松永殿と恋煩い
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「こまちゃん、こまちゃーん?」
何度も呼んだが、彼女は我輩の腕の中に埋もれて静かに寝息を立てている。
揺さぶったりしてみたが、一向にこちらには意識が戻らぬ。
幼子のように安心しきった寝顔に遠い昔の息子や娘の顔が少しちらついた。
幼子は機械仕掛けの玩具のように、食事中だろうが遊び途中だろうがパタリと寝てしまう時があるが、まさにそれだと思った。
「立ったまま寝るなんて器用なお姫様だな」
最後に少しその頬をつねって見た。
平和そうな顔でされるがままである。
面白がって色々やってみようかと少し考えたが、大勢の人間が行き来する中でそれはやめておいた。
それに今は信長もいるし、先程のように下手に気を抜いて勝手な゙ことをされてはまずいと思った。
再び視線をこまに落として、その寝顔を観察する。
気の抜けた顔に苦笑した。
「うちのお姫様はしょうがないのう。どれ、おぶってやるか。優しい旦那でお主は幸せだのう」
「おやァ、こまちゃん寝ちゃったの? 松永殿、もう歳なんだから拙者が運ぼうか?」
よっこいせ、とこまを背に抱えた時だった。
後ろから、宗矩が現れた。
我輩の背に負われたこまを見て、ツンツンと頬を突いたり掴んだりして遊んでいる。
「やめんか、馬鹿者。我輩の女に気安く触るな」
「えぇっ、そんなぁ。酷いよ、人がせっかく親切にしてるのに」
「お主の親切などとっくに間に合っとるわ」
「えぇ……」
「毎度毎度人の女に手を出そうとするな」
「で、どうするの? もう一度聞くけど運ぼうか?」
「結構だ。それより元綱に言って奥の部屋をひとつ借りれぬか聞こう」
そうして、こまを部屋に運び入れる。
元綱が気を利かせて喧騒の届かない静かな客室を空けてくれた。
昔から気が利く男ではあったがこの親切はありがたかった。
その男はというと肝入りの小姓を引き連れて我輩の側に立っている。
布団の上に転がせたこまを部屋の外から見ながら元綱は言った。
「娘さんですかな。随分可愛らしい」
「いや、妻だ。確かに可愛いがやらんぞ」
「おやおや、そんなつもりは……」
ふふふ、と男が口元を隠す。
じっと元綱を見ると目が笑っていなかった。
何を考えているかなど手に取るようにわかる。
同族に対し、我輩は再度言った。
「これは我輩のだからな」
「そんな何度も言わずとも存じておりますれば。ただ、うちの息子の嫁にはこのような娘が良いなぁと。昨晩ずっと怪我人を介抱なさっていたとか。その献身ぶり素晴らしいです」
「我輩が選んだ女であるからな」
「昔から大した目利きですこと」
元綱には息子の嫁候補探しを約束し、元綱のそばに侍る小姓に多少の金銭を握らせた。
恥ずかしそうに小姓は頭を下げた。
「良かったですね。では私達は戻りますよ」
「手間を掛けたな」
「いえいえ、これぐらい松永殿のためですから。ではごゆっくり」
そういうと元綱は踵を返して行ってしまった。
去り際に「信長殿のお相手も゙お任せあれ」なんて言葉を残して。
宗矩がほう、と感心したように呟く。
「すんごい御人だねぇ。信長にあっさり鞍替えしたのも凄いけど、良く気が付くって言うかさ」
「勘違いだ馬鹿者。あやつはあっさり鞍替えなどせんわ。商売は信用だぞ。信長への助力も何度ごねられたか。我輩が金と理詰めで崩したに決まっておろうが。それにしてもまったく気が利きすぎるやつだ」
こまの寝顔を見ながら呟く。
この戦で少し痩せた頬が穏やかに緩んでいるのを確かめて、ようやく自分も一息ついた。
おもむろに隣の男に視線をやる。
欠伸が止まらぬようでさっきから間抜けな声を出している。
訝しんで見ていると奴がニヤリと悪そうに笑った。
「じゃあ、拙者も気を利かせてどっかで一眠りしてくるよ。松永殿もこまちゃんとどーぞごゆっくり」
「ほう、やっと行く気になったか」
「まぁね。松永殿だってゆっくり寝たいだろう。今回の主役に休息ぐらいあげないとね」
そしてそのまま宗矩も側を離れた。
残された我輩はこまの眠りを邪魔せぬように、そっとその隣に体を滑らせる。
うなじが目の前に来て後れ毛がこしょばゆい。
呼吸の度にこまの汗に混じり、甘い香りがした。
抱きすくめさらに鼻腔深くまで吸い込む。
なんと心安らぐことか。
そしてこの腕の中の温かさ、柔らかさの愛しいことか。
ㅡㅡㅡああ、抱きたい。
火花が下腹に灯る。
戦時の名残が膨れ上がり、とてもじゃないが窮屈そうだ。
己の欲望を遮るものはこの娘のあどけない寝姿だけである。
だが、一度猛ってしまった我が半身を止める
「すまぬなぁ……。せめて何も言えぬほど狂わせてやるからなぁ」
我ながら悪いやつよと、娘の首筋に口付けて心にも無い謝罪をした。
***
いつの間にか夕方になっていた。
やけに詳細な
まだここが夢なのか現なのか分からないままぼんやりと周りを見回す。
見た事がない天井と周囲の景色の中、文机で書を読む見覚えのある顔にほっとする。
その横顔が、炎の影に照らされて赤く色付く。
艶っぽい初老の目尻に少し見とれた。
(……久秀様)
声をかけようとしたがかすれて出なかった。
唾を溜め、飲み込んで喉を潤すも足りない。
いがいがと発声を邪魔する乾きに、しばし時を取られた。
その間頭が冴えて来て、下腹部に鈍痛があるのを認めた。
触れる。
そこで初めて、着衣が無いことを認めた。
(……夢では無かったか)
まだジンジンと疼く女の部分に手をやると、くしゃくしゃにされ、いくらか柔らかくなった懐紙が押し込まれていた。
抜いては不味いだろうと悟る。
それを取れば腹の奥の久秀様の残渣が溢れてしまうのだろう。
現に今も菊座の方に垂れて来ようとしている。
懐紙を当て直し、ゆっくりと体を起こすと、久秀様がやっとこちらに視線を寄越した。
「まだ寝ておれ。風呂の準備もまだだ。それとも何か気になるか?」
そう言われて頷く。
文机の上に水の入ったであろう湯呑みがあったのでそれを指さした。
得心した久秀様が苦笑した。
「あぁ、水か? 待て、ここにはない」
すると傍らの水差しを持ち、傾けた。
静かな空間にコポコポとおどけた音がした。
「随分叫んでいたからなぁ…。喉がやられたろう。無理をさせたな」
やっと手に入れた水を一息に飲み下す。
少し生ぬるいが貰えるだけありがたかった。
するりと打掛がはだける。
視線が刺さり、射抜く。さっとかけ直そうとすると「そのままで」と制止がかかった。
久秀様は頬杖をついてこちらを観察している。
嫌だとは言わせない気だ。
「お主の肌は白くて綺麗だなぁ……」
腕がこちらに伸ばされる。
あと少し届かない。
チッと悔しそうな舌打ちが聞こえた。
その瞬間彼はずいっと近付く。
目の前に鎮座し直し、しばし久秀様はその手の平で乳房を弄んだ。
持ち上げるようにしたり、乳首を爪弾くと、ジンジンと小さな快楽の波が寄せてきた。
身をよじると、久秀様はより一層執拗になり、しゃらくさいとでも言うように最後は顕になった乳房に吸い付いた。
重さがかかり、背後に倒れ込んだ。
久秀様が上目遣いにこちらを見つめていた。
そんな目で見られたら恥ずかしいですよ、と言わんとするも有無を言わせぬ態度で、むしゃぶりつく。
視線だけがこちらを向き、反応を伺って楽しんでいるのが分かる。
焦らされるような的を得ない感覚にまた身をよじる。
「……可愛らしいなぁ」
少し訛った口調で耳元で囁かれた。
そのせりふと声、耳元への吐息にたまらなくなったのは私だった。
「久秀様、もっと……ちゃんと」
ちゃんと触って欲しい。
そう思った矢先である。
廊下の奥から足音が聞こえて来た。
しばし手を止める。
障子を挟んで向こう側から少年の声がした。
「松永殿、湯が準備出来ました。よろしければ冷める前にと、女中が仰せです」
「あいわかった。すぐ参ろう」
答えると足音が去る。
気配が消えたところで久秀様と目が合う。
楽しげな瞳が半月の様に弧を描いていた。
頬を挟むようにして両掌が私を包む。
突然途絶えた甘い痺れに体が憤慨する。
空っぽの下腹を早く満たせと頭に命令している。
それを知ってか知らずか久秀様は私を見つめるだけである。
「ちゃんと、とはどう言う意味かな」
「わかってらっしゃるくせに」
「言ってみたまえ」
わかっているくせに相変わらず意地悪な御人である。
ゆっくりと久秀様の腰に脚を絡めてより密着する。
そのまま下から腕を伸ばし彼の反り立った陰部の根元を優しく撫でた。
熱くて硬くて、私の胸はまた期待に染まる。
そのまま柔らかな袋まで撫で上げ、上下させると彼の腰も震えた。
辛抱ならないのはお互い様であると察した。
少し情けない吐息が耳元で零れたので、このまま愛撫し続けた。
「ね、早く、久秀様をください」
「我輩の何を?」
「早く下さらないと、奪っちゃいますよ」
「そうはさせるか。奪うのは我輩だ。それに風呂の冷めぬうちに終わらせたいしな」
そのまま耳たぶを噛まれた。
悲鳴が意図せずこぼれた。
目の前の悪党は立場を明確に提示できて満足そうに笑っていた。
私は久秀様の背に腕を回して自らの雌を、屹立した雄にあてがった。
そのまま「ここです」と囁くと堰を切ったようにして久秀様が覆いかぶさった。
***
一方信長率いる織田の兵は朽木元綱の計らいで続々と安全に国に帰る始末をつけていた。
秀吉と利家、そして後から合流した柴田勝家なども身支度を済ましていた。
利家が勝家の隣で言った。
「叔父貴、無事で良かったぜ。散り散りになった時はもう二度と会えないかと思った」
「ふん、何を弱気なことを。それよりもさっさと支度をせんか。さっさと帰って自分の女を安心させてやれ」
「おまつなら大丈夫だ。俺は絶対死なないって分かってるからな」
「その余裕が命取りにならぬよう励め。帰るまでが戦ぞ」
「分かってるさ。それより叔父貴、秀吉のやつは見なかったか?」
「わしが知るはずもなかろう」
そう言いながら勝家は黙々と支度した。
利家は急にいなくなった秀吉を、辺りにいるやもと見回して探したが見つけられなかった。
だが、すぐに話題を変えて勝家に出来事を報告した。
「そういやよ、信長様が俺らに労いの言葉をくれたんだぜ。珍しいよな」
「珍しい、か。武功を立てた者を褒めるのは主君としての当たり前だが。確かに信長様は口数が少ないからな」
「叔父貴もなんか言われたのかい?」
「いや……だが、さっきすれ違った時いつもより楽しげであったな」
「そうなのかい?」
「農民どもに混じって耳を傾けておった。一目見ただけでは殿だと気付かなかったな」
「へぇ、なんかあったかな」
「さあな。わしらには預かり知らぬことよ」
そして二人はまた作業に戻った。
昼時になると朽木の元で働く給仕の少年たちが彼らに握り飯を勧めた。
食事にありつくと、また別の話題が次々と出てくるもので、今までどんな話をしていたかなど忘れてしまった。
そして秀吉はと言うと、知機の友の隣にいた。
雑賀孫市である。
鉄砲集団、雑賀衆の棟梁でめっぽう女たらし。
昔から女好きな秀吉と気が合うのは必然で、再会に嬉しそうに肩を抱いた。
「孫市! ひっさしぶりじゃのぉ! 元気にしとったか?」
「秀吉じゃねぇか。見ての通り稼がせて貰ってるぜ」
「ははっ! 景気が良さそうで何よりじゃ」
秀吉は孫市の肩をバンバン叩いてお互いの近況を報告した。
もちろん戦のことが大半だが、合間合間に女の話が出るのはご愛嬌である。
そこで孫市はこんな話をした。
「都にはよ、すっげぇ色っぽい女がわんさかいるのよ。でも顔の作りとかじゃないんだよな。仕草なんだよ。やっぱ田舎とは違うぜ」
「かぁ、やっぱり違うか! 行ってみたいのう! いい女抱きたいのう」
「ははっ! だがあっちの女は高いぜ。なんせ顔だけじゃなくて品とか教養が付いてくるからな。お前はねねちゃんがいるんだから自重しておけよ」
「痛いところを付くのう。まぁ、いい女ならわしも知っとるでな」
「お、秀吉のお眼鏡に叶う女人たぁ気になるね。もちろんお市様以外、だろ?」
「あぁ。あんまり接点はないんじゃがな、それこそお前さんの言う雰囲気が美人ってやつじゃろうな。多分今もここにおられるじゃろうよ」
「はぁ? 女がなんでこんな戦場にいるんだよ」
「旦那が酔狂やから連れてこられたんだと 。さらに言うと信長様にも気に入られとるとか」
「ほう、そりゃ気になるね。この雑賀孫市、狙った女は逃がさないぜ」
「やめとけ、やめとけ。わしらの類いは相手にしちゃくれんわ」
「ますます気になるねぇ。どこの奥方だい?」
孫市が期待に胸をふくらませている。
その目の楽しそうなこと。
好奇心が瞳に光を宿している。
秀吉は少し後ずさった。
「一応他人の奥方やしなぁ……それに旦那はめっぽう怖いで」
「障害は多い方が燃えるだろ」
「信長様も肝いりの方やって、さっき言ったし……」
「その信長様は俺の主では無いだろ。俺には関係ないね」
なかなか引かない女たらしにさすがの秀吉も少したじろぐ。
こと女のことになると、この男は少々どころかかなりの自信過剰で困る。
だが言った手前黙っていてもしつこく詮索されよう。
めんどくさいが勝ってしまうのは人の
つい口を滑らせていた。
(まぁ、織田の者はみんな知っとるし、えぇじゃろ)
そのような秀吉の考えが後に更に面倒を呼ぶとはこの時思ってはいなかった。
秀吉にその御仁がいる場所を案内された孫市はただ期待を胸に心躍らせた。
遠目からその人がいるという居室を眺める。
その人の夫と思しき人の声と近習の影が映る。
今か今かと垣間見えた女人に、孫市は目を見張る。
秀吉が何故か誇らしげに「どうじゃ? 美人じゃろ?」とのたまう。
「まじかよ」
「わしの女の目利きはどうじゃ? 上等か?」
「……お前やっぱ最高だぜ。ちなみにあの女性の名前は?」
「さて……たしかㅡㅡㅡ」
秀吉が記憶の奥から絞り出した女人の名を口にすると「……へぇ」と得心したように頷く。
それから秀吉は孫市の鋭い目付きに驚いた。
また、その口元が今まで見たこともないほど楽しげで意地悪そうに弧を描くのもしっかりと。
今の彼はまるで上等な獲物狩るために周到に準備する狩人のようであった。
「どうしたんじゃ? お前さん」
「秀吉、俺はちょっと行ってくる。また後でな」
「は? えぇ? お、おい! 孫市!」
呼びかけるも、その脚は風の様に早く、彼の目にはもう友の姿は見えなかった。
今の顔は一体何だったのかと呆気に取られ、しばし宙を眺める。
それから「なんや薄情なやっちゃな」と零して、 一人残された彼は元来た道を静かに帰って行った。
***
ピチャンと水滴が跳ねた。
夢現でぼんやりした眼を開けると、白い湯気がたっている。
ほこほこと体が温まり本当に極楽の
背後には久秀様がいる。
こちらも心地いい湯加減にいびきなどかかれている。
壁を1枚隔てて護衛の宗矩殿が私を呼んだ。
「ねぇ、こまちゃん。いつまで松永殿と入ってるのさ。いい加減その人叩き出して、拙者と入ろうよ」
「入れるわけないでしょう。今行きますから待っていて下さい。」
「ちぇー」
残念がって見せてはいるが気のなさそうなむくれた返事で彼は「わかったよ」と答えた。
私も身を捩り、久秀様の肩を揺らす。
急に夢から引き上げられた彼はビクリ、と電流が流れたような反応をした後、薄目を開けて私を見つけた。
「なんだ、こま……今いい夢を見ていたのに」
「申し訳ありません。でものぼせてしまってはずっと夢から帰って来れませんよ」
「お主を抱く夢なら良かろう」
「倒れてから宗矩殿に横抱きにされたいんですか」
「……さっさと上がるかな」
渋々了承し、溜息をつく久秀様。
まず私が湯船から上がり、手を差し伸べる。
その後久秀様が体勢を直し、我が手を取って脚をあげる。
案の定少しふらつき「危ない危ない」と困ったように小さく笑う。
「はぁ、我輩も年だなぁ……。そのうちちょっとずつ衰えて来て下の世話までこまちゃんにしてもらったりするのかな。あぁ、ヤダヤダ」
自嘲というより自虐に近い物言いで彼は呟く。
それが少し面白い。
しかも反応をうかがう様に大袈裟に泣く素振りまで見せるから一端の演者のようであるなとも思う。
腰掛けに座らせて手ぬぐいで水滴を拭ってやりながら笑った。
「はい、下の世話をさせてくれるぐらい長生きしましょうね」
「糞尿を垂れ流して生きるなどごめんだ」
「あと十年ちょっとでならないとも限りませんよ」
「たった十年じゃないか。嫌気が差すわ」
「良いんですよ。ボケてなければ」
あらかた拭き終わり、次は着衣するように促す。
私も濡れた体を拭き取り手早く
久秀様はと言うと面倒くさそうにゆっくりと動き出す。
だが、だんだん動きが鈍くなり、しまいには手を止めてしまった。
何があったのかと、その顔を覗き込む。
まさかほんとにのぼせてしまったのだろうか。
心配していると目が合う。
彼はそんな私に苦笑した。
「ボケてた方が幸せになれるんだろうなと思っただけだ」
「考え過ぎてお辛そうですものね」
「辛そうに見えるか? だがこれは産みの苦しみというやつだ。悪事は楽しいぞ?」
「ならその楽しいお話を沢山聞かせてくださいな」
やる気のない久秀様の手前に来て、至れり尽くせり世話を焼く。
しかし「話を…」と促すと久秀様はされるがまま目に光を集め、本当に楽しそうにこれまでの悪事を誇らしげに語った。
主に謀略で他人を貶めたり殺したりした話だが、まるで小さな子供のようで、男はいくつになっても無邪気なのだな思いつつ、その自慢話を聞き流した。
「さぁ、終わりましたよ。宗矩殿がお待ちですから参りましょう。楽しいお話はまた後で」
「こまちゃんは我輩の話が気に入ったか? よしよし耳元でいくらでも聞かせてやるから、覚悟しろよ〜」
すっかり機嫌を直した久秀様の後ろを付いて行く。
戸を開けると、待ちくたびれた宗矩殿が「遅いよォ」と不満を漏らした。
「たく、二人して楽しそうにしちゃって妬けちゃうなァ」
「うるさいのぉ。お主は我輩の自慢話に付き合っちゃくれんだろうが」
「お爺ちゃんの話って長いし、何遍も繰り返すから飽きちゃうんだよねェ」
「我輩を年寄り扱いするな!」
憤慨する久秀様を「まぁまぁ」と宥める。せっかく落ち着いたのにまた一からである。
その上、下らない喧嘩を見ていたら腹が鳴った。
あからさまに不機嫌な顔つきになって抗議する。
「二人ともそれくらいにしましょうよ。もう私お腹減りました。喧嘩ばっかりしてるなら私、他の人のところに行っちゃいますから」
「信長様とか」と、言いつつすたすたと歩き出し、溜息をつく。騒がしかった声が少し鳴りを潜めたあと久秀様の情けない声がした。
「それだけはダメ! 冗談でもダメ!」
それからがっちりと私の右手を握って離してくれなかった。
居室への通りをずんずん進み、男と見れば噛みつきそうな様相である。
それから宗矩殿が呆れたような声音でボソリと呟く。
「年寄りは執念深くて嫌だねぇ」と。
2023/09/16(11:07)