恋煩いのコンテ集
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後ろを振り返ると町の提灯の灯りに照らされた松永殿がいた。
あれから一刻ほどは経っている。
私は視線を合わせぬように俯いた。
「こんなところにいたのか…随分探し回ったのだぞ」
小さな溜め息が聞こえた。
探し回ったというのは本当のようだ。
足袋の爪先が泥で汚れている。
そのように執着される謂れは、こちらには無い――どちらかといえば迷惑に近い――というのに、なぜか私を見つけた時の安堵の表情を見たら、心配をかけてしまったというばつが悪い心境になった。
「申し訳ありません」
「謝らずとも良い。
それより随分派手に動き回ったようだな。
あちこち肌が見えておる。
むっふっふう、うぶなことを言いつつ、大胆よの。
この白い肌は我輩を誘っているのかなぁ?」
「違います。これは…」
急いで着物を正す。
はしゃぎすぎてあちこち乱れている。
悪いところを見られたと俯く。
「くくくっ、冗談だ。風邪を引いてはいかん」
そう言うと、自分の打ち掛けをはおわせた。
気づかない内に冷えていたようで、松永殿の掛けてくれた着物が温かい。
しかしすぐにでも突っぱねて返したい気持ちでもあった。
「あ、ありがとうございます…」
「気にするな。さぁ、帰ろう」
視線を合わせず答える。
振りほどきたい衝動は押さえたまま、松永殿に手を握られ人目を避けるようにこの場を後にする。
まるで保護者のように、しっかりと手を握る彼の手は暖かい。
しかし途中、何故か観客からのおひねりを集めている柳生殿に出くわした。
「おや、松永殿。わざわざこの子を探しに来たのかい」
「あぁ、これは我輩のものだからな」
「へぇ…」
観客からのおひねりを柳生殿が受け取りながら頷いた。
「こんなに誰かに入れ込むなんて珍しいね」
「むっふっふぅ……この子は特別よ」
「ふぅん。女にうるさい人がねェ。
良かったね、こまお嬢ちゃん、松永殿なら大事にしてくれるよ」
それから「はいよ」と集めた金子(きんす)の半分を私にくれた。
「俺からの御祝儀。
あぁ、残りは俺の笛代ってことでいいかい? 今月厳しくてね」
「……」
そう言うと、柳生殿は大きな刀を引っ提げて、夜の町に消えていった。
私が茫然としていると、松永殿が隣でクスクス笑っていた。
「小僧のくせに、あやつもなかなか粋なことをしよる」と。
帰ってからは風呂を勧められた。
松永殿に「一緒に入ろうか」と言われたが丁重にお断りした。
だって何をされるか分からない。
ただ、着物については申し訳ないことをしてしまった。
考えなしに動いた私が完全に悪い。
いくら松永殿が変態でも、人の大事なものを汚してしまったのだ。
いくら使うものがいないと言えども私のものでは無いのだからそれを汚す権利は無い。
「あぁ…私のバカ…」
溜め息を付く。これを脅しに使われたら、きっと抵抗出来ないと思った。
風呂から上がると、縁側で松永殿が待っていた。
「やっと出てきたか。ほれ、酒でもどうだ?」
にかっと笑った松永殿は、半ば出来上がっているようだった。
私は恐るゝその横に腰をおろした。少なからず距離を取る。
舐めるように頭から爪先を眺める。
「むっふっふぅ、湯上がりのお主も艶っぽくて良いの~」
「恥ずかしいことを言わないで下さい」
「何を申す、これは誉め言葉だ。現に我輩の息子はお主に反応して元気に…」
「何も聞こえません」
「冗談だ」
そう言うと、またもう一杯。
おちょこが空になって松永殿は手酌をしようとするところを奪ってやった。
特に意味は無い。
傾いた徳利(とっくり)が器まで遠いと思っただけだ。
「私が注ぎます」
「これはこれは…嬉しいことよ」
松永殿の目許が優しく緩む。
おちょこに、とくとくと酒を注げばその中に月が写り込んだ。
それを一息に飲み干し、私にも勧める。
「お主も飲め。我輩の酌で良ければな」
「はい、頂きます」
その後、数献を共にし夜も更に深まっていた。
一体何杯飲んだのだろうか。
旨い酒だった。
酒に弱いのをすっかり忘れて、私は松永殿より酔っていた。
頭がぼんやりする。
近付きたくないのに体が横になりたいと我儘になる。
辛うじてうつらゝと船を漕ぐに止まるが、松永殿が一気に引き寄せるとこの身は逆らうことなく倒れた。
「松永殿、申し訳ありません…着物、汚してしまって」
狙ったように、私は松永殿の膝に頭をのせていた。
意識が朦朧として寝言のように呟く。
「んん~、そうだな。
許さぬ事も無いが、お主はきっとこう言うとまた逃げ出すだろう」
「逃げ出すも何も、先ほどのは松永殿が悪いのです。
あんな事されたら逃げたくなるのは当然で…――」
「さて? 我輩最近忘れっぽくてな。
何をしたのか教えてくれんか?」
「それは…」
松永殿を見る。
酔っていても分かる。「さぁ、言ってみろ」といった表情をしているのが。しかも、楽しんでいる。
女郎の姐さんらなら、こんなの屁でも無いのだろう。そもそも酒に呑まれる事自体ないだろう。
また悔しいのはこんなおじさんの膝に横たわり、酔いのせいか靄(もや)まで掛かって思いの外良い男に見えるということだ。
若い時分はそうとう女を転がしただろうに一体どうして、こんな残念でおかしな性格になったのだろうか。
なんて、もったいない人なのだろうかと私は目を閉じた。
今か今かと私の答えを待つ目の前の変態を「良い男」と捉える私の両目を今すぐくり抜きたい気分を押さえて思うのはこの御仁に一泡吹かせてやりたいという欲求だった。
「松永殿、意地悪ですね」
「そうでなくては悪党にはなれんよ」
「どうしたらなれますか? 悪党に」
「んん~? 我輩に極意を聞くのか? それは…――」
私は彼が言い切らぬ前にその口を塞いでやった。
松永殿の驚く表情に、少し満足した。
彼の首を捕まえて引き寄せる。
酒でかさついた、唇。
それを私のと重ねた。
唾液が滴る。
酒の旨味と喉の奥からその人独特の味と甘味がしたので喉を鳴らして飲んだ。
好きとか嫌いとかではなく意地だった。
いつの間にか体勢は逆転し松永殿の上に馬乗りになった。
襟首を掴みあげて締め上げる。
半ば不機嫌に口上申し上げる。
合わせた唇は離す直前に噛んでやった。
「こうやったの、覚えてます?」
痛みに表情をしかめる松永殿。
こんな事されると思わなかったのか、動揺が見られる。
先程より顔が赤いのはきっと酔いだけではないだろう。
「そうだったな。思い出した」
「それもうぶな娘を捕まえて二度も」
「だから大事にすると言っただろう?
あぁ、我輩が悪かった。
悪気は無かったのだ。
だから首を絞めるのはやめてくれ。死んでしまうだろう」
「私の事、愛玩とかなんとか――それが私の仕事なのですか」
こうなれば自棄だ。
どうとでもなれ。
男と女がよらばすることは一つ、と昔から言うではないか。
きっとなんとかなる。
相手も私にその役目を期待しているなら、半時後にはその結果が私の身に刻まれるだけだ。
何せ、酔いの勢いが有るのだ。
ただ悲しいのはこの人が最愛ではないと言うことだ。
「あなたなんか私の下で死んじゃえば良い」
自らの着衣を肌蹴させ、突起物に擦り付けるよう腰をくねらせた。
それはじわじわと反り上がり、まるで竹のしなりのように私を押し返そうとする。
これが私を貫き、腹の中をかき回して爆ぜれば子種を撒き散らして汚していくのか。
屹立していくそれは興味深く、感慨深い。
相手の方が一枚も二枚も上なのは承知の上だった。その内、小さな呻き声が聞こえた。
私を見る目は熱っぽくて切ない。
一息に殺してくれと訴えているようだ。
「怒らないのですか? こんなことされて」
「何故? 我輩は嬉しい。
だが、出来ればお主の下ではなく、上で死にたいと思っただけだ」
「おかしな人ですね」
すると、世界が反転した。
松永殿は上に覆い被さり私を見つめる。
寝かされてしまうと途端に体に力が入らない。
抵抗する力など無いというのに、御丁寧に両腕まで拘束した。その場の雰囲気だろうか。こうするのがお好きなようだ。
「安心しろ、貞操まで奪いはせぬ。我輩はお主の真心が欲しいのだから。だが、くれるというなら遠慮なく貰うぞ」
「欲しいのでしょう? 何故そんな事を聞くのですか? 無意味なのに」
「無意味? 果たして、そうかな。我輩の心をこんなに高鳴らせるお主の仕返しには、心底参っておるぞ」
小さく楽しげに口角を上げる松永殿。唇が重なる。また酒の味がした。重ね合うたび、さっきと同じように喉の奥からその人の香りがした。松永殿はしつこいほど唇を啄み、「くすぐったい」と身を捩(よじ)れば、今度は舌を絡ませ、吸い遊ぶ。口の中を弄ばれ、歯をなぞり、また舌を吸う。息がつまる。
「我慢しろ」
彼は冷たく言う。
していることは、たったこれだけだと言うのに、下半身が疼く。
苦しくて、気持ちよくて自然と喘ぎ声が出た。出会って間もないというのに、とんだ節だらな女だと思った。
昼間の自分と言い、この人は人を狂わせる。
「気持ち良いのか?」
「答える義理はありません」
「本当に可愛いおなごよ。涙まで流していじらしいったら無い」
松永殿の体が密着する。お互い羽織一枚の身だ。
口吸いだけで果てそうな私も私だが、下腹部に熱い物を忍ばせている松永殿とて同じだ。
酔いというのはとても便利だ。
知らぬ存ぜぬをあとから言えるのだから。
腹の奥が欲しい、欲しいとひくつく。
この衝動は一体何だと言うのだ。
「おっと…なんと大胆な」
彼の首に腕を回すととても嬉しそうだった。
まさに貪り合う、という表現が合う。
私からも求め、求められ不思議な事に幸福すら感じていた。
なんだこれは。
何をしているんだ私は、と俯瞰する己は置き去りだった。
「名を呼んではくれぬか。久秀と」
「久秀さま」
「ふふ。
その声や視線のみで果てそうだ。
口吸いだけと言ったものの、これでは堪えられるか危ういのう」
ゆっくりと身を離す松永殿に私は名残惜しさを感じつつ、それを見ていた。
しかし相変わらず体は動かず、後はなされるままだった。酔いが回っていた。
「お遊びが過ぎたな…今日は休もう、お姫様。
いずれ機会が有ればゆっくりと堪能しよう」
そう言うと、抱き抱え、いつの間に敷いたのか布団に下ろされた。
それが心地よくて自然と眠気が襲う。
「おやすみ」
返事よりも早く目蓋の方が早く閉じた。
20171218
20180123