三日月は僅かに微笑み、そうだとばかりに小さく頷く。 三日月からナオトへ声をかけるのは、珍しい事だった。
それというのも、彼が超マイペース人間だからだ。
故に、審神者であるナオトでも把握できないほど、神出鬼没。
本丸にいるのかと思いきや、気が付くといなくなっていたり、かと思えば、いつの間に傍にいたりで………。
まるで、雲のような付喪神だった。
だが、いざ戦闘になれば、本丸にいる刀剣男士の中でも、群を抜いて強かった。
これは、恐らくだが………。
彼が本気になれば、誰も敵わないのは容易に想像が出来た。
その表裏の激しさに、ナオトは戸惑う事も多かった。
でもそれが、彼の不思議な魅力でもあった。
「珍しいですね、三日月さんが僕を呼ぶだなんて」
ナオトは、小走りで三日月の目の前まで来ると、満面の笑みを浮かべる。
「はははっ、そうか? ………時にナオト、今宵は空いているか?」
「………今夜………ですか?」
三日月は、その容姿に似合わず豪快に笑うと、ナオトに見惚れてしまうほどの笑顔を彼に向ける。
ナオトは目を瞬かせ、驚いているようだった。
まあ、驚くのも無理はない……。
三日月が彼を誘うのは、この本丸へ顕現して初めての事だったからだ……。
「ああ、そうだ。………駄目か?」
「え? あ、いや、そんな! ………わかりました、いいですよ?」
ナオトは、三日月が表情を曇らせるのをみた途端、大げさに首を左右に振った後、首を縦に大きく振る。
「そうか、良かった。では今宵、俺の部屋まで来てくれるか?」
「あ、はい」
三日月は、安堵したように息を吐き、自分を見上げているナオトを見て目を細めた。
ナオトは、三日月から誘いを受けた事で心躍らせていた。
一見柔和な雰囲気のある三日月宗近であったが、この本丸へ顕現してからというもの、最後の一歩を踏み込ませない……そんな壁があるような気がしていた。
二人きりで落ち着いて話しが出来れば、もしかしたらもっと彼と打ち解けられるかもしれない……ナオトはそう考えていたからだ。
「何か、美味いモノでも用意しておくとしよう………」
「本当ですか? うわ~っ! ありがとうございます!」
三日月は、ナオトの肩へ手を置き、目を細めると僅かに口角を上げる。
美味いモノ=甘いモノと勝手に頭の中で変換させたナオトは、瞳をきらきらと輝かせる。
その様を見て、三日月のその麗しい顔が緩む。
「ナオト、そなたは本当にー…………!」
ふいに、三日月の革手袋に覆われた指先が、ごく自然にナオトの頬に触れようとする。
が………。
「あっ、いたいた! ナオトーーーーーー! ちょっといいか~い?」
「んっ?」
三日月の指先がもうすぐナオトの頬へ届く瞬間、太刀 燭台切光忠が離れた所から、声を上げた。
ナオトは、それに反応して肩越しに振り返った。
三日月は頬に触れるのを止め、袖の下にさり気なく己の手を滑り込ませる。
「あ、ごめんなさい、三日月さん! 何でしたっけ……?」
一瞬、燭台切に気を取られてしまったが、三日月が何か言おうとしていた事に気付いてはいた。
ナオトは、再び三日月の方へ向き直る。
「いや、大した事ではない………。それより……ほれ、燭台切光忠が呼んでいるぞ?」
「……そうですか? ………じゃあ~、ちょっと行ってきますね」
三日月は目配せをすると、穏やかに微笑む。
ナオトは小首を傾げたが、後ろ髪を引かれる思いで三日月の元を離れる。
そうして、外廊下の向こう側にいる燭台切の元へと向かう。
「……ふーっ………」
彼の後ろ姿を見送りながら、三日月は深い溜息を付いた。
無表情にも見えるその表情から、彼が何を考えているのか伺い知れない。
ただ、燭台切の元に到着したナオトと燭台切を瞬きもせず、見つめていた。
少し距離がある為、あの二人が何の会話をしているのか、三日月がいる場所からは聞こえない。
それなのに……。三日月は、その視線を逸らそうとはしなかった。
ほんの少し揺れるその瞳に、少し怖さを感じるのは………気のせいだろうか?
「ほお~、こいつは驚いたな~……」
そんな三日月の背後から、聞き覚えのある軽快な声が聞こえる。
「……………五条殿か……。どうした?」
「天下五剣が一振り、三日月宗近ともあろう者がそんな表情をするとはな~!」
少しの沈黙の後、肩越しに後ろを見やる。そこには、腕を組み、揶揄うような笑顔で三日月を見ている鶴丸国永だった……。
鶴丸の姿を見詰める三日月の瞳は、先程とは違い……とても冷ややかだった。
それとは対照的に、鶴丸は後ろ頭で両手を組み直すと、瞳を輝かせながらゆっくりと三日月に近付いて来る。
鶴丸のまるで自分を揶揄するような言葉を聞いた三日月は、眉を潜める。
「まあ、そんな顔をするなって。いつも余裕な三日月宗近がそんな怖い顔………。皆が見てるぜ……?」
鶴丸は大きく口角を上げると、三日月の肩をポンと叩き、背後から顔を覗き込んだ。
「………ははは、何の事だ。俺はいつもと変わらないぞ?」
三日月はそう言うと、にっこりと微笑むと扇を取り出し、優雅な指先の動きで広げるとこれ以上聞いてくれるなと言わんばかりに、口元を隠す。
「そうか? ………俺には、あの2人を見て嫉妬に駆られているのかと思ったぞ?」
鶴丸は、外廊下の柱の近くに移動すると、ゆっくりと身体を預けて腕を組む。
そしてその目は、三日月がどう答えるのか興味があるといった風に見えた。
「………鶴丸、それは何か思い違いをしているのではないか?」
「………なるほどな………。天下の三条殿は、あくまでシラを切り通すか」
三日月は扇で扇ぎながら、クスリと笑う。
大きな目を瞬かせていた鶴丸は、苦笑いを浮かべると小さくため息を付いた。
「何がいいたい………?」
三日月は微笑んでいるはずなのに………。
彼の瞳に宿す月は、背中がゾクッと震えるほど………冷たく感じた。
声色は一見穏やかだが………腹の底から這い上がるような低さであるのがわかる。
「これは……また驚いた………。ははっ」
「……………」
三日月の鋭い眼光に、さすがの鶴丸も揶揄モード……という訳にはいかないようだ。
まるで獲物を狙うかの如き、鋭い三日月の眼光。
「何事にも執着しないはずの……天下五剣の一振りと謳《うた》われる、三日月宗近ともあろうものが………そうか、そうかーっ」
「……………」
鶴丸は、実に面白いモノを見たとでも言いたげに、口角を上げると髪を掻き上げた。
三日月は、それでも無言を貫いたままだ。
じっと鶴丸を見据え、全く動じる様子がない………。
三日月の無感情の表情と彫刻のような美しい顔ばせが、より一層背後にある怖さを感じさせた。
「そうだな~、確かにあの子は今までに出会った審神者とは違い、不思議な魅力がある」
柱に身を預けていた鶴丸は、そこから背を離す。
そうして、ゆっくりと三日月に近付くと………耳元でそっと囁く。
『…………惚れたか?』
鶴丸はそう言うと、三日月の顔を見直すと妖しく微笑む。
彼にとっては、揶揄を含めての軽い気持ちで言った言葉だったのかも知れない。
だが………三日月の反応は鶴丸の想像通りではなかった……。
「………ふっ………。クッ、クッ、クッ………!」
鶴丸の言葉に、ほんの少しピクリと眉を潜め、反応を示す三日月……。
だが次の瞬間、扇で口元を隠しながら、肩を震わせた。
「………っ……! みか、づき………?」
三日月のその反応に、さすがの鶴丸も目を見開き、驚きを隠せなかった。
鶴丸が、思わず身を引き、後ずさる。
まさか、笑うとは思わなかったからだ………。
「鶴丸国永………」
パチンッ
三日月は肩を震わせていたのをピタリと止めると、広げていた扇を閉じる。
緊張感漂う2人の間に響く、扇の閉じる音……。
鶴丸にとって、いつもより大きく、そして耳の中まで響き渡るような音に感じた。
三日月はほんの僅か、手にする扇を見つめた後、顔を上げて鶴丸を見据える。
その氷のような視線は、鶴丸でも………息が詰まるほど、ぞっとさせるものがあった。
「…………惚れた、だと? それはちと違うな………」
そして今度は、三日月がゆっくりと近付き、耳元で囁く。
「惚れたなど………生ぬるい……。俺が、ナオトの全てを支配する、身も心も……な……。そして、誰にも触れさせぬ……」
「…………なっ!?」
三日月の言葉を聞いた鶴丸は、大きく目を見開き、バッと彼の顔を見る。
「俺のモノに触れる輩は………例え同じ仲間であっても、容赦はしない………」
そこで言葉を切ると、スーっと目を細め、ニヤリと口角を上げた。
そこには、穏やかに微笑むいつもの三日月宗近はおらず………。
鶴丸でも身震いするような、黒い覇気を纏った………修羅がいた……。
「……三日月……。審神者を支配するなど……。何を、考えている……?」
(……目の前にいるのは………誰だ?)
鶴丸の胸の奥に、危険を知らせる警告音が鳴り響いているのがわかる。
額に感じる熱さに額を拭った手を見ると、じんわりと嫌な汗を掻いていた………。
何故、三日月にこんな事を聞いてしまったのか……。
鶴丸自身にも、わからなかった。
ただ、本能で嫌な予感がした。途轍もなく………ヤバい。
「……………さて……。少し、話しが過ぎたようだ」
「………三日月………」
三日月が、穏やかに微笑む。
その笑顔は、いつもの穏やかな三日月宗近そのもの。
だが、その様子を見ても………鶴丸の心は晴れない。
余りの衝撃に、動けずにいた………。
「先程の話し………忘れてくれるか? 五条殿?」
三日月は、再び扇を広げると、口元を隠すようにして鶴丸に流し目を送る。
そして、鶴丸の前を通り過ぎ、行ってしまった………。
「…………はっ………!」
鶴丸は三日月の姿が見えなくなるまで、その場を動く事が出来なかった。
姿が見えなくなってから、一気に全身の力が抜ける。
「………はあ~っ………!」
立っているのが耐え切れず、外廊下の柱にもたれ掛かる。
そのまま、ズルズルと膝から崩れ落ちる。
「ははっ………。情けないよなぁ、俺………」
くしゃりと髪をかき混ぜた後、自分自身に苦笑する。
「流石は、天下五剣……。迫力が半端ないぜ………。にしても…………」
鶴丸は肩を竦めて苦笑すると、三日月が行ってしまった方向へ眉を潜めると、見つめ続けていた………。
【続く……】