希望
「ワルターさん、入りますよ」
洗面所の中から控えめに声をかけ、フェニモールは部屋へと戻った。
「……ワルターさん?」
返事が無いのを不審に思ったフェニモールはもう一度声をかける。
しかし、反応がない。
「……っ」
フェニモールは急いでワルターの眠るベッドへ駆け寄る。
すぐに手を取り、脈がある事を確認すると、フェニモールは安心して息を吐いた。
メルネスを護る親衛隊長の役目を全うしようとした彼は、自分の身体の事など顧みず、死の淵を歩くほどに戦った。
フェニモールが見つけた時には、彼の息はひどく弱々しく、今にも絶えそうだった。
その後、水の民の里にすぐに運ばれ、水の民の治療とフェニモールの手厚い看病で持ち直したものの、いつ容体が急変するかわからない状態がずっと続いていたのだ。
そして1週間経った今日、ようやく安定して目覚めた。
しかし安定したと言っても、ほぼ寝ずに傍で様子を見続けていたフェニモールにとっては、少しの異変でもあると気が気でなかった。
フェニモールは椅子に腰かけ、つい先程水で濡らしたばかりのタオルをワルターの額に当て、汗を拭いた。
規則的な呼吸の声が聞こえ、フェニモールはホッとする。
「……」
しばらくワルターの寝顔を見つめていたが、次第にフェニモールの表情は曇っていった。
彼が目覚めたのはすごく嬉しい。
だけど、それは彼にとっては地獄ではないのか。
彼がずっと追い続けた親衛隊長の座は、今となってはもう必要ないのだ。
メルネスはその立場を捨て、一人の少女となる事を、陸の民と共存する事を選んだ。
──それは、彼にとってどんなに辛い事なのだろう……
想像するのも辛く、フェニモールは気付かないうちにタオルを持つ手に力を込めていた。
「あ……嫌だ、せっかく濡らしたばかりだったのに」
体温でぬるくなってしまったタオルを膝元に置く。
「……」
フェニモールは、今はワルターの身体が良くなる事だけを願い、目を伏せた。