2人用 声劇台本
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夜半、僅かな灯りの下座敷で荷物をまとめる青年。
それを隅で心配そうに眺めるその妻。
時代は連合国と枢軸国の諍いのときである。
イチコ「ねぇ、ナガト兄やん。ほんまに、行ってしまうんか」
ナガト「あぁ。招集令状がご丁寧に名前付きでわしに来よったき。……なんじゃ、そんな顔して。そないに心配せんでもすぐ帰るわ」
ハハハと小さく笑うナガト。
ナガト「……じゃろう?」
イチコ「………」
ナガト「なんじゃ、信じられんか?……わしの嫁のくせに薄情な女よな」
からかうようなナガトの口調。
その言葉に少し眉がピクリと上がるイチコ。
表情が険しくなり口調は投げやりに。
イチコ「薄情だったらどんなに良かったか……。そげなこと簡単に言うでねぇ。隣のヨネちゃんのお父さんは帰ってこんかった……。南の海で仏になったってヨネちゃんは……」
ナガト「そうじゃな」
イチコ「そうじゃなッて……兄やんだってそうならんとも分からんのに」
ナガトの背後で小さい声で問いかけるようにイチコは言う。
イチコ「兄やん……行ったらあかん。ほら、あそこの地主の坊っちゃんとこにも令状が来た言うがよ、わざと落馬して免れた言うよ。せやから兄やんも…」
ナガト「落馬して怪我しろってか? うるさいど、イチコ。そもそもうちに馬が買えるだけの金があるかよ」
イチコ「そんな話しよるんと違う! だって……死ぬよりも、良いやない。落馬の方が…」
ナガト「まぁ、そのせいであそこのボンボンは今やびっこ引いて歩いちょるがな。わしがそんな風になってみい。畑は誰が世話するんよ。誰が狩りに行って猪取りに行くんよ? そもそも今は国の大事じゃ。お国に尽くせが武士の本望じゃろ?」
イチコ「兄やんは武士やのうて百姓じゃろう」
ナガト「いいんよ。役に立たない侍差し置いて百姓が手柄をあげる好機じゃ」
イチコは黙る。
ナガトなりの強がりだと知っているからだ。
ナガトもイチコが心配しているのが分かるため、どうしようもない現状とイチコの暗い顔に溜息をつく。
ナガト「ふぅ……イチコぉ、こっち来てみい」
イチコ「嫌や。兄やんがくればよか」
ナガト「そんげなこと、わしに言って良いんかぁ? 抱いてやらんぞ〜?」
イチコはちらりとナガトの方を
見る。
ナガトは少し意地悪な顔をしている。
イチコ「嫌や……」
ナガト「ほんまかいな。じゃあ、しょうがなか。わしは寝るぜよ」
イチコ「それも嫌や……」
ナガト「どっちじゃ。わがままな女じゃのう」
イチコ「……兄やんが、来て」
ナガト「素直じゃないのう、この嫁は。でも嫌や」
イチコ「意地の悪い……もうええわ」
ナガト「ちゃんと「来てください」って言ってみぃ。そしたらたーんと可愛いがってやるき」
イチコ「うわ……」
ナガト「なんじゃ「うわ」とは」
イチコ「………(最低3秒無言)」
ナガト「黙るなや」
イチコ「どうしても言わなあかんの」
ナガト「いんや?」
イチコ「どっちなん」
可笑しくなって少し微笑むイチコ。
ナガトも一緒に口元に笑みをたたえる。
ずりずりと板間を這ってナガトの側に座るイチコ。
イチコ「もうええわ。ほら、来たで、兄やん。うち偉いやろ」
ナガト「おぉ、おぉ……ほんまにうちの嫁さんは偉いのぉ。可愛がってやるき、覚悟せぇよ」
イチコ「出征前に足腰立たんようにしちゃるき、兄やんこそ覚悟しぃや」
くすくす笑いあうふたり。
その後。
ナガト「ほな、行ってくるわ」
イチコ「お気をつけて、旦那様」
ナガト「いつもみたいに兄やんって言わないんやな」
イチコ「そりゃあ無事に帰ってくるか分からんのやもん。きちんと送り出してやらんとよ」
ナガト「そんな気遣いいらんちゅうの。わしはちゃんと帰るわ」
イチコ「ちゃんと守ってな。その言葉……」
ナガト「おう」
ニカッと微笑むナガト。
イチコは泣きそうになりながら見送る。
さらに3ヶ月後。
ガラガラといきなり戸が開いたのに驚いたイチコ。
そこにいたのは戦地から戻ったナガト。
予定よりも随分早い帰還にイチコはポカンと口を開けたまま立ち尽くす。
ナガト「なんじゃイチコぉ、旦那様のお帰りじゃぞ? なんか言うことは無いんか?」
イチコ「わ、わ、わ、ぁぁぁぁ! 幽霊じゃ! 幽霊が真っ昼間から出よったぁぁぁぁ!」
ナガト「お〜い、わしはまだ死んじょらんぞ、」
イチコ「んな阿呆な! 死んじょらんかったら、こげな早う戻って来よるはずなか!」
ナガト「いやぁ、それが戻ってきたんだなぁ、これが、ヘッヘッヘ」
頬をポリポリとかきながらナガトがイチコに向き直る。
取り敢えず幽霊ではないと安心しイチコはほっと胸を撫で下ろす。
イチコ「まぁ、ええよ、なんでも。兄やんが無事に帰って来たんや。それだけでうち満足よ。……それで何が有ったん?」
ナガト「それがよう、話せば長くなるから簡潔に言うけどよ」
イチコ「おん」
ナガト「わしな」
イチコ「うん」
ナガト「落馬したんや」
イチコ「嘘やろ、阿呆やん」
ナガト「いや、ほんとにわし阿呆やねん」
イチコ「認めるんや。珍しい。あんた、やっぱり幽霊やな」
ナガト「何いってん、この嫁は。じゃあ最後まで聞けよ。わしはな、幸いなことに補給部隊いう後方に配属されたんや。けどな、部隊に物資を届けたその帰りにな、敵方の奇襲に遭うたんや」
イチコ「ひゃあぁ、兄やん、あんたよう生きとったなぁ」
ナガト「じゃろう? もうてんやわんやでのう、わしみたいな一般兵は馬なんか使わせて貰える訳無いんじゃが、そんな事が有ったら応援を呼びに行かなあかん訳よ。
しかしなぁ、今どき馬?って思うじゃろ。それが馬走らせたんよな。なんせ無線機が敵さんの弾に当って使いもんにならなかったけんの。
で、わしが、たまたま近くにいた上官殿に問いかけたんや。
「馬がまだ使えます! わし行って来ますわ!」
その上官殿は現場の指揮で忙しいお人でな、すぐに「行け!」言うたわ。そしてわしは走って走って何とか後方に戻った。そして馬上から「応援を頼む! 前線がやられとります!」と、でかい声で叫んだんや」
イチコ「ほうほう、かっこええやん」
ナガト「じゃろう? わしの切羽詰まった顔を見てみんな動き始めてな。その後わしも仕事に戻らな〜と馬から降りる時にな、やっちまったんや」
イチコ「何を」
ナガト「何をって。慣れない乗馬で初心者が半日全力疾走するんやで。そりゃあ、もう、わしの太ももと来たら力が入らなくなってなぁ、ほっとしたのもつかの間。ちょっと馬が動いたと思ったらそのままストンよ」
イチコ「ストン?」
ナガト「おう。頭から落っこちてな、そのまま3日気絶してて2週間、野戦病院で過ごしちょった」
イチコ「………そうなん」
驚いて目を見開くイチコ。
ナガト「それに病院の飯のまずいこと、まずいこと! 看護婦らはおっかねえし、さっさと帰っちゃるってそれだけじゃったな。しかも……」
なお話そうとするナガトだったがそちらに意識を移し呼びかける。
ナガト「イチコ、おいイチコ? どないした、そんな顔して」
イチコ「兄やん……何でそんな大変な目ぇ遭ってて楽しそうに喋るんや」
ナガト「そのほうがわしの気が楽やからな」
イチコ「阿呆や……ほんま阿呆やな、兄やん。今更やけどびっこ引いちょらんか……?」
ナガト「ううん……びっこより酷いなぁ。実は右半分動かんのよ」
イチコ「そうか……そうか……」
すすり泣くイチコ。
ナガトは動く方の左手でイチコの髪を撫でる。
イチコ「馬鹿やなぁ、でもうちの兄やんは誰よりも偉いのう」
ナガト「矛盾しとらんか、それ」
イチコ「バカなのはほんまじゃろう。こんな不憫な体になりよって……でも、ちゃんと約束守って帰ってきよった。ちゃんと生きて帰って来たやない……。兄やん……おかえりなさい」
ナガト「そうじゃな……命あっての物種言うしな。ただいま、イチコ」
しばし無言で抱き合う二人。
(3〜4秒)
イチコ「ところでな、兄やん」
ナガト「何じゃあ、イチコぉ」
イチコ「あのな……」
ナガト「おう」
イチコ「うち、兄やんの子ども出来たみたい……」
ナガト「なに?」
イチコ「せやから……」
ナガト「いやいや……待て待て」
イチコの言葉を遮ってナガトが喋る。
鼻をすする音と共に嬉しげに。
ナガト「聞こえちょるわ。……聞こえちょる。……、でかした……でかしたな」
イチコ「兄やん……うち嬉しい、お父ちゃんおらん子にさせなくて」
堪えきれぬ嬉し涙がナガトの目から次々に溢れる。
ナガト「……わしもじゃ。半分動かんくても帰ってこれて良かった……ありがとうな、イチコ」
イチコ「うん……愛しとるよ。兄やん」
ナガト「阿呆……そりゃあわしのセリフじゃき。死ぬまで愛しちょるわ」
しばらく経って。
ナガト「ところで、あんときの一回で出来るなんてなぁ。わし相当優秀な種馬やな」
イチコ「せやなぁ。じゃき、その辺にばら撒いたら承知せえへんからね」
ナガト「ハハハ……しいひんよ。わしはイチコはんだけの種馬ですけん」
イチコ「ふふふ……約束ね」
(おわり)