嫉妬
*恋人設定です
フェニモールは里の中を散歩していると、ワルターの姿を見かけて、声を掛けようとした。
しかし、その隣に見慣れない女性がいることに気付き、フェニモールは立ち止まる。
その装束から水の民であることは間違いないとわかったが、見慣れない顔だった。最近、この里に来た人だろうか。
様子を窺っていると、フェニモールはぎょっとさせられる。
あの、話しかけるのも憚られるワルター(水の民談)に対して、その女性はあろうことか笑顔を彼に投げかけていたのだ。
そんな芸当を持ち合わせる水の民など、フェニモールの思い当たるところになかった。
自惚れではあるが、ワルターに対してそうした態度を取ることが出来るのは、自分だけだとフェニモールは思っていた。
そこに、恋人としての特別感も彼女は感じていたのだが──。
フェニモールは胸にじわりと嫌な感覚を覚え、その場を立ち去ろうとした。
「フェニモール」
背を向けた瞬間呼び止められ、フェニモールは思わずびくりと肩を震わせ、足を止めてしまう。
ワルターの足音が近づいてくるのが聞こえるが、フェニモールは振り向くことが出来ない。
今、自分がどんな顔をしているのかわかっていたから、それをワルターに見られたくなかったのだ。
「フェニモール?」
様子がおかしいことに気付いたワルターが、もう一度彼女の名を呼ぶ。
フェニモールはもし振り返って先程の女性をまた見たら、上手く笑顔が出来るだろうかと不安に思いながら、躊躇いがちにゆっくりと身体を動かした。
女性は、もういなかった。
フェニモールはほっとするが、同時に悲しいやら落ち込むやらで、感情がぐちゃぐちゃになってしまう。
「フェニモール、何があった」
恋人の心配する声に、フェニモールは申し訳なさでいっぱいになる。
ワルターが他の女性に目移りすることなんてないとわかりきっている。
ただの、小さな嫉妬なのだ。
こんな恥ずかしいこと、ワルターに対して言いたくなかったが、彼を困らせたくないフェニモールは、素直に白状する。
「…さっきの、女性が…。ワルターさんに笑顔で話しかけていたので…すこし、妬いちゃいました」
言葉に改めて出すと、幼稚すぎてフェニモールは恥ずかしさのあまり逃げ出したくなった。
やっぱり言わなければ良かったと深く後悔する。
ワルターはといえば、拍子抜けするのと同時に、あまりに可愛らしいその恋人の言葉に目を丸くした。
思わず緩みそうになる口元を、手で押さえる。
…尤も、手で隠さずとも、彼の口元が緩んだところでそれはほんの微々たるもので、傍から見ても何も表情の変化など感じられないだろうが。
「…さっきのは、最近この里に来た移住者だ。俺は里の案内をしていただけだ」
ワルターの簡潔な説明に、フェニモールは顔を真っ赤にしながらそうですかと消え入るような声で相槌を打った。
恥ずかしさのあまりワルターの顔を直視出来ず、かといって何も言葉は出て来ず、フェニモールは自分の指を組んだり離したり、落ち着きない様子だった。
ふと、ワルターの手がフェニモールの頬に触れた。
そのまま顔を上げられ、えっと思う間もなく、次の瞬間にはワルターに口付けられていた。
目を閉じる暇もなく、フェニモールの唇からワルターは離れる。
ワルターの視線と至近距離で重なり、フェニモールの心臓が大きく音を立てた。
「…心配するな。フェニモール以外に興味はない」
フェニモールにしかわからない優しい顔つきでそう言われ、フェニモールの胸がきゅう、と締めつけられる。
そのままワルターに手を引かれ、フェニモールは彼に付いていく。彼の、部屋へと。
「…好き」と、フェニモールは彼に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟いた。
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