松永殿と恋煩い
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先程の攻防に勝利したが、こちらの精神的な被害は甚大である。
松永殿は人の事を蜜柑か玉ねぎだとでも思っているのだろう。
不意打ち、闇討ち、なんでもござれと言わんばかりに鼻歌交じりに隙あらば着物を剥ぎ取って来ようとする。
「後生ですからもうよして下さい」
「いやん、そんなこと言われても手が勝手に」
「ひぃっ」
なんと節操のない人かと少々距離を置いて今は静観している。
高貴な身分の淑女なら、走り回って汗をかくなどありますまい。
しかもこの松永殿が私に施した着物のなんと重たく動きづらいことか。
おまけに高級品と来たら汚したり破損などさせたら一生タダ働きをさせられそうである。
いくらくれてやると言われたものでも信用ならない。
「は、謀りましたね!」
「なんのことかな? ほら、もたもたしてると我が呪われし左手がこまちゃんの尻を撫でてしまうぞ? これは我輩の意志とは無関係に欲情するのだ、気をつけろ〜? 」
「もう来ないでください! いやぁ!」
こんな具合である。
松永殿のお戯れに何とか終止符を打とうとし、先程見かけた護衛の男に助けを求めもした。
が、この男と来たら面倒くさいと言って手を貸すどころか、逆に松永殿から逃げる際の障壁となって邪魔をする。
「なんで助けてくれないんですか!」
「だって松永殿に逆らうと面倒くさいんだもん。それに女の子の泣き顔とか困り顔って、拙者めちゃくちゃ好きだからさァ」
「人でなし!」
「そうそうそういう顔だよ」
ニヤァと楽しげに笑う男をすり抜け、松永殿との鬼ごっこは暫く続いた。
夕時近くになりカラスが鳴く。
疲弊した私は思った。
こんな所に連行され、慰みものにされるくらいならいっそ逃げよう。
しかしこれでは動きづらくてかなわない。
松永殿に捕まるのは容易かった。
「さぁ、捕まえたぞ。もう飯時だ。さっさと美味いものを食う準備をせねばな」
「おや、もうそんな時刻かい」
「ふふふ、今日はこまちゃんとゆっくり語らいたいからな。出前でも頼むかな。ということで宗矩、特上の寿司を今から注文してこい」
「えぇー……準備してんじゃなかったの」
「うるさいわ! 酒は好きな物を選んで良いからさっさと行け」
「ひとりで持てると思ってんの? せめてその子を貸してよ」
「だめだめ、絶対だめ!」
まるで猫のように威嚇しながら私を背に隠す。
私としてはこの護衛といた方が身の危険が少なくて済みそうだと思った。
そっとその背後からすり抜ける。
「私は構いませんけど」
「決まりだねェ。じゃ、借りてくよ」
サッと手を引かれて私と護衛の男は屋敷を飛び出した。
松永殿の叫び声が奥からこだましていた。
***
夕暮れである。
馴染みの店で手早く注文を済ませた護衛が世間話でもしようと表の椅子に腰掛けた。
茶を二人分持って来て一つを私にくれてから言った。
「いやぁ、さっきはごめんよ。つい楽しくなってね」
あっけらかんと笑う護衛は本当に悪気無さげに言う。
その屈託ない笑顔はわざとだろう。
だが、今更怒るのも何だか面倒になっていた。
受け取った茶をすすりながら遠くに遊ぶ子供たちを眺めた。
「いいですよ、もう」
小さく呟いてから、また肩を落とす。
そもそも初対面で見返りも無く助けを貰えるなんて方が都合が良すぎるのだ。
でも先程のあの鬼ごっこを思い出すと動悸がしてくる。
頭も痛い。
そしてふと松永殿の真剣な眼差しと「惚れた」という言葉を思い出す。
この時代、十三、十四で嫁に行き、二十を越えると「遅い方」と言われているが、私とてそう変わらない。
それにまだ男を知らぬ。
だが、最後に宴の席で舞を披露してから何年経ったろうか。
そんなに時を経てなお、執着されることなどあるのだろうか。
師匠ならば分かるだろうか。
それに目立たぬようにしてから、そのような誘いなど、この方無かった。
今後松永殿以外に私をあぁまで欲しがる人がいようか。
悲しいかな、いなそうな気がした。
「これも運命かしら」
勝手に口をついて出た言葉に未来への望みが潰えて行くのを感じた。
元々貧しくて捨てられたのだ。
そうでなくてももう少し早く生まれていたなら女衒に買われていたろう。
売り飛ばされずここまで来たのが逆に変なのかもしれない。
しかし「なんだ、あんたも運命論者かい?」 と、隣の護衛が口を挟んた。
いつの間にか何か食ってきたのか、楊枝をしーしー言わせながら私を見てる。
あんたも、というのが引っかかる。
私の方を見もせずに彼は言う。
「松永殿も事有る毎に運命だとか宿命だとか言うのが好きな御仁でね。拙者には良く分からないけどさ?」
「私にも分かりません」
「そりゃ松永殿がわかる奴なんていないからねぇ」
すると彼は大きく伸びをする。
その体躯で有るから、私は少しばかり威圧されているような錯覚を覚えた。
少し席を離して距離を取ると、彼はフッとこちらを見て「おや、すまないねぇ」と年寄くさく言った。
「さっきはあんまりバタバタしてたんで聞きそびれちまったけど、お嬢ちゃん名前はなんてんだい? こまちゃんで合ってる?」
のんびりした口調で問われ私は答える。
本当に今更な自己紹介に適当に頷く。
茶がそろそろ飲みやすくなる温度まで達していた。
「合ってます」
「松永殿が言ってたけど白拍子かなんかなの?」
「昔の話です。あちこち回って稼いでいました。そちらは?」
「柳生宗矩。柳生新陰流の端くれだよォ」
「柳生…」
私が問うと彼は親切に素性を教えてくれた。
柳生といえば、最近名の知れている剣術の一派だ。
無刀取りという芸事と絡めて、戦では主流の槍や薙刀をおいて各地に剣術を普及させようとしているらしい。
「おじさんの親父が結構有名な人に師事してね、皆伝して新しい一派を作ったって訳。おじさんは二代目。親父が世話になってた関係で松永殿に厄介になってる」
自分の事を簡潔に述べると、通りかかった駄菓子屋から飴やら饅頭などまた買ってかぶりつく。
この体だ。
腹が減るのも早いのだろう。
それを見た腹を空かせた子供らが母親にねだって叱られている。
「まぁ、おじさんのことは良いんだよ。お嬢ちゃん、旅芸人してたのかい。何か見せておくれよ」
「急に言われてもこんな格好ですしね。そもそも芸で食ってるのにただで仕事させる気ですか」
「それもそうだ。じゃあさ、この菓子をあげるよ」
少し意地悪だったかと思ったが、この男はさっき買った饅頭を差し出して言った。
出された報酬に少し拍子抜けし彼を見つめる。
もう少し出せないのか? と。
「一つならやりません」
「じゃあ三つあげるよ」
「……」
一応そこらの舞手以上の稼ぎを今まで稼いで来た次第だ。
しかし、つい睨み付けようとして止めた。
それじゃまるで態度のでかいどら猫と変わらない。
「何故二つじゃなくて三つなんです?」
「晩飯もあるのに、その細い体で三つも食えないだろう?」
「……」
理由まで不遜である。
食えるなら食ってみろと挑発されてるみたいでなかなか腹立たしい。
こめかみがぴくりと苛立ちでか震えた。一呼吸置いて心を鎮める。
報酬は多ければ多いほど良い。
ぶっきらぼうに答える。
「まぁ、報酬としては安いですが良いですよ」
「そう? 泣け無しの小遣いはたいたんだけど。他に要件は? 笛でも吹こうか?」
「準備がいいですね」
日が沈みかけ、町に明かりが点り出す。
店主に了承を取り、店の前で騒ぐ許可を取る。
大通りは勤めを終えた人々が足早に過ぎ去り、飲み歩く者共がちらちら目に入る。
彼が笛を吹くと視線が集まる。
存外上手くて驚いた。
何だ何だとこちらに足を止めるものも何人かいた。
「お願いします」
「いつでもどうぞ」
柳生殿が楽しげに構える。
そして激しく、曲調も早い。
私の今の格好など意に介さぬので意地の悪さを感じた。
饅頭をくれてやる気はさらさら無いと言われている気がした。
だが、必ずその報酬はぶんどってやるつもりだ。
「負けるものか」と舌打ちする。
動けぬなら動けぬなりの見せ方があるというのが有る。
何より我が師は視線だけで場を支配していた。
師に及ばずとも、門前の小僧が何とやらである。
表情をおくびにも出さない師の舞は静かで、まるで湖畔のようだったが時として激流のようだった。
「たゆたう」というゆっくりとした表現でさえ、その動きはまるで力強さと躍動がみなぎっていた。
今の私は真似事でしかない。
だが、それでも良い。
道行く人々の視線はこちらに集まり、人の山が築かれる。
饅頭分の仕事にしては上出来だろうと彼に視線を送ると、そうそうに終盤に差し掛かった。
笛の音が止むと、今度は拍手と歓声が鳴り響く。
気がつけば、足元には宋銭が転がってるいたので有難く頂戴することにした。
柳生殿の呆然とした視線を無視したまま、大切な銭を拾い集める。
全て拾い終える頃には店主が品物を持って表に現れた。
柳生殿に頭を下げながら謝辞を述べていたが私は目もくれず元来た道を行く。
「いやぁ、良いもの見せてくれてありがとうございました。今晩は繁盛しそうです」
「いやいや拙者は何も」
「これはオマケです。ぜひそちらのお嬢さんと一緒にどうぞ」
にっこりと微笑んだ店主。オマケと言って渡された風呂敷の中には大きな饅頭が二つ入っていた。
***
「随分派手に遊ぶことよ」
下ばかり向いていたからか前方からした声に驚く。
視線を上げると提灯の灯りに照らされた松永殿がくすくすと笑っていた。
あれから一刻ほどは経っている。
私は視線を合わせぬように俯いた。
柳生殿は松永殿に色々言い訳をしていた。
「だってこまちゃんが踊ってくれるって言うから」
「あんまり遅いから迎えに来てやったわ。随分待っておったのだぞ。それよりお主、我輩のこまちゃんをいつから名前で呼ぶようになった?
「松永殿恐い。お嬢ちゃん、助けて」
聞き耳を立てながら「そのように執着される謂れは、こちらには無い」と他人事のように聞き流す。
だが、その執着も迷惑に近いというのに、なぜか私を見つけた時の表情に父親が娘を見る時の情を見た気がした。
松永殿の指が私の髪を撫でる。
屋敷を出る前の事もあってか、びくりと肌が粟立つ。
「ふぅむ……我輩はすっかり嫌われてしまったようだな」
「……申し訳ありません」
「謝らずとも良い。良いものも見れたしな。ただ、今後は我輩の為だけに舞ってくれたらと思っておる」
そう言いながら彼は襟や裾を綺麗に直しながら言った。
控えたとは言え、はしゃぎすぎてあちこち乱れている。
悪いところを見られたとまた俯く。
「冗談だ。風邪を引いてはいかん」
そう言うと、自分の打ち掛けをはおわせた。
気づかない内に冷えていたようで、松永殿の掛けてくれた着物が温かい。
しかしすぐにでも突っぱねて返したい気持ちでもあった。
その香りすら私を蝕もうとしている気がした。
「ありがとうございます」
「気にするな。さぁ、帰ろう」
視線を合わせず答える。
振りほどきたい衝動は押さえたまま、松永殿に手を握られ人目を避けるようにこの場を後にする。
まるで保護者のように、しっかりと手を握る彼の手は暖かい。
大股で歩くのに必死で付いていく。
柳生殿がその様子を背後から眺めて呟く。
「ほぼ初対面だってのに、なんでそんな入れ込むかねぇ」
「別に良かろう? これは我輩のものだから手を出すなよ」
「松永殿らしく無いねぇ」
「むっふふぅ……この子は特別よ」
「ふうん」
目を細めて、どこか楽しそうに柳生殿は私の顔を覗き込んだ。
「なんですか」
「良かったね、こまお嬢ちゃん。松永殿なら一生食うに困らないようにしてくれるよ。羨ましいなァ」
「…………」
人の気持ちを逆撫でするようにわざと言っているのだろうか。
それとも本気だろうか。
ニマニマと口の端が上がっている気がするのは私の気持ちがそうさせるのだろうか。
定かでは無いが、松永殿にとっては耳に心地よく聞こえたようだ。
「あぁ、死ぬまで不憫な思いはさせぬよ。願いの全てを叶えて、我輩無しでは生きられぬようにしてやるからな」
笑顔でそう言った松永殿。
私は今なんの宣言を聞かされているのだろうか。
手を握る力が更に強くなって、いよいよ振り払うのは難しいと思った。
視線がこちらを向く。
「手始めに美味いものをたらふく食わしてやるから、覚悟しろよ〜?」
私は頷いた。
もちろん特上の寿司は死ぬほど美味かった。
こんなにも美味い物を食べたのは初めてだった。
夢中で手を伸ばし、気付けば警戒もくそも無かった。
「ほれ、酒でもどうだ?」
にかっと笑った松永殿は、半ば出来上がっているようだった。
勧められるまま盃を受ける。
受けた手前飲み干したが、気がつけば舐めるような視線が頭から爪先を眺めているのに気が付く。
「むっふふぅ、ついに我輩の酌を受けたか。愛いやつめ。もっと飲め」
「ほどほどにお願いします。」
「何を申す。宗矩などはとっくに潰れとるのが見えんのか。お主も羽目など外して、我輩にハメられてしまえば良いのに」
「何も聞こえません」
「つまらんなぁ。昔のお主はもうちょっと可愛げがあったと思ったが。あの時無理矢理にでも犯しておけば良かったかのう」
そう言うと、またもう一杯。
恐ろしい言葉が聞こえたが聞かぬ振りをした。
今の松永殿には何を言っても無駄だろう。
盃が空になった松永殿が手酌をしようとするところを奪ってやった。
特に意味は無い。
傾いた
「注ぎましょう」
「これはこれは……感無量よなぁ」
松永殿の目許が優しく緩む。
とくとくと酒を注げばその中に炎が写り込んだ。
それを一息に飲み干し、また一つ酔いに呑まれた彼はまた私にも勧める。
「お主も飲め」
「はい、頂きます」
その後、数献を共にし夜も更に深まっていた。
一体何杯飲んだのだろうか。
旨い酒だった。
酒に弱いのをすっかり忘れて、私は松永殿より酔っていた。
頭がぼんやりする。
近付きたくないのに体が横になりたいと我儘になる。
辛うじてうつらうつらと船を漕ぐに
この身は逆らうことなく狙ったように、私は松永殿の膝に頭をのせていた。
意識が朦朧として寝言のように呟く。
「離してください」
「ん~、そうだな。離さぬ事も無いが、お主はきっとまた逃げ出すだろう」
「先ほどのは松永殿が悪いのです。あんな事されたら逃げたくなるのは当然です」
「さて? 我輩最近忘れっぽくてな。何をしたのか教えてくれんか?」
「ぼけた振りは止めてくださいませ」
松永殿を見る。
酔っていても分かる。
「さぁ、言ってみろ」といった表情をしている。
しかも、楽しんでいる。
女郎の姐さんなら、こんなの屁でも無いのだろう。
そもそも酒に呑まれる事自体ないだろう。
また悔しいのはこんなおじさんの膝に横たわり、酔いのせいか
その膝の上で寝返りなどして松永殿の顔を下から覗いてみる。
視線がカチリと合わさる。
頬を手のひらで挟んでみたりなどしてよくよく観察してみる。
彼はと言うとされるがままだ。
さて、若い時分はそうとう女を転がしただろうに一体どうして、この人はこんな残念でおかしな性格になったのだろうか。
「なんて、もったいない人なのだろうか」と私は目を閉じた。
今か今かと私の思考の答えを待つ目の前の御仁。
これを「良い男」と捉える私の両目を今すぐくり抜きたい気分だ。
またおかしなことに、酔いのせいかこの御仁に一泡吹かせてやりたいという欲求が
「松永殿、意地悪ですね」
「そうでなくては悪党にはなれんよ」
「どうしたらなれますか? 悪党に」
「んん~? 我輩に極意を聞くのか?」
「お聞かせ願えますか」
「そうだな……まずは……」
と、私は彼が言い切らぬ前にその口を塞いでやった。
松永殿の驚く表情に少し満足した。
彼の首を捕まえて引き寄せる。
酒でかさついた唇を舐めてそれを私の唇と重ねた。
唾液が滴る。
酒の旨味と甘みが残る口中を貪ると、喉の奥からその人独特の味がした。
喉を鳴らして飲んだ。
好きとか嫌いとかではなく、なんとなく意地だった。
そしていつの間にか体勢は逆転し松永殿の上に馬乗りになった。
襟首を掴みあげて締め上げる。
合わせた唇は離す直前に噛んでやった。
「随分積極的だな? 抱かれる気になったのか?」
痛みに顔をしかめる松永殿。
そして咳き込む。
こんな事されると思わなかったのか、動揺が見られる。
先程より顔が赤いのはきっと酔いだけではないだろう。
楽しそうに紅潮した頬と、獲物を狩る目になったのを見逃さなかった。
今か今かとどうやって反撃しようかと思っているんだろう。
でもさせない。両手で思い切り首を締め上げる。
「こうしたかったのでしょう?」
「したかったとも。だから首を絞めるのはやめてくれ。死んでしまうだろう」
「私の何がそこまであなたを虜にさせるのです。天下の弾正様が何故こんな小娘に……」
こうなれば自棄である。
いっそ一思いに殺してしまおうか?
どうとでもなれと唇を合わせたまま舌を貪る。
すると松永殿が応える。
頭がクラクラするほど上手な舌の動きに惑わされて首を絞める腕の力が緩んだ。
少し楽になった松永殿の腕が、私を優しく丁寧に抱き寄せて啄むような口付けをする。
「あなたなんか私の下で死んじゃえば良い」
自らの着衣を肌蹴させ、突起物に擦り付けるよう腰をくねらせた。
それはじわじわと反り上がり、まるで竹のしなりのように私を押し返そうとする。
これが私を貫き、腹の中をかき回して爆ぜれば子種を撒き散らして汚していくのか。
屹立していくそれは興味深く、恐ろしい。
しかし松永殿は違うようだ。
私の下腹部を愛おしげに撫でて溜息などついていた。
相手の方が一枚も二枚も上なのは承知の上だった。
その内、小さな呻き声が聞こえた。
私を見る目は熱っぽくて切ない。
一息に殺してくれと訴えているようだ。
だが、それを楽しむ余裕がこの人には有るのだろう。
好き放題されて抵抗の一つもしないのだ。児戯を見つめる寛大な大人ぶっている。
「怒らないのですか? こんなことされて」
「何故? 我輩はただ嬉しい。だが、出来ればお主の下ではなく、上で死にたいと思っただけだ」
すると、世界が反転した。
松永殿は上に覆い被さり私を見つめる。
彼の指が髪を撫で、頬を伝い、首筋に至る。
寝かされてしまうと途端に体に力が入らないものだと知る。
抵抗する力など微塵も無いというのに、御丁寧に両腕を拘束して見下ろす。
今ならその視線に何を求められても受容してしまいそうだ。
にんまりと満足そうに目を細めた松永殿。彼はこうするのがお好きなようだ。
だがやはり少し怖い。
察した松永殿が囁く。
「安心しろ、貞操まで奪いはせぬ。我輩はお主の真心が欲しいのだから。だが、くれるというなら遠慮なく貰うぞ」
そう言うと、私を連れ立って奥の間へと引きずり込んだ。
倒れ込むようにして二人密着する。
「……欲しいのでしょう? 何故そんな事を聞くのですか? 無意味なのに」
「無意味? 果たしてそうかな。我輩の心をこんなに高鳴らせるお主の仕返しには、心底参っておるぞ」
また唇が重なる。
まだ酒の味がした。
一瞬の間に口に含んでいたのか、先程より芳醇であった。
重ね合うたび、さっきと同じように喉の奥からその人の香りがした。
松永殿はしつこいほど唇を啄み「くすぐったい」と身を
口の中を弄ばれ、歯をなぞり、また舌を吸う。
息がつまる。
「我慢しろ」
彼は冷たく言う。
さっき私がしたこととほぼ変わらぬが下半身が疼く。
苦しくて、気持ちよくて自然と喘ぎ声が出た。
出会って間もないというのに、とんだ節だらな女だと思った。
昼間の自分と言い、この人は他人を狂わせる。
「気持ち良いのか? 本当に可愛いおなごよ。涙まで流していじらしいったら無い」
松永殿の体が密着する。
お互い既に羽織一枚の身だ。
口吸いだけで果てそうな私も私だが、下腹部に熱い物を忍ばせている松永殿とて同じだ。
酔いというのはとても便利だ。
知らぬ存ぜぬをあとから言えるのだから。
腹の奥が欲しい、欲しいとひくつく。
この衝動は一体何だと言うのだ。
「おっと。……なんと大胆な」
彼の首に腕を回すととても嬉しそうだった。
まさに貪り合う、という表現が合う。
私からも求め、求められ不思議な事に幸福すら感じていた。
「なんだこれは。何をしているんだ私は」
と、俯瞰する己は置き去りだった。
「名を呼んではくれぬか。久秀と」
「……久秀さま」
「ふふ。その声や視線のみで果てそうだ。口吸いだけと言ったものの、これでは堪えられるか危ういのう」
ゆっくりと身を離す松永殿に私は名残惜しさを感じつつ、それを見ていた。
しかし相変わらず体は動かず、後はなされるままだった。
酔いが回っていた。
「お遊びが過ぎたな。今日は休もう、お姫様。いずれ機会が有ればゆっくりと堪能してやる」
そう言うと、抱き抱え、いつの間に敷いたのか布団に下ろされた。
それが心地よくて自然と眠気が襲う。
「おやすみ」と額に唇が触れる。
返事よりも早く目蓋の方が早く閉じた。
借りた着物は視界の隅でしわくちゃになって泣いていた。
20171218→20180123
20171217→20180121
→2023/09/18
***↓松永邸 間取り