現代人の松永さん
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忘れぬうちに書いておこうと思う。
若い君だから多分私のことなどすぐに忘れ、世界の中心は他の男に移り変わるのではと思うから。
だから少しでも甘い記憶を自らの手記に留めたい。
「松永先生、お疲れですか?」
長年ここで働いてくれる看護師が私に問いかけた。
若い頃は色気もそこそこ感じたが、馴れ合いと言うか戦友染みた感じになり、いまや煙草を吹かして時たま自分の旦那の愚痴など溢していく。
一度若いときに冗談で、私に乗り換えて見ないかとこちらも煙草を交換しながら問いかけたことがある。
しかし彼女と来たら「いやですよ、先生が奥様に逃げられた理由は承知してますもの」と手厳しいご馳走を食らったものだ。
私は手を振って、少し格好つけて言った。
「そう見えるかい?」
「えぇ。隈が出来てますわよ」
「最近、可愛い子と遊ぶんだ。
若い子だよ」
「まるで、わたくしが年寄りみたいな言い種ですこと」
「まぁ、私は変な若作りされるより良いけど。
同年代だからその通りだろう?」
「それでも先生よりは年下です。
年頃の女はデリケートなんですよ。
注射針、押し付けますからね。
更年期舐めんなって」
にやにや笑いながら、彼女はさきに出ていった。
カルテを片付けると言って、白衣のポケットに手を突っ込んだままちらりと時計を見た。
私も彼女が居なくなってから携帯の画面を見た。
着信があった。
君からだ、ゆきちゃん。
相変わらず、君から掛かってくる電話は少し照れ臭くて、私を舞い上がらせるほど期待に満ちている。
君の焦らされた声をそっと耳元で聞く。
「あ、もしもし? 久秀さん?
ゆきです。今日も家に来るんでしょう?
早く帰れそうだからおつまみ作ろうかと思うんだけど、何が良いかしらと思って。
聞いたらメールいれといてくれるとありがたいかな。
……じゃあ、ね?」
名残惜しそうな最後の台詞に、胸が躍る。
帰ったらゆきちゃんを抱き締めよう。
まだローンが残ってる誰もいない見てくればかりの寂しい家より、君の住む狭い六畳二間が愛おしい。
嫌と言われても、気が済むまで離さないと思う。
「結婚できたら……いや、そうとまではいかなくとも、君と暮らせたらな」
ふと、呟いて思った。
まるで乙女のような自分の考えに少し呆気に取られた。
少し前までは、結婚とは「好きではない相手との共同生活」という定義だった。
そうでなければ我慢など出来るはずもない。
しかし最初からそう思っていれば、嫌いな相手との我慢比べだと思えば、仕事だとさえ考えていれば楽だった。
しかし、さすがにセックスに関しては無理だった。
自然妊娠を望んだ妻だったから、結婚した義務だと思って私も無理矢理臨んだ。
だけど起たなかった。
年はもうすぐ27を迎えようかと思う時だった。
他所の女には鼻息荒く、これでもかとチャックを突き破ってズボンからはみ出るのでは無いかと思う己の分身も妻相手だと起たない。
己以上に体と言うのは素直だった。
失礼だが、よっぽど一人で抜いた方が気持ちよく心地よかった。
結局子供は授かったが、己の子であるはずなのにどう愛せばよいか、解らない日がとても長かった。
「こういうのもまた運命か……」
しかし、その定義をようやくまともにしてくれる人が見つかった。
20年以上経ってから結婚とは「愛し合うものがするもの」という定義にさせた。
別れた今だからだろうか。
それとも相手が若くて、愛らしいからだろうか
この際理由はなんでも良い。
緑の紙に、各々の名を書く、書かないに関わらず本当の意義を見いだせる気がした。
しかし、それにしてもこんな年寄のおじさんにそんな事を意識させるなんて君には困ったものだよ。
「帰ったら、どんな風にいじめようかなぁ」
つまみを作っている途中で襲ったら君は怒るだろうな。
まぁ、紳士風を吹かせるのは仕事の時だけで許しておくれよ。
これでも随分我慢しているんだ。
この年になると愛したい欲求は増すばかりだ。
今まで思うようにならない人生、踏ん張って耐えて来たおじさんに、君は流れ星のように突然降ってきた幸運なのだから。
どうか、私の、我輩の心行くまで素直に愛されて欲しいのだよ。
そして、そのまま私の最後の女になって欲しい。
めんどくさいオヤジだが、すべて受け入れて欲しい。
悪いね……。
年寄は我が儘だからさ、どんな悪事を働いても君を離したくないのだよ。
諸君ら若者には到底理解できない、大人の悪知恵を働かせて、君の愛を喪わぬように精々頑張るつもりさ。
*
チャイムを鳴らしたら、少し遅れて君が来た。
「おかえりなさい」
出迎えの言葉と、エプロン姿に口許がにんまり上がる。
得も言われぬ高揚感に包まれた。
男というのは不思議なもので、自分の女が愛らしかったり、美しかったりするとそれだけで嬉しいのだ。
我ながら至って単純な生き物だと思ったが、そういう女のために身を粉にして働けることが男として何よりの幸せだと思えた。
「もう……ちゃんと留守電聞きました?
お仕事忙しいのは分かりますけど、何を作ったら良いのか迷ってしまいましたよ」
「あぁ、ごめんね。
でもゆきちゃんが作ったなら残さず食べるさ。
幸い好き嫌いは無いんだ」
「そう? なら良かった。
実は今夜は餃子にしたんです。
無難でしょうから」
手を差し出すから上着を預けると、手早くハンガーにかけてくれる。
彼女の仕事の癖だろう。
あまりにも自然だったものだから、礼を言う暇も与えて貰えなかった。
しかし、それが何故か嬉しくて私は後ろから彼女を抱き締めた。
「ん~、ゆきちゃんは良い女だのう」
「息なりどうしたんですか?」
「良いお嫁さんを持てて、とっても幸せだと思っただけ」
「ふふ……気が早くはないかしら?
まだお付き合いして間もないのに」
「ねぇ、世間には電撃結婚なるものやら、スピード結婚という言葉が有るのだからこの際、無粋なことは言わないでおくれよ。
それとも我輩が夫では不満かね?」
「またそうやって意地悪を……。
不満が有ったら一緒にいませんよ。
まぁ、もっとも女はある程度我慢が出来ますから、ある日突然蒸発しちゃうことはままあるようですけど」
君の思わせ振りなウィンクに思わず私は……いや我輩は仰け反った。
そんなことなど素知らぬ振りで、君はネクタイに指をかけするすると引いていく。
女王様とでもお呼びしたい気分だよ。
「あぁ、我輩が悪かった。
思い当たる節が無いことも無いから、君の言葉が胸に痛いよ」
「あら、ごめんなさい。
大事な旦那様に何て事をしちゃったのかしら。
今夜はサービスしないとね」
若い娘だけが許される特別な仕草で君は我輩を篭絡せんとする。
いや、君だから許されるのだろうか。
たとえ他がそうでなくても、我輩は君に無条件に屈してしまうよ。
それほどまでに、君に首ったけみたいだ。
「ゆきちゃんから旦那様と言われるとなんだか良い響きだ。
そうだ、サービスは要らないからたっぷり仕返ししたいな」
「ほら、また意地悪な事言ってる。
早く食べちゃいましょうよ。
せっかく作ったのに勿体無いわ」
「それもそうだ」
あぁ、楽しい。
それに幸せだ。
まるで若いときに好きなものに打ち込んだ時のような情熱を感じていた。
「そういえば、院にいなくても良いの?
患者さん、急に来たりするんでしょう?」
少し冷静になった頃、ふと、君は言った。
私は飯にがっつきながら言った。
「あぁ、夜勤専門のアルバイトを雇ったんだよ。
週三日八時間、残業代もきっちり出してるから心配なく」
「残りの2日は?」
「看護師がなんとかしてくれるよ。
どうしようもない時は電話が掛かってくるから安心してよ」
「あなたが言うなら……」
「そう、我輩が言うならすべて安心」
にっこりと笑って答えると君は少し安堵していたね。
大丈夫、これでも自分の時間が作れるくらいは稼いでいるんだ。
君と同じ時間を過ごすために頑張っていたいしね。
「あぁ、さすがは飯屋に勤めているだけあるよ。
旨い飯で腹が膨れて気持ちいい。
これで人間の生理的欲求の一つは満たされた訳だ。
あとは何だか解るかい?」
「睡眠欲と性欲でしょう。
眠ってて良いですよ。
洗い物もしないといけないし」
さらりと答えられた上に、彼女は台所にさっさと引っ込んでしまう。
私はそんな彼女を追いかけて、抱きすくめる。
少し煩わしそうに君は体を捩ると、私をちらりと盗み見てそれから「なあに?」と問いかけた。
「こうしよう。
私が洗い物をするから、ゆきちゃんは横になってなさい」
「あら、いいの?」
「その代わり、私は君を食べちゃいたいんだが。
嫌かね?」
わりかし真剣に聞いたつもりだったのだが、私の言葉を聞いて君は吹き出して笑った。
「交換条件がそれ?」
「不服なら良いんだよ」
「そんなこと無いわ。
むしろ嬉しいくらいだもの」
君は私の頬にキスをした。
それが嬉しくて、私は彼女の徒弟のように皿を丁寧に洗った。
*
「ねぇ、久秀さん。
シャワー浴びてないけど、良いの?」
「歯は磨いたんだろう?
なら良いよ」
「あら、にんにくは入れてないのよ。
そんなことを言われると余計に恥ずかしいわ」
「君は汚くない。
そんなに気になるなら我輩の舌で浄めてあげようか。なんてね」
「けど……」
「というより、少し汚れていた方が燃えるんだよ。
汗やら体臭やら、君の匂いや味を確かめながらするのがとても良い。
人間だって獣の一種だから、交尾する相手の匂いを嗅いで興奮する。
特に君の……ここ」
私は彼女の下腹部に指を滑らせる。
恥ずかしそうに手で覆い隠すゆきを振り切って、その下着を剥ぎ取る。
糸を引いて、滑るそこに躊躇なく顔を近づけた。
「あ」と切ない声がした。
ゆきは私の頭部を柔らかく掌で撫でながら少し恥じらいつつ言った。
「あなたが良いなら……」
「あぁ、とても良いよ。
今日は少し暑かったから少し味が濃い。
大陰唇と小陰唇の間の垢もきれいにしてあげるよ。
その次は、この溢れ出る泉を頂くとしよう」
「へんたい……」
蒸気した頬と艶を帯びた声が私を、我輩を、また興奮させる。
何故か貶されているというのに丹田の当たりがゾワゾワと蠢き、血が波打つ。
すっかり主張している自身をそっと隠して我輩は言った。
「ま、医者は皆変態だ。
何せ、見慣れているからね。
だから多少のスパイスだと思って見逃しておくれよ」
そのまま期待に満ちたゆきの体を上から下まで舐め尽くす。
時々大きく育った陰茎が柔肌に触れると、ぴくりと身悶えする君。
こちらの方が我慢ならないのは山々だが、まだお預けにしておきたかった。
何せ反応が可愛らしいのだから。
「あ」とか「うん」とか。
時々顔をしかめて「はぁっ」と深く息を吸ったり吐いたり。
男に生まれて良かったと思うのは、ひたすらに女性の喜びに手助け出来ることだ。
痴態を我輩に晒し、気持ちよくなりたいと乞う様はとても愛おしい。
経験の浅い娘ならなおのこと。
彼女さえも知らない扉の一つ一つを導いて教えてあげられることは、男にとっての名誉とも言える。
「ねぇっ……」
ゆきは言った。
その言葉しか言わなかったが、言わんとしていることは分かった。
分かっていたがまだだった。
「気持ち良かろう?
今、ゆきちゃんのクリトリスの皮を剥がして、吸ってやろうと思ってたところだ」
「や……」
「あぁ、我輩に遠慮などせずに存分に感じてくれて結構だ」
にんまりと笑って、そのまま彼女の体に取りかかるとゆきは手近に有った枕を取った。
文字通り、噛み締めて必死に攻め手に耐える。
枕でくぐもってはいるが、のたうつような叫び声をあげて。
ホテルならばもっと高く、大きな叫びなのだと言うことはとうに知っているが、堪え忍ぶ様はなかなかそそった。
「掬っても掬っても溢れるなぁ……。
こりゃ蓋をしないといけないが、どうする?」
「蓋して……早く」
「そうだな、じゃあ指を二本入れてやろうか? 三本でもいいぞ?」
焦らすと、ゆきは「あぁ」と切なく喘いだ。
そして内股に力を入れて我輩の体を絡めて、ぐいと引き寄せた。
「違うの……指じゃ嫌なの」
「じゃあ何が欲しいんだ?
ゆき、教えなさい。
二人きりだ。恥ずかしがらずに」
「あぁ、意地悪しないで」
「ならば復唱したまえ。
『ゆきはおちんぽが欲しいです。
どうか、入れてください』とな。
出来るだろう? 簡単だ」
しかし、彼女は強情で、それよりも力任せに我輩を引き寄せて首筋に腕を回し、脚は腰に絡みつけ、身動きの取れぬようにしてしまった。
やられた、と思った。
しかし、それはそれで嬉しいことでもある。
「困ったな。そんなに我輩のちんぽが欲しいのか」
男性器を表す語句を呟くと彼女の下腹が動く。
欲しいと思ってくれて嬉しい。
何も言わぬまま目を閉じてゆらゆらと我輩の突起に、一生懸命に陰(ほと)を被せようとしているのも健気だと思った。
下からちゅぱちゅぱもキスをされているようだ。
早く、早くと手招きしている。
「しょうがない子だ」
我輩は彼女の唇に食らいついた。
そのまま舌を絡めた。
彼女の唾液を啜って、そして与えた。
喉を鳴らして飲む音がした。
そして媚薬を飲んだように目が蕩みを帯びた所に、我輩は差し込んだ。
痛いほどに膨らみ、固さを帯びた突起物をねじこんだ。
すぐさま小さな叫びを聞いた。
背に腕を入れて、腰を浮かせた。
逃げられぬように固定し、あとは彼女の良いところをひたすら擦ったり、撫でるようにして突いた。
「あ」「あ」「あ」
「お」「お」「お」
白目を向いて、口の端からよだれを垂らして彼女は喜んだ。
我輩はそれを見て喜んだ。
背に彼女の指先の力が籠るのをひしひしと感じた。
こんなにも醜く、浅ましい顔をした女を愛しいと感じるのは、きっと自分も同じ顔をしているからだと熱い体と覚(さ)めた頭で思った。
「こわい、こわいの」
「何がだ」
「来るの、来ちゃうの。
死んじゃう」
錯乱したようにゆきは言った。
我輩は腰に回した腕を決して放すまいとさらに力を込めた。
より深く密着し、固く閉まった子宮の入口をごりごりと押し上げた。
頑張れば頑張るほど、君は陰茎を愛撫するように包み込み締め付ける。
見知ったはずのその快感がうっとりするほどで、我輩は闇雲に力を込めた。
体全体にそろそろ痙攣の兆しが見えた。
我輩は言った。
「死ね。死ね。
我輩がいかせてやる」
それから数分後、ゆきは体をピンと張りつめてしばらく硬直した。
そしてさらに数秒後、我輩は限界を迎えていた。
彼女の体をへし折らんばかりに抱き締めて、その中で果てた。
ビュー、ビューと音が聞こえそうなほど長い射精だった。
荒い息をしながら、後処理をした。
彼女の体も拭ってやった。
ゆきははぐったりと動かなくなったが、咎めもせずに満足げに笑った。
*
風呂で、私の手をとって君は呟いた。
「お医者様っていいわね」
なんの事かと思った。
どうやら爪の事らしい。
短く切り揃えた爪は一応、医療人としてのたしなみだ。
まぁ、ゴム手袋をはめてしまえば切ろうが切るまいがと言った所だが。
「どうして?」
「素敵だと思っただけよ。
爪を短く揃えているだけでも、女性にとっては優しい気遣いだから」
確かに、あちこち面白がっていじり回される側にとってはそうだと思った。
「あぁ、そういえばそうだな。
でも、それだけ?
私への賛辞は無いのか?」
「あえて言わなくてもわかるでしょう?」
「聞きたいんだよ」
「いやよ。恥ずかしいもの」
プイと顔を背ける君。
私は君の背を抱いて、首筋に口付ける。
ゆき、と呼びながら耳朶を食むと君は小さく喘いだ。
「先生のおばか」
「ばかで結構だ。
ねぇ、言っておくれよ」
「もう……」
無理やりに言わせている感じが堪らなく良かった。
「好きよ」
「どこが?」
「あなたのここと……ここ」
彼女は項垂れて、しょんぼりしている陰茎をそっと一撫でしながら、私の心臓の上を人差し指でトントンと軽やかに突いた。
「愛しているわ」
にっこりと花のように微笑む君に私はのぼせたように、ふわふわとした心地になった。
私も耳元で囁いた。
「ゆきちゃん、我輩も愛しているよ。
君のここと、ここ」
同じように彼女の心臓と、秘められた場所を指差すと困ったように微笑んだ。
「やあね」
人生の彩りとはいつ何時訪れるか知れない。
彼女の柔らかな体も、笑顔も、心だって凡てこの手に閉じ込めておきたいほど、きらきらと輝いて見える。
「大好きだ」
私はもう一度彼女に宣言した。
心からそう断言した。
それから、湯船の中でまた君を求めた。
君の奥の方からさっきの残りがドロリと出てきた。
掻き出して、そしてまた新たに注いだ。
「出来たらどうするの? またピルでも飲む?」
「責任は取ると前々から言っている」
「でも子育てしてる自分は想像つかないし……本当に欲しいの?」
「そりゃ、私は君との愛の結晶が欲しいと思っている」
口先はぼんやりだったが、わりと本気でいうと、彼女はポカンとして私を見た。
それから、彼女は泣きそうな、困ったような顔で笑った。
そのまま、ぺたりと胸を合わせて抱き締められた。
「私も久秀さんの子なら良いと思ってたのよ」
*
「あら、松永先生? 何か有りました?」
看護師が問いかけた。
今日は患者が少なくて暇だから掃除をしていた。
ただそれだけなのに、彼女は言った。
「何か変かね?」
「かなり」
断言されるとなかなか傷つくものだ。
私は苦笑いをした。
「若い子と何かあったんでしょ。
ふふ、先生がしもじもの者の仕事をするなんて珍しいこともあるのね~」
「そんな風には思っていない」
「いいえ。
気づいてないだけで思ってました。
その若い子に感謝しないとですね」
クスクス笑いながら彼女は言った。
「そうかな……」
人に高飛車な振る舞いはした覚えはないのだが、どこかで「医者」という社会的地位を誇示していたのかも知れない。
「そうだとしたら無意識だったんだな」
「えぇ。先生は意地が悪いですから特に」
「君にも苦労をかけてるからな」
「漸く分かって頂けましたか」
私は中指で頬を書きながらため息をした。
彼女はさっさと自分の仕事に戻ったが、私はおいてけぼりの気持ちだった。
これでは次の仕事に差し支えそうだと思ったが、なんとか持ちこたえた。
彼女は嫌みだが、良い方に変わったと言っていたのだから。
「たく……困った看護婦だよ」
まるで私が偏屈な男だと言いたがってるようだ。
しかし、それでも別に構わないんだ。
こんな傷心を、普通の中年オヤジなら一人やけ酒といく所だが、私には若くて可愛い恋人がいる。
彼女には腹が立つ話だろうけど、だって君に会えたのもこの職業のおかげだからな。
「ねぇ、ゆきちゃん?」
ポケットの中で君宛のメールを打つ。
出だしはもちろん「お疲れ様」だ。
「帰りは迎えに行く、愛してるよ……と」
少しはにかむ。
柄にもない台詞だ。
いや、最近やっと板に付いてきたの方が正しいかもしれない。
君が言ってくれるから、こちらも伝染ったのかもな。
すぐに返信が来た。
「ありがとう、愛してるわ」と。
彼女の文末にハートの絵が添付されていた。
そんな些細なことなのに、年甲斐もなく、甘酸っぱいと思った。
でも、それは内緒にしておこうと思う。
「先生、患者さん来ましたよ」
「あぁ、はいはい」
さて、仕事の時間だ。
こんな私だけど、精一杯真面目な表情(かお)して、頑張るよ。
だから今日も良い子に待っていてくれよ。
なんせ、君は私の数少ない生き甲斐の一つなのだから。
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