恋煩いの短編集
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虚しさが残った。
襖一つ隔てて、積み上げた物が跡形も無く散って行ったかのようだった。
しかし、何を嘆いたところで今更であった。
闇よりもさらに黒い感情が胸の内を支配する。
怖いと思った。
月明かりが己の無様で愚かしく、決して伝わらぬ献身を露(あらわ)にしていくのが恐ろしかった。
*
触れると温かく、柔らかい。
何度でもそれに接したいと思った。
大人しくなるかと思われた欲望は、盲(めしい)が光を求めるように日を追う毎に強くなるばかりである。
それを何とか押さえつけ、自分と折り合いをつけ、受け入れてくれるまで待とうかと思った。
しかし、こうやって待つ間にこまは言った。
「久秀さま、嫌です。放して」
いつもと変わらない。
何が気に食わないのか。
我輩がその身を撫で回すのが嫌ならばそれはそれで最初から言えば良い。
だが、どうやら違う。
京に来る前はそんなことは殆んど無かった。
明確な拒絶など久しぶりであるから、我輩は意味が分からぬままその願いを受け止めるしかなかった。
夜は静かだ。
こまが飯を炊き、我輩はその背を眺めた。
相変わらず無心に作業する様に見とれる。
それから共に飯を食う。
談笑し、穏やかな時が流れた。
風呂なども、もしやと思って誘った。
しかしそればかりは微笑のみで躱された。
「恥ずかしいから、だめです」
不穏な気配など微塵も感じなかった。
いつも通りの柔らかな優しい声音だった。
我輩の思い違いだろうかと思った。
朝になり宗則が訪ねて来た。
毎度の事だ。気にも留めぬ。
我が物顔で茶など要求するから、こまに頼んで淹れてやった。
しかし、何を思ったかこまを貸してくれと急に言い出した。
「ねぇ、お願いだよ松永殿ォ。
たまには拙者にも女っ気を分けて欲しいだけだって」
「だめだ。お前がここに来れば良いだけの話だろう。
こまちゃんを連れ出すのは許しません。
どこの馬の骨に襲われるか気が気で無いわ」
「またまたァ。そんなこと言って自分一人になるのが寂しいんでしょ。
大体、拙者と一緒にいて襲われる方が確率は低いと思うけど。
良い年したおじさんがカッコ悪いよォ?」
「言わせておけば……コイツは。
好きにすればよかろう」
頭痛がする。
半ば呆れてしまい、いつものしつこさに負けたことに溜め息した。
こまにその事を伝えたら、少し困ったように笑った。
「柳生殿のお誘いですか?」
「あぁ。あの小僧にも困ったものだ。
面倒になったら帰って来るんだぞ」
「久秀さまはご一緒しないのですか?」
「我輩には仕事がある」
こまが首をかしげた。
しかし「分かりました」とだけ言うと、彼女は身支度をして小僧と出ていった。
残された我が身だけが、巣立つ小鳥を見送るような寂しさに晒されていた。
小僧の言う通りで、情けなかった。
誰もいなくなった部屋に一人。
無意味で狂おしいほどの静寂。
そんな中、ふと、信長の顔が浮かんだ。
--無明
あの男はいつだって運命や宿命を力で捩じ伏せていた。
無明、無価値と言いながら切り捨てる。
小僧の癖に世の中枢を支配する手腕。
男の高笑いがした。
つい何年か前はそこに座して同じように高笑いしていたのは自分だった。
だからこそ、あやつの姿は自分自身に重なるのだろう。
「気に食わん」
女には袖にされ、若造には良いように世を乗っ取られ、今まで築いてきた自尊心なるものが音を立てて崩れていく気がした。
そう思うや、書斎に引きこもり夢中で筆を取った。
右筆時代の名残で背筋を伸ばして、中弛みをせぬように心血を込めた。
矜持など持っていても何も得られぬ。
へりくだる自分の書面にいつもなら苦笑も出ようが、憎い男を蹴落とす為ならばそのような恥など殆んど塵の様だと思った。
*
「久秀さま」
水に浮かぶような心地の中で、自分を呼ぶ声は顔を見なくてもわかった。
側にいる。
この背に手を置き、労るように撫でた。
温かく、ずっと触れていてほしかった。
その手を取った。夢中で抱いた。
疲れているのか、気だるさがのし掛かったが気にならなかった。
泡沫のような時だった。
「久秀さま、嬉しい」
施すもの全て、余すところとなく受け入れて、そう言う。
愛しいと思った。
狂おしいほどの愛欲の波が胸に激動をもたらす。
このまま二人溶けてしまいたい。
肉塊を細かく刻み込み、二人分の塊を一つにしよう。
魂さえも一つにして一生一緒にいよう。
しかし、そんな甘美な妄想を抱きながらまた若かりし頃の悪癖が出た。
そう言えば「塊」と「魂」とは字面も良く似ているな、などと思って途端に苦笑した。
と、同時に得心した。
我輩とこまの肉塊が溶け合って一つになるから、次の新しい魂が出来上がるのか。
今までも幾人もの女と交わり、そして孕ませて産ませた。
しかし、そんな風に強く意識したのは御主を除いて他にはいない
そうやって意識が明快になる内に我が身は深い深淵に囚われる。
股関の間で硬く屹立したそれを薄ぼんやりとした頭で感じながら、目を開けた。
--夢。
道理で現実味が無く、霞の中にいるような浮遊感があったのかと。
ただ、年甲斐もなくこうも夢事に惑わされて反応するなど、身の程の愚かさに誰に恥じるでもなく赤面した。
愛用の唐物の机の上には、いつの間にか書き終えていた文が乱雑に散らばっていた。
あわよくば願い通りになればよい。
浅はかな期待を胸に、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「あぁ……」
それにしても良く寝た。
欠伸と共に涙が出た。
それと同時に腹が鳴った。
突っ伏して寝ていたため腰が弱冠痛んだ。
その重だるい体を動かすと、あちこち節目からパキパキと音がなった。
そしてごく自然に口が開いた。
「こまちゃん、腹が……」
--腹が減った。
言いかけて口をつぐんだ。
いつもならそこにいるはずの者は今日はいないということを忘れていた。
仕方なく起き上がって庖厨に立ちあがった。
久々に行う料理は丁寧さとはおよそかけ離れている。
元々めんどくさいものだが、自分に食わせるものに縒(よ)りをかけて行うのも何だかバカらしくて、適当に湯をわかして突っ込むだけの有りがちなものにした。
気付いた頃には自分一人で喰うにはあまりに多い具材に戸惑った。
それに突っ込んだは良いものの、今すぐ何かを腹に入れたい。
昨日の残りを漁って、それを含んで咀嚼した。
やはり、こまを小僧の元に行かせたのは間違いだった。
こんなに腹が空くなんて思いもしなかった。
こうやって残り物を漁っていると、自分が乞食か何かのように野生じみて来る気がした。
「久秀さま、帰りました」
そこへ調度よくこまが帰ってきた。
見られていたのかと思い、少し動揺した。
それと同時に安堵した。
彼女は鍋の中身をちらと見て苦笑していた。
多すぎる具材と我輩を交互に見て、笑んだ。
少しばかり話し、一緒に飯を食いたいと申し出があった。
承諾し味見を勧めると、旨いと褒められた。
それには我輩も気をよくした。
しかし、途中で「意地悪」と言われてなんの事かと彼女を見た。
よくよく聞けば我輩の方が飯を作るのが上手だとかなんだとか言う。
こまの舌に合うものを作れていると思えば満足ではあるが、我輩は自分が作る飯など味気ない。
好いた女が我輩のために作ってくれたと思うから味気も色気も出るのだ。
もっとも飯よりもこまを美味しく頂きたいと思っているのだがと伝えると、苦笑したこまに言われた。
「その台詞、さっき柳生殿にも言われましたよ。
主従だからって、二人でからかわないで下さいよね」
からかってなどいないのだが、彼女は分かっていない。
我輩も宗則も冗談は好きだが、そんなことを興味の無いものには言わないのだ。
厄介だ、と少しばかりめんどくさい事になりそうだと頭を抱えた。
しかし、一応同じ家に住み、同じ飯を食い、背中を流し合う関係まででは有るのだから間違いなく我輩の方が分がある。
別に宗則に嫉妬した訳では無いが、こまにそれとなく意地悪な質問をぶつけると途端にあわあわと挙動不審となった。
「こまは可愛い、可愛いなぁ」
本心からそう思い、抱き締めたい衝動に駆られる。
押さえきれずに臀を掴むと、痛みが走った。
耳まで真っ赤になったこまに手甲をつねられた。
「ひどいな、うちの奥さんは」
冗談まじりに笑うとこまは少し困ったような嬉しいような、複雑な表情をした。
照れたように顔を手で隠したこまを我輩は、遮る。
そして一瞬の間。心臓の音がした。
--どくん。
恥ずかしさに潤んだ瞼。林檎のように赤い頬。
何よりもこの困惑し、下がった眉。
その表情がとてもそそった。
泣き顔のようで、何とかしてやらなければという庇護欲が掻き立てられる。
それと同じくしてもっと泣かせたいと思いもした。
支配欲が沸々と沸き起こって来た。
「もう……久秀さまなど知りませんから」
そのまま背を向けてしまうこまに我輩は問いかけた。
飯はどうする? と。
しかし振り向きもしないで、勝手にしろと言われてしまい、我輩はとっさに繋ぎ止めた。
「あ……」
想像していなかったのか、彼女は目を白黒させて硬直した。
我輩は問いかけた。
裏切り者への尋問の様だと思った。
「……昨日もそうだった。何故遠ざけようとする?」
我輩が問いかけると、恥ずかしげに顔を背ける。
心底拒絶などしていないのは分かるが、こまが我輩から離れたがっているのは感じた。
しかもさっきまで宗則と一緒にいて、その身を頂戴するとか言う宣戦布告を受けてのほほんとされるのも癪に触った。
自分で言うのもなんだが、気持ちが丸くなったと思った。
しかし、ことこの女に関しては沸点が低い。
何故か解らないがやはり「愛」とか言う人を愚かにさせる感情のせいかと思った。
「久秀さまが……恥ずかしいことを言うからです」
「だから我輩を拒絶するのか?」
「別に拒んでなど……。
でなければこんな風に触れられて良いはずがありません」
「だが、実際にそう感じている。
我輩はなんだ? ただの変態な主君か?
仮にもお前という女を欲しがる男だぞ?」
それから一頻り問答をし、ああでもないこうでもないと弁明しようとする。
しかし、そのうち面倒になった。
舌打ちした。
「体を撫で回すのは良いくせに、言葉一つで拒絶されてはたまらん」
「そんなことは……」
こまは気付いていないだろうが、声を荒げぬ代わりに静かな怒りが押し寄せてきた。
当の本人は困惑の表情を浮かべるもののいつものように笑って「申し訳ございませぬ」と意に介さない。
いつもの戯れ事だと思っているのだろうし、我輩も何故このように怒(いか)っているのか不明だ。
しかし身を焦がす衝動に駈られて仕様がないのだ。
いったい何故?
解らない、全く理解出来ない。
だからこそ体が正直に動いてしまうのだろうか。
「もう、うるさい。大人しくしていろ」
思った以上に冷たい声音が出て自分でも驚いた。
びくりとこまの体が一瞬震えた。
我輩は彼女を押さえつけて、それから感情を解き放つように、ありったけの気持ちを込めて長い口づけをした。
何故か、とても久々な様だと思った。
こうやって口を合わせるだけで何故心地よいのだろうか?
わざとこまに意地悪して、深く舌などいれてやると、息をくれと訴えられた。
相変わらず近くで見ても綺麗な顔だ。
それが苦痛なのか快楽なのか、少しばかり「女」特有の色香を見せた途端に我輩は何かがぷつりと切れたのを感じた。
腹が減っているからかもしれない。
とても旨そうに見えた。
どんな味がするのだろうか。
甘いのだろうか。渋いのだろうか。それとも苦いのだろうか。
気が付けば、合わせたこまの唇に噛みついていた。
意識の中で我輩に対して問いかける者がいた。
お前は男なのだろう?
何を躊躇する。
これも俺が今まで抱いた他の雌と同じだ。
貪ると、こまは体を硬直させた。
戸惑うような視線があったが、呼吸さえ封じ込めて吸い付く。
目を細め、頬を赤く染めてこまは抵抗を潜めて言った。
「だめです……」
また拒絶。
何故かまた怒りが増した。
我輩の思いを踏みにじるように彼女は「いやだ」ともがく。
だからもっと押さえつけた。
のし掛かった。
そこでやっとこまの目が恐怖に染まっていく。
その目を見ているとまるで、自分が神か何かに変わっていくようだ。
許せと言われても離さない。
女は平気で嘘をつく。
飯の心配などして気をまぎらわせようと無駄だ。
「全ては我輩の勝手だ。
だが、お主が勝手に我輩を遠ざけるなど許さん。
絶対にな」
呆然とするこまを引き摺って座敷に放り込んだ。
そのまま畳まれた布団を崩して雪崩れ込んだ。
相変わらず、このような状況下に置かれても悪戯だと思っているこま。
苛立った。
我輩は、久々に悪党の自覚を持って襲いかかった。
その白い肌を引きちぎった。
頬を思いきり打った。
「なぁ、こま」
この仕打ちを加えながら、痛みを堪えようとするこまに優しく問いかけた。
「お主は誰のものだ?」
彼女は我輩を恐れてちらりとだけ視線をやった。
口が動いたが答えはなかった。
それはそうだ。
今度はその細い首を締め付けることに夢中になった。
青白くなりながらもがく女に、我輩の股間が少しずつ反応していた。
出会った頃に誰のものでもないとお主は言った。
けれどもはやそんなことは言わせない。
震える体を腕(かいな)の虜にして無惨にも散らせてやれば自ずと我輩のものだ。
衝動が止まらない。
嫉妬なのか。いいや違う。
これは当然の事なのだ。
裏切り者への制裁なのだ。
そう思いながらも、心臓ではない別の何かがキリキリと痛みを放つ。
なんの感情も持たぬまま大事なものを自ら壊していく。
そこで、目の前の女は叫んだ。
我輩の名前を呼んで、戯れは止めろと言うのだ。
その瞬間、また掌に痛みを感じた。
それと同時に大事な物が吹っ飛んでいった。
こまが頬を押さえて呆然としている。
我輩の名前を虫のようなか細い声で呼んだ。
「久秀さま……」
今度こそ彼女も理解したのだろう。
我輩は怒っているということを。
しかし今の我輩は壊れているのか、何に対して怒っているかは分からないのだ。
ただ、こまの顔に恐怖の滲んだの を見ていると嬉しくて仕方がなかった。
今まさに、彼女は我輩だけを見ているのだから。
「いや……いやぁっ!」
「うるさいな。お主は痛い目を見ないと黙らないのか」
もう三度目だ。その頬を打って黙らせた。
裏切り者など死ねば良い。
我輩の思いを受け入れない女などいらぬ。
心も体も玉砕すれば良いのだ。
そうすれば少しは情の掛けようも有る。
「今、女にしてやる」
無理矢理に抵抗を押さえつけて、具合を確かめると流血があった。
昂った。
夢中になって指を突っ込んで広げた。
怖いと遮るこまに無遠慮に振る舞って、強引にその中に収めた。
陰茎が、うつぼか何かに食いちぎられるかと思った。
「んっ、ぎぃぃっ!」
およそ人間とは女とは思えぬ奇声をあげながら、目をチカチカと点滅させて発狂するこま。
対して我輩は痛いほどに狭く、食いちぎろうとする女の部分に思考が止まりそうになった。
その思考を止めぬために、未だ痛みを訴え、我輩に馴染もうとするのに必死な壺を壊す勢いで叩きつけた。
「いやっ……いたい……!」
「黙れ……黙れ!」
「あぁ……お許し下さい……!」
顔を打つのは何回めか。
流石に疲れてきた。
ただ、痛々しいほど腫れた顔と、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、美人とは言えなくなったこまを見て、愛しいと思った。
そして我輩はとてつもない大きな波に襲いかかられた。
背筋がぶるりと震えた。
収縮するこまの動きに合わせて腰を動かすと、えも言えぬ快感に射精した。
白濁を胎内に撒き散らすと同じく小さく震えるこまにまた欲情して腰を打ち付けた。
それと同時に白く柔らかな肌を、赤く腫れ上がるまで何度も叩打した。
乾いた音が鳴っている。
---ぱん、ぱん、ぱん
それがまぐわいの音なのか、暴力の音なのか解らないほどに頭がイカれてきていた。
「こま……こま……」
気づけば我輩はこまの名前を呼んでいた。
痛め付けながら、その腰を強く抱いた。
髪を撫で、慈しみながら、肌を食いちぎった。
痣と、鬱血と、流血と桜色の肉。
悲鳴と歓喜のような喘ぎが夢のようにこだました。
「お前は誰のもんや……?
俺のか? 違うんのか?」
必死が過ぎて郷の言葉で思わず問いかけた。
すぐに返答がなくて、着物の帯で背中を打った。
悲鳴がした。
背中に密着して、その耳を噛んだ。
喘ぎと共に震えた。
我輩は囁いた。
「なぁ……答えてや。
お前は俺のなんやで?
なんですぐ答えてくれへんのん?
さっきもお前ん中に出したったで?
そしたら俺とお前の子ども出来るんや。
こんな事出来るのは好き同士だからなんやで?
お前は売女(ばいた)と違う。
俺の、俺だけの女やろう?」
我ながら意地悪な質問だと思った。
脅迫しながら愛を迫るなど普段の我輩から見ても鬼畜だ。
でも、虐げられるこまに頷く以外の選択肢など始めからない。
違うならもっと痛め付けて意見を呑ませるだけだ。
だが、こまは馬鹿ではない。
「はい……はい……!
久秀さまの……久秀さまのです……!」
「ちゃんと答えれるやん」
嬉しくなった我輩はとても優しく背を撫でた。
そして、ぺたんと腹這いになっている上にのし掛かって、きつく閉ざされた肉壺の中に屹立した自分を丁寧に全て飲み込ませた。
淡い吐息が仄かに桃色を帯びて彼女の唇から溢れた。
「こま……好きや。
壊したいくらいに愛しとる」
そしてまた絶頂を迎えた。
20180430