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当主である隆元が側室を娶った。
名をちぬと言った。
吉川家との絆をより強固にせんと、その分家の娘が嫁に入った。
だが若干十四になったばかりであり、当の隆元は病の気がある。
とても子などなせる暇も無く、形ばかりの側室となったちぬは吉田の城にて暇を持て余していた。
「……」
なにか呟いたが近習の者は応えてくれるわけもない。
ただ黙々と仕事をするのみだ。
が、元来一人が別段苦になる性格でもないちぬであったから朝は散歩に出かけ、夜は書物を読み漁った。
吉川の家は強者揃いで武に長けた家門であるが智将は珍しい。
それ故にこの毛利の智謀が際立つのだろう。
補い合う関係がこの安芸三家であるとも言える。
幸いここは毛利の大殿が集めた兵法書や夫である隆元が傾倒した数々の趣味の書物が溢れていた。
暇を補うのにこちらもこと欠かなかった。
ちぬは姫という立場で輿入れしたが所詮分家の出である。
誰も気にはかけまいとまだ幼い彼女は高を括った。
さりとて側室としての努めを果たさぬ訳にもいかぬ。
宴など開かれれば諸将の前に顔を出さぬ訳にも行かぬし、夫の隆元や本妻であるお方さまに呼ばれれば挨拶などもせねばならぬ。
しかし可愛らしい顔で愛想を振りまき、その場を納得させ、早々に立ち去るのが彼女である。
その場限りは和むものの後に残された者で察しの良い者はこの霞のような微かな違和感を感じる。
だとしても興味がなければそれすらも忘れてしまう。
今の今まで誰にも咎められず、この輿入れした家中で平穏無事に過ごせているのもこの外面の良さと興味のなさのなせる技であろう。
しかし、皆周りは大人である。
近しい者は少女に陰ながら目を掛けてはいる。
当の本人ばかりは全て義務となっているようであったがそうで無い者も確かにいる。
お節介を焼く人間も一定数必ず存在した。
しかし表立ってあれこれは言わぬものの、この姫はやんわりとした雰囲気をまとい人を寄せ付けぬ。
「わたくしは良いのです。ただ隆元様と毛利の皆様が平穏で居られれば」
などと言われればこれ以上の介入は無駄である。
同年代の武者や近習などは尚のこと必要以上にこの姫に立ち入ること、はばかられた。
子もなさぬまま二年の歳月が流れた。
だがこの縁談を手ずから結び、吉川に従う諸将と毛利の団結を望んだ者はそれを良しとしなかった。
この城の本当の主である元就である。
彼はちぬが隆元に相手にされぬ日々を淡々と書で紛らわしているのでは無いかと考え、気にかけていた。
「……また一人であの娘はおるのか」
「はい。今日も書斎に篭もりきって書などお読みだそうです」
元就の隣で乱破が言った。
元就は顎に手をやり少し考え込む。
己は隠居の身である。
あれこれ口を出すのも宜しくはないが側室であるなら子を成す義務がある。
おなごの方は自分の立場を分かっているが、隆元は病気がちである上、元々趣味に没頭するのが好きな男だ。
無理矢理そのようにけしかけてもあまり良くは無いだろう。
「殿、ちぬさまが気になるのであれば一度お声など掛けて見ればよろしいかと」
「あの娘ももう十六……いや七か。しばらく顔も見ておらぬし話でもしてみるか」
元就にしては珍しく重い腰を上げた。
ちぬの顔は時々は見ていたがそれも遠目からである。
吉川の者であるからその血筋らしく、おなごであっても目は剛毅に満ちている。
だが彼女自体は至って普通である。
普通を感じさせる気がした。
それをまざまざと確信したのは明くる日の午前。
乱破と共に姫が居城に現れたときだった。
元就はしばし言葉を忘れ目を見開いた。
なんということか。
この娘は亡き妻の面影を写している。
乱破を見やる。
だが、どういう訳か乱破は首を傾げるばかりだ。
「殿?」
不思議そうな心配そうな声で主に呼びかける乱破。
乱破の態度に元就は自分の中の「普通」という概念について今一度反省した。
元就にとって女性の普通とはつまりは恩義ある叔母か妻に於いていない。
それを元就は本能で感じ取っていたらしい。
だが気を取り直してもう一度ちぬへ視線をやると妻の影は消えていた。
ちぬは険しくなる元就の面立ちに少しばかり身を縮めていた。
「……なんということか」
元就は心のうちの声を言葉にしてみる。
思いの外柔らかい声音であったことに安堵し、そのまま眼前の娘を見た。
似ていない。
今は。
だが愛した女の面影が確かにある。
妻が亡くなって久しい。
元就は妻を愛していた。
そして今でも愛している。
思わず瞳が潤み、それをぐっと堪えた。
努めて明るく、優しく彼は娘に微笑んだ。
「良く参られた。さぁ、来なさい」
改めて、やっと歓迎されたと安堵したちぬ。
ふうわりと微笑み「はい」と胸に手を当てて応えた。
「ありがとうございます。元就さま」
ぞわり、と、元就の背中に綿毛でなぞられた様な痺れが這う。
一瞬であったが彼はこの正体を知っている。
気取られぬように拳をきつくして平静を装う。
遠い昔に置き去りにしてきた感情。
それがじわじわと下腹から後頭部へ伝う。
自らが最も危惧する他者への「情」である。
それはならぬ。その思いは捨てよ。
彼は惑わされてはならぬと
だが愛しい者の面影を纏ったこの姫に、どうして引かれずにいられようか。
温もりを求め、もっと近しくなりたいと思うのは至って当たり前な人間的な感情でもある。
子の側室として迎え、踏み越えては行けない一線を作ったのは自分だ。
それに彼女は妻ではない。
元就は完璧とは言えない人間の心の機微という不確かなものに小さな溜息をついた。
気を取り直し乱破も交えちぬと語らう。
この娘と来たら日がな読書に明け暮れているせいか打てば響く鐘のようである。
女だてらに兵法などにも通じ、小娘であるというのに感心させられる。
本人に聞けば「時間がたくさんありますから」と困ったように微笑むのである。
面白い拾い物をしたように元就はさらに前のめりに切り込む。
楽しいという感情が胸を踊らせる。
これの夫は兵法には無頓着で、人質にやった主家の大内義隆の影響か芸事や趣味に興じている。
平時は良いが今はいつ誰が刃を向けるか分からぬ乱世に危機感が足りぬと先日も叱ったばかりだった。
例えば戦略についての簡単な考えなど聞くと、娘は思案し答えた。
「お主はこの場合どう対処する」
「私なら味方の損害を徹底的に減らすことを是と致します。故に戦をせずに勝利することが第一かと。こちらの被害は出さぬまま、敵の勢力を削ぎ落として内側から崩すのが妙策かと存じます。あるいは敵対する者同士をぶつけ、互いに弱った所を一網打尽に致します」
「漁夫の利か。怖い娘よな」
「滅相もございません。たまたまそのような蔵書に目を通しただけにすぎません」
「よいよい。続けようぞ」
少し困惑した顔のちぬに微笑む。
娘がいたならこのような感じかと元就は口元を緩めた。
そして気がつけば夕刻。
思った以上に色々と話をしたせいで時を忘れていた。
ちぬの方も久しぶりに誰かとこんなに話が出来て気持ちが高揚していた。
それにこの知識がご隠居のお役に立って楽しんでくれている。
それがとても嬉しくてしょうがなかった。
「また呼ばせてくれ。次は美味い菓子など準備しておく」
「はい。ありがとうございました」
静かに礼をして乱破と共に立ち去るちぬ。
その後ろ姿を見送って元就は異様な寂しさを覚えた。
近いうちに、いや明日にでもまた呼ぼう。
元就は顎髭を撫でながら自嘲気味に笑った。
月日は流れ二人で過ごす時間は変わらず続いていた。
そして元就がこの姫に惹かれていくまでさして時間は掛からなかった。
若く従順で元就の教示を素直に受け取る娘。
元来のその受け身な性格も相まって着実に元就の理想の女として所作が形作られていく。
その中に彼はひっそりと亡き妻を重ねていた。
またちぬも元就との会話を日常の一つの楽しみとしていた。
乱破が側に控えているとは言え、己の考えを心ゆくまで述べる機会をくれる元就。
また更にそれを認めてくれるのだ。
だから日に日にちぬは元就を父か、手習いの師匠の様な偉大な存在として想い慕うようになる。
それは夫である隆元に寄せる情より遥かに上回るものであった。
そんな娘であるから、尊敬する元就からの誘いであれば拒めるわけも無かった。
乱破すらこの場から払わせ元就はある日決行する。
読書に耽るちぬの背を元就は抱いた。
突然のことに驚くちぬであったがそれをする人物に抵抗など出来るはずもない。
ただ胸の鼓動が早く、落ち着かなくて目をきつく閉じた。
体が震えたのを元就は素早く感じ取り囁く。
「ちぬよ、お主が嫌ならばわしは二度と姿は見せぬ。怖い思いをさせて済まない。だが、わしは倅の嫁であるお主をㅡㅡㅡ」
元就は今までのことを振り返る。
日に日に自分だけに向けられる笑顔に愛しさを膨らませ、それを誰にも取られたくないと思ってしまう。
この様な独占欲は本来間違っている。
だが、良くないと思うほどに人と言うものは焦燥に駆られ余計に手に入れたくなってしまう。
考えに考えを重ねた末、辿り着いた先が結局己の欲望であった。
智将、謀将などと言われながら、一介の女人に溺れんとする自分の小ささに呆れた。
と、同時に今こうやって抱いた娘の香りや熱のなんと心地よいことかと溜息を零した。
ちぬの方はと言うと日頃から与えられてばかりいるこの身が元就へ恩を返せる機会とはこの日ではないかと思っていた。
ちぬにとってこの吉田の城で唯一心置き無く話せる相手は元就を置いて他にいないのである。
その元就が今後一切の情をかけてくれないなど到底耐えられるものでは無かった。
「……元就さまとお会いできないなど考えられません」
震えながらもいじらしく答えるちぬ。
本当は良くない。
分かっているが、元就と過ごす時間はそれほどまでにかけがえのない日常の一部であった。
その健気な言葉に元就はついに迷いがなくなり娘を
「ならば、わしのわがままを聞いてくれるか、ちぬ」
小さく頷いたちぬ。
この方のお役に立てるなら、側にいれるならと言う思いだった。
そして二人は誰にも打ち明けられぬ間柄となり、誰にも引き離せぬ絆を得た。
その日の夜、ちぬは自室に戻らなかった。
しかし夫である隆元は気にも止めなかった。
後日、元就の下知で隆元は側室と閨を共にすることを命じられた。
家中からも嫁ぎ元の吉川家からも世継ぎは多い方が良いという声は前々から上がっていた。
故に面倒だと思いながらも父の命には逆らえず、隆元は側室の娘を抱いた。
嫁いできてから何年かたったが顔もあまり見せず書斎にこもるこの娘に大した情は無かった。
側室のこの女もそうであろう。
今まで散々放置してきたのだから当然と言えば当然だが、目を見る限り自分に情は無さそうである。
お互い命に従って夫婦となり、そしてお役目として体を合わせるに過ぎない。
なんとめんどくさいことか。
隆元は時もかけずさっさとことを終わらせた。
側室も役目が終わればすぐに去った。
そのような関係だった。
しかしふと一人になって隆元は思った。
あの女、体は上等だったな、と。
男は自分しか知らないはずの娘だが何故かこなれて具合が良かった。
それが何故かは知らないが、どうでも良かった。
隆元は女のことなどさっさと忘れて商人から送られた書に目をやつした。
対してちぬはゆっくりと股から流れ出る隆元の残渣を湯浴みにて清めてから主人の元を訪ねた。
主人、もとい元就は役目を果たしたちぬをきつく抱き労った。
「やり遂げたか?」
「はい。ですが……」
役目とはいえ、元就の倅とはいえ、ほかの男に抱かれるなど少女の心には重いことであった。
その顔を見て元就は察し、娘をまた自分の閨へと運んだ。
その後元就は娘の全てを食いちぎろうとする獣となり、力いっぱい犯した。
「皆まで言うな。わかっておる」
「嬉しゅうございます」
老練な元就の手練手管に翻弄されながらもちぬは喜びの声を上げた。
何度も気を遣って果てるも、また元就に踊らされる。
これでは他の男とのまぐわいなど児戯に等しい。
ちぬは何度もこの主人の名を呼びその存在を確かめた。
それから1年後ちぬは懐妊した。
相変わらず夫はそれについても無関心だったが家中の者はちぬを館様と呼び、何かと世話を焼いた。
特に舅である元就が子を宿したちぬを娘か妻のように可愛がりしょっちゅうちぬの元を訪れるため、家臣達はますますちぬを大事にするようになった。
孫に会えるのが楽しみなのでしょう。
それほど期待しているのでしょう。
そのように家臣や下女達は娘に言って微笑んだ。
しかし当の本人は相変わらずふうわり笑ってこう言う。
「私もこの子も、旦那さまと毛利の皆さまのお役に立てれば幸いです」
その旦那さまは今日も今日とて足繁くちぬの元を訪れる。
人払いをさせて彼は言った。
「しっかり頼むぞ、ちぬ」
「はい、元就さま」
誰にも知られず誰にも悟られず、男と女は寄り添いあった。
そして元就は身重の女を抱いた。
女は主人に全てを預け、そしてまたその腕の中で心地よい夢を見ていた。
いつ覚めるとも知らない夢を二人で紡いだ。
その後ちぬは女の子を産み、教育の名のもとに元就の城にて衣食住を共にすることになった。
誰もそれについて異論は無かった。
夫さえも反論しなかった。
元就とちぬと言う共犯者はただゆっくりと視線を合わせ穏やかに微笑みあった。
今後も二人の関係は続いて行くだろう。
それは確かだった。
20231019
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